さざなみ
翌朝、レープの港町では、住民が恐る恐る家から出てきた。
昨日の夜中の騒乱には、恐怖を感じ家の中で閉じこもっていたからだ。
朝の挨拶もそこそもに、聞かずにはいられなかった。
「おめんとこ、皆無事か」
「おらの所は、大丈夫だ。そっちは」
「ああ無事だ。しかし夜一体何があったんだべやさ」
「さっぱり分からん。大きな音がいっぺい響いてた。人のうめき声も聞こえたぞ」
「おい、あれを見ろ」
「何てことだ」
「いつの間に」
彼らは気づいた。町や城に掲げてあった、ドラガン家の旗では無く。日本の旗が掲げられている事を。
そう、この町も城も日本軍の手に落ちたのだ。
しかし住民達は、あまり実感がわかない。
それもそのはずで、普通戦となれば、家を焼かれたり、略奪暴行の類が起きるのに、それがまったく無かったからだ。
そして要所要所に見たことも無い、まだら模様の服を着た兵士らしきものが警備に当たっている。
さらに港町に入ってきた大きな船で、次々に兵士が上陸してくる。
しかも、馬もないのに走る四角い馬車とかを乗り回している。
それが日本軍の兵士なんだろうと住民達は理解した。
町の至る所に、ロウガンの反乱を鎮圧する為に、日本軍がこの地に介入した事。その為この地方の治世権を預かる事などが詳細に書かれた、表札が置かれていた。
そして、文字の読めない人むけに同じ事を、スピーカーの付いた車で宣伝していた事で、より知れ渡った。
町長は、血相を変え、日本領事館に駆け込んできた。
略奪をしなかったようだが、その分後で金品を寄越せと言われるかと、思っていたからである。
堀領事から、そのような要求も無いばかりか、今後も請求する気が無いとの事。さらに普段どおりの生活をするように言われた。
さらに、もし兵士による暴行略奪が万が一起きた場合は、訴えればきちんと対応すると言ったのであった。
これを聞き、さすかに、町長も多少は安堵したものの、何せ異人達の事なので、不安感は完全には拭えなかった。
町に上陸したのは、第1海兵隊旅団の一部と、第401工兵大隊である。
特に工兵大隊は、これから道や橋、陣地や兵士用の宿営所、さらに飛行場建設とフル回転で動くことになっていた。
無論、工兵だけで全ての作業をするのでは無く、日本からの作業者も連れて来ていた。
さらに現地人を雇ったり、捕虜の活用するなども計画されていた。
近くの海岸線には、海兵隊の本隊が上陸作戦を実行していた。
実際に敵が海岸線に居るわけでは無いので、実質演習になってしまうのだが、計画通りに進められていた。
今回、海兵隊創設の時から開発建造されていた、最新鋭のドック型揚陸輸送艦、薩摩が来ていた。
性能は、米のサンアントニオ級とほぼ同じで、26000トン、ホバークラフト型LCAC揚陸艇を2隻。ヘリX2機。揚陸部隊700名である。
違う点として、武装が155ミリ砲と、RAM近接防御兵器X2、30ミリ機関砲X2、なっていた。
それ以外では、揚陸輸送艦である、おおすみや、しもきたなどが参加していた。
それら輸送艦の中でも、一際目立つ巨大な船がある。
15万トン、300メートルを有に超える巨大タンカーを改造した、輸送艦神州丸だ。
専用の強襲揚陸艦として作られた訳では無いが、その巨体を生かして、大型ヘリX14機とホバークラフト型LCAC揚陸艇X2、掃海艇X4隻を積んでいた。
そもそもこれは輸送艦というより、新しい概念である、”洋上前方配備基地”艦と言って良い。
洋上前方配備基地とは、港湾や基地が得にくい地域、海域において、掃海部隊や、海兵隊、特殊部隊の展開と作戦基地として使われるものである。
最大で6000人近く乗せる能力があり、実際今回の作戦でも、多くの海兵隊と、特殊作戦大隊が乗っていた。
水陸両用の装甲兵員輸送車を積んだ輸送艦から、次々と、AAV7が出撃して行き、海岸に上陸する。
そして海兵隊が車両から素早く出てきて、戦闘隊形へと展開していた。
ホバークラフト型LCAC揚陸艇も海岸に上陸し、74式戦車や73式装甲車を降ろしていた。
今回の派遣では、90式や10式戦車の使用は見送られた。
出し惜しみと言う訳では無く、文明レベルが違いすぎるので、この戦車でも十分活躍出来るだろとの判断であった。
実は海兵隊には、専用の戦車部隊は持っていなかった。
必要に応じて、陸軍から派遣してもらう予定だったからである。
実際は、陸軍が戦車を手放したくなかった。というのが、実情に近い。
こうした事情もあり、海兵隊としては、現在試作車両も出来上がっている、新型で水陸両用車の155ミリ砲搭載ガンランチャー型に、期待をかけている所なのだ。
陸軍の主力装甲車は現在、96式装輪装甲車で、キャタピラ式の73式装甲車の後継として、歩兵部隊に配備されている
今回はその、96式装輪装甲車では無く、73式装甲車が送られたのは、アドレニア王国の道路が舗装されてい無い点と、戦車と同等の路外機動力を合わす為でもあった。
世間一般的に見て、タイヤを仕様の96式装輪装甲車の方が軽いイメージがあるが、実は、キャタピラの73式の方が1トンも軽いのである(96式が14.5トン。73式が13.3トン)
しかも、乗員も73式の方が多い(12名、96式は10名)
更に言えば、装輪装甲車は、機動性を保持する為には、これ以上重く出来ないが、キャタピラ式の73式装甲車は、必要に応じ、重火器や増加装甲を付けて重たくしても、作戦行動可能な機動力を有する点がある。
装輪装甲車の有利な点は、舗装道路上での機動力くらいである。
そもそも、何故キャタピラ式の装甲車の後継を、装輪式にしなければならなかったのであろうか、疑問が残る。
さすがに、国防省も情勢の変化を受け、新たな装甲車を計画中である。
今回のカレニア派遣軍は、第1海兵隊旅団と、特殊作戦大隊、第301砲兵大隊、第401工兵大隊、そして第501機械化戦闘大隊である。
この機械化戦闘大隊は、海兵隊の支援の為に作られた、特別編成の小規模な大隊で、戦車中隊(74式戦車18両)、機械化歩兵中隊(73式装甲車18両)本部管理中隊からなる。
本部管理中隊には、大隊本部他に、通信、整備、工兵、情報小隊など支援部隊がいるが、それ以外に、偵察小隊、迫撃小隊(73式に120ミリ迫撃砲を搭載X4両)対空戦車小隊(87式対空戦車4両)も入っていた。
これらカレニア派遣軍司令官は、第1海兵隊旅団長である、仲原少将であるが、これはまだ暫定であり、今後兵力が増強された場合は、改めて司令官と本部が派遣される事になっていた。
山本書記官と鏑木大尉達は、車で館に入った。
もう馬車で誤魔化すことも無くなったからである。
早くアレッサに会って無事を確かめたかった。
ゆえに、隊員から案内されて、アレッサに会った時は、人目もはばからず、思わず抱きしめてしまった。
「アレッサ!無事だったか!」
「拓也!」
妹であるエレンや、同伴した鏑木大尉は、ニヤニヤして眺めており、事情も知らない特殊隊員達は、あっけに取られていた。
救い出した俺達にはご褒美のキスも無かったのに、とか、このにぃーちゃん、うまいことやりやがって、と見ていたかもしれない。
一人だけ渋い顔をしていたのは、ベッドに横たわる領主ドラガンだけであった。
互いに見詰め合っている二人を置いといて、鏑木大尉が言った。
「ドラガン様と御家族も無事で何よりです」
「うむ」
救出されて間もなく、まだ具合が良くなかった。
そして、すでに任務を忘れている山本を差し置いて言った。
「閣下、具合が良くない所で申し訳ありませんが、わが軍が領内に入っている以上、その許可書を得なければなりません」
「又、その旨、アドレニア王国向けに、文書を作ってもらえないといけません」
「分かった。その二通を至急欲しいのだな」
「察していただき、誠にありがとうございます」
「いや、こちらこそ、助けてもらった恩があるからな」
「ただ、今回の件で、そちらの最高責任者である、日本軍司令官と直接会って礼を申したい」
「山本司令長官とですか」
思わず名を言ってしまった。
ドラガンは、それ名が山本書記官と同じ苗字であることに気づいた。親類かもしれないと。
「もしかして、山本書記官と親類縁者か」
「あっ、はい。そうです親戚にあたります」
皆の前で、アレッサと抱き合ってしまったことに対する恥ずかしさがあって、ままならない言い方なってしまった。
「それと謀反を起こした者の首を検分したいのだが」
「わが日本も昔は首を取っていましたが、今は遺体は丁重に葬っております」
鏑木大尉は神妙な顔つきでそう言う。
幾ら首を求められても、死者の首を切って持ってきて欲しいなどと、とてもでは無いが司令部に報告出来ない。
自分だって、死者の首を刎ねるのは、御免こうむりたい。
「なんぞや、相手は謀反人だぞ」
「武士の情けというか、死者にムチを打っても仕方がありません。それが今の日本のやり方であります」
「奴の首を見られんのは残念だ。だが戦ったのはその方達だからな。仕方がないか」
いかにも残念そうに、ドラガンが言った。
「取りあえず今は、領地内での滞在をわしの名で許す事を布告する」
「ですが、王国内にも、すぐここでの出来事が伝わります。彼らは、日本軍が介入した事を決して快く思わないでしょう。トラブルを回避する為にも、両方今書いてもらえませんか」
あわてて鏑木は言った。すんなり書いてくれると思っていただけに、肩透かしを食らった感じだ。
「王国への手紙は、そちらの最高責任者と話し会ってからとする」
ドラガンは、決して譲らなかった。
彼とて、助けてもらったとはいえ、日本軍を全面的に信じては居なかったのだ。
「アレッサ、代筆を頼む」
「はい、お父様」
ようやく我に返ったアレッサは、多少顔を赤らめながら返事をして、紙と筆を用意した。
「わかりました」
残念そうに、鏑木は言った。
自分は外交官で無いのに、つい差し出がましいことをしてしまったから、こんなことになったと反省した。
もっとも、肝心の外交官である、山本が色恋沙汰であまり使えなかった事もあるが、だからと言って、自分が話しを進めたのが、そもそもの間違いだった。
(まったく、人様の恋愛ごととは言え、困ったことだ)
嬉しい表情がいまだに消えない山本を見ながら、苦笑しながら鏑木はそう思った。
旗艦陸奥の作戦会議室では、各部署の司令官達が、特殊作戦大隊長である、村田中佐が言う、一連のナバロン作戦の結果報告を聞いていた。
負傷者14名。これは敵を捕虜しようとした際、相手に抵抗されて負傷した事が、主な原因であるとの事であった。
これは予想されていた事でもあった。幾ら相手が弱いと言っても、まったく無傷で事は済まないと、皆見ていたからである。
問題は、死者が1名出たことである。
しかも、特殊隊員が、よりにもよって、首を絞められて殺害されるとは、皆ショックを隠しきれない。
村田中佐も、忌々しく報告する。
相手は、魔法使いであることは、ほぼ断定していた。
何せ人とは思えぬ、身のこなし、武器は持ってなくとも技を使える点などでだ。
山本長官始め、日本軍の司令官達が、魔法使いの存在が、今後何を進めるにしても、厄介な存在になるであろう事を、初めて理解した瞬間でもあった。
山本長官は思った。魔法使いが、どの程度の力を持つ存在なのかをなのか、もっと良く知らないと、思わぬ被害が今後も出るかもしれないと。
今はただ、漠然とした不安感が残った。
なお、特殊作戦大隊に属する人の存在は、公式には明らかにされていない為、今回の死者は、訓練中の死亡に取って代わっていた。




