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永遠の桜  作者: ふがし
第1章 生誕編
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第8話 湖の向こう側

「そろそろ名前を決めようかと思う」


 湖上都市アイルへ至る橋の途中。桜お姉ちゃんが急に、そんなことを言い出した。

 橋は幅が十メートル程度で、まばらに人が歩いている。僕と桜お姉ちゃんは鎧から降りて、徒歩だった。何でも、橋の上では制限速度が定められているらしい。


「リリアもおるし、街で知り合いが出来るかもしれん。いい加減決めんと不便じゃろ」


 僕と手を繋いで、桜お姉ちゃんは並んで歩いている。その後ろから、鎧姿のリリアさんが続く。がしょんがしょん、と激しい音がする。橋は石材で作られており、頑丈そうではあるのだが、リリアさんが歩くたび橋が揺れるような感覚がある。結構、怖い。

 桜お姉ちゃんはこほん、とひとつ咳払いをした。


「姓はとよの、名はいろは。字は豊かな野で豊野じゃ。姓は、お前がこの世界で生まれた場所である草原からつけた。名は、初心を忘れず、よく学んで立派な人間となるように、という思いを込めた」


 豊野いろは。


「いい名前だと思います」

 

 にっこり微笑みかけると、桜お姉ちゃんは「む、」と顔を逸らした。頬が赤い。


「トヨノ、イロハですか。では、イロハと呼びますね」


 後ろから、リリアさんが声をかけてきた。

 そういうわけで、僕の名前が決まった。


 暫く話しながら歩いていると、街の入り口が見えてきた。


「街に入る前に、いくつか注意事項があります。まず、イロハ。技能『調査』は相手の許可なく使わないで下さい。アイルの街では、他人に対し無断で『調査』した者は、法律により罰せられます。街以外でも『調査』されるのを嫌う者もいるので、あまり無闇に使用しないほうがいいでしょう」


 まあ、冷静に考えて個人情報の塊だからな。この世界にそういった概念が既にあるかどうかは疑問だけれど、年齢を隠したい人だっているだろう。少し残念だが、仕方ない。


「次に桜さんは……えー。無闇に人を殺さないように」

「……何を言っとるんじゃ。そんなことせんわ」

「いや、ほら、桜さんってイロハが絡むと容赦がなくなりますから……」


 不満そうに、桜お姉ちゃんが鼻を鳴らす。


「儂はただちょっと、いろはを嫌らしい目で見てくるようなゴミ共がいたら、脳漿をぶちまけさせたり全身を腐らせたり体中の血液を沸騰させたり体を爆散させたりするような術をかけておいただけじゃ」

「はは、ご冗談を。……。……。……。……。……。……。え、いや、あの、冗談ですよね。桜さん? 桜さん!?」


 後ろからリリアさんが顔を覗き込んでくる。冗談じゃよ、と桜お姉ちゃんは笑って返す。

 だが僕は気付いてしまった。桜お姉ちゃんの目は全然全くこれっぽっちも笑っていなかったことに……。


 街の入口には門があった。高さは五メートルくらい。高いが、リリアさんなら飛び越えられそうな気もする。

 門は閉じており、門番らしき鎧姿数人が立っている。門の側には、湖中から青い竜だか蛇だかが二匹、顔を出して、睨みをきかせていた。

 リリアさんが前に出て、門番と何度か言葉を交わした。途中、門番がこちらを見たので、適当に会釈しておいた。

 数分ほどで話は終わった。軽く手荷物検査と身体検査を受け、更に『調査』をされた。ほどなく、門番が手招きする。


「もう入れるんですか?」

「ええ」

「随分早いですね」

「私はこの都市の一級市民ですから。一級市民からの紹介があれば面倒な手続きは不要なんです」


 一級市民は投票権を持った市民のことらしい。二級で永住権、三級で滞在権。僕らは三級市民相当になるようだ。

 がごん、と重い音がして、門が開く。


「ベル・ラフト・アフ・アイル」


 門番が背筋を伸ばして言った。なんとなく、意味は分かる。アイルへようこそ、だろう。


**********


 アイルの街並みはどことなく日本を思わせた。立ち並ぶ建造物は多くが木造で、道行く人は丈の短い着物に似た衣装を纏っている。丁度、僕が今着ている服に似ていた。人々は大概黒髪黒目で、やや彫りが深く、肌は浅黒い。人力車を引く者、行商人、よく分からない機械をいじる者、釣りをする人、様々だ。

 時たま吹く風は湿気を孕んでいる。露天では焼きそばに似た麺や握り飯、魚が売られていた。日本と言うより、東南アジア風か?

 

「以前話した転生者の一人は、ニホンの出身でして、この街を気に入っていました。何でも、雰囲気が少し、故郷に似ているとか」


 前リリアさんが言っていた、日本語を習った人だろう。とっくの昔に故人かと思ったが、案外最近会った人だったようだ。


「以前、二級市民権を獲得してこの地に居を構えたと、噂で聞きました。今もいるかは不明ですが」

「へえ。ちなみに、以前ってどれくらい前ですか?」

「確か……50年くらい前だったと思います」


 ……50年か。人間なら既に寿命を迎えている可能性があるが、どうだろう。いずれ、尋ねてみたい。


「とりあえず、宿を先にとっておきましょう」


 先導するリリアさんに連れられて、道を歩く。街の中心部に近づいている。やがて、旅館と思しき建物の前で立ち止まった。街の橋付近で見た建物に比べると、かなり大きく、豪勢な雰囲気がある。周囲を歩く人々も、明らかに身なりがよい。


「あの、ここって」

「新装したようですね。まだ潰れていなくてよかった」


 言って、リリアさんは鎧姿のまま旅館の戸をガラガラと開けた。

 中は照明が行き届いてかなり明るい。奥のカウンターのようなところに、上品な身なりの女の人が一人、立っていた。こちらに気付くと、透き通った声で何事か言った。たぶん、挨拶だろう。


 女の人と話し始めたリリアさんを尻目に、僕は桜お姉ちゃんに話しかけていた。


「……あの。ここってひょっとして、かなり高級な店では?」

「まあ、多分、の」


 こともなげに返す桜お姉ちゃんに対し、僕は冷や汗を流した。


「どうするんですか。僕たちそんなにお金持ってませんよ?」


 カウンターのほうでは、リリアさんが金貨を差し出すのが見えた。……一、二……計六枚。三十~六十万円。うわお。


「リリアから借りればよかろう」

「いや、流石にそれは……」


 金の問題もあるけれど、気持ちの問題もあった。有体に言って、高そうな宿は正直落ち着かない。いかんせん貧乏人気質が抜けないのだ。前世で出張するとき? ええ、勿論カプセルホテルでしたよ。


「気にすることはありませんよ。料金は私が持ちます」


 いつの間にか、リリアさんが側に立っていた。


「いえ、僕はもう少し安いところで十分……」

「イロハ」


 僕の言葉を遮って、リリアさんが鎧の顔を近づけてくる。


「貴方は私に招かれてこの街にいるのです。即ち貴方は私の客人であり、私には貴方をもてなす義務があります。貴方を安宿に押し込めるなど。私の顔に泥を塗るつもりですか?」

「……う、」


 言葉につまる。やれやれ、と桜お姉ちゃんがかぶりを振った。


「お前は変なところで貧乏性が出るのう。前世で小学生じゃったとき、あれじゃろ。誕生日プレゼントに何が欲しいか聞かれて、数百円のやっすい本を欲しがったじゃろ。気を使うところが間違っとるわ。子供が変なところで遠慮するでない」


 流石に、二人にここまで言われては折れるしかない。


「……分かりました」

「よろしい」

「うむ」


 二人は満足そうに頷いた。……いや桜お姉ちゃんはお金払ってもらう立場なんだから、もうちょっと遠慮してもいいと思うんだ。


**********


 ひとまず荷物を預けて、宿を後にした。次に向かうは、いわゆる武具店だ。主に狩人や兵士のための武器防具を扱っている。

 何軒か回ってみたが、やはり補正値つきの武具は高い。リリアさんは買ってくれると言っていたが、流石に数千万円分をぽんと出させるわけにはいかない。

 そんなこんなで、四軒目を見ていたとき。あるものが目にとまった。


「……これは?」


 それは、見た目は一振りの日本刀に見えた。装飾は少なく、鞘は黒一色。それだけなら地味な刀で片付けられる。だが異常なことに、その刀の周りの空気は揺らめいていた。揺らめきは不規則に重なり、時として人の顔を思わせる。禍々しい刀。それが、第一印象だった。


 僕の視線に気付いた店主が何か言っている。リリアさんが通訳してくれた。


「その刀は呪縛品ですね。呪われた品物は販売することを禁じられているため、普通は解呪して売ります。しかしそれは呪いが強すぎて解けなかったため、そうして店の肥やしになっている、とか」

「……」


 試しに、許可をとって『調査』してみる。すると、


 ?刀 → 呪われた無銘の妖刀

 それは刀だ

 それは真鋼でできている

 それは生きている

 それは筋力に+6する

 それは耐久に+8する

 それは器用に+8する

 それは刀術のレベルに+3する


 

無名

種族 妖怪

年齢 96歳


能力

筋力 66

耐久 87

敏捷 61

器用 80

知能 10

魔力 20

信仰 1

意志 70

魅力 40


技能

刀術  ランク2 Lv60

侵食  ランク2 Lv55


祝福

なし


特性

物質



「これは……?」


 道具としての性質だけではなく、何故か能力なども出てきた。


「生きている武器。いわゆるインテリジェンスウェポンですね。こんなところでお目にかかるとは」


 リリアさんも驚いているようだった。

「まだ完全な自我は確立していないようです。斬るという衝動が凝り固まったようなものでしょう」


 少し考えて、再び『調査』してみる。


 侵食

 あなたは使い手の精神を侵食し、使い手を支配下におくことができます。成功率はあなたと対象の意志に依存します。



 意志、か。ううむ。


「……桜お姉ちゃん、リリアさん」

「ふむ。抜いてみるか? どう思う、リリア」

「特に問題はないかと。失敗してもイロハ相手なら簡単に取り押さえられますし、侵食をとめるだけなら、解呪などしなくても刀を叩き斬ればいいだけですから」


 呪われた武器というと、持ったら手放せないというイメージがあるが、この世界では違うらしい。持ち主に害意を持った武器を総じて、呪われている、と言うようだ。

 リリアさんが店主と会話を交わす。やがて、店主は他の客を連れて店の奥に引っ込んだ。カウンターの奥から、好奇に満ちた視線が注がれる。

 カウンターを背にして、桜お姉ちゃんとリリアさんが立った。


「店主曰く、それを扱えるようならくれてやる。解呪は金が掛かるから、だそうです」

「随分気前がいいですね」

「そのかわり防具を買ってくれ、とも言われましたが」

「考えておきましょう」


 軽口を叩いて、刀を見据える。意を決して手にとると、ぞくりと背中が震えた。呼吸を整えて、ゆっくり抜く。


 ぞろり、と不思議な感触と共に、白刃が薄暗い照明に晒された。刃こぼれ一つない刀身は薄く、怪しい輝きを放っている。ハアっ、と自分の口から吐息が漏れるのを他人のことのように感じる。

 斬れ。僕は思った。斬れ。きれ。キレ。視線を向ける。二つの人影が、油断なくこちらを見据えている。キレ。きれ。斬れ。誰が? 僕が。誰を? 彼女たちを。桜お姉ちゃんを。リリアさんを。僕の愛しいロリババアを。斬れ?


「ありえませんね」


 鼻を鳴らして、刀を鞘に納めた。拍子抜けしたように、二人は緊張をといた。


「なんじゃ。随分あっさり抵抗したの」

「意志の差が60もあれば十分抵抗できるのでしょう」

「意志と魅力だけはやたらあるからのう」


 二人が感想を口にした。刀を鞘に納めたまま、店の奥の店主に呼びかける。


「これ、頂きますよ」


 言ってから、言葉が通じないことを思い出したが、店主はコクコクとしきりに頷いていた。


 防具は、皮鎧を一そろい買っておいた。これなら軽いし、なにより安い。

 店を出て、三人並んで歩く。外は既に暗くなっていた。宿へ戻るとしよう。


「生きている武器は、力をつけると化生して人間の姿をとることもあるとか」

「いわゆる付喪神や器物の妖怪仙人というやつじゃな」

「へえ。この刀はどんな姿になるんでしょうね?」

「さあ、そこまでは。ただ、生きている武器の性質は持ち手の影響を強く受けるらしいですから、イロハのイメージした姿になるのでは?」

「ふうん」


 腰に差した刀の柄を軽く撫でる。

「と、いうことは。僕がロリババアの姿になれと念じ続ければ、そうなる可能性があるということでしょうか?」

「……。……。……。えー……。そ、そう、でしょうか、ね……?」

 

 リリアさんは口ごもり、桜お姉ちゃんは「何言ってんだコイツ」という視線を投げてよこしたが、気にしない。


 僕は刀を撫で回しながら、「早くロリババアになあれ」と念じた。心なしか、刀が物凄く嫌そうに震えた気がするが、多分気のせいだろう。


次はリリア回にしたい

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