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元旦那様。真実の愛は素晴らしいのでしょう?  作者: わらびもち


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分かりました。離婚してさしあげます。

 しがない伯爵家の娘であるわたくし、ビアンカ・オードリーは十七の歳で格上の公爵家に嫁ぎました。 

 お相手はひと回りは上の初恋拗らせまくった男、カミーユ・アルシア。

 結婚初夜から新妻相手に「お前を愛することはない!」と香ばしい台詞をかまされました。

 ええ、娯楽小説でお馴染みのあの台詞です。


 娯楽小説ではそこから妻を溺愛するパターンが多いですけれど、わたくし達の間にはそれはございません。お馴染みのソレを実際目にした私は『何この人気持ち悪い』とドン引きし、以来役目だけこなして夫婦としての歩み寄りゼロの姿勢でいたからです。夫婦の仲は見事なまでに冷え切っております。最初から熱もありませんでしたが。


 だって……ねえ? 

 三十路過ぎた男が一回り下の妻に対して『愛することはない』って……。

 何でそんな上から目線なんですの? と引いてしまいますわよ。


 いえね、外見はとても美しい方ですよ。

 でも言動があまりにも子供っぽいを通り越して頭おかしい人では、ねえ?

 歩み寄るどころか、出来れば近寄りたくない人種でしたし、当然閨も共にしていないですし、夫婦というより単なる同居人でしたね。


 そんな夫から珍しくお茶の誘いがあったと思ったら、その席で何と離婚を申し出てきました。


「リリアーヌが戻ってくるんだ! 嗚呼……私の真実の愛! 今度こそ離さないと心に決めたのだ……。だから、どうか私と離婚してくれ!」


 途中に挟んだポエムが気持ち悪いですね。それはまあいいとして、リリアーヌとは随分と前に隣国に嫁いでいった我が国の王女殿下のお名前です。

 旦那様はこの方の恋人でいらしたとか。ずっと忘れられないでいるとか。その方に操を立てているので私とは閨を共にできないとか。

 聞いてもいないし興味もないのに、一方的に話されたので嫌でも覚えております。


 その嫁いでいった王女殿下が戻ってくる?

 離婚されたってことでしょうけど、政略で嫁いだ王女が戻されるって余程のことをやらかさない限りないと思うんですが……いったい何をしたのでしょうか。


 そう聞きたくても、舞台俳優さながらにいかに自分が彼女を愛しているかを語る旦那様が口を挟ませてくれません。この方、本当に人の話を聞く気がないですね。


「旦那様、事情はよく分かりましたが離婚は無理です。御当主であるお義父様がお許しにならないでしょう」


 わたくしだって気持ち悪い夫と離婚できるなら喜んでしたいです。でも、現当主であるお義父様がお許しになるとは思えません。

 何の瑕疵もない正式な妻であるわたくしと、隣国から『返品』される瑕疵ありの王女。お義父様がどちらを次期公爵夫人として認めるかなんて、考えるまでもありませんもの。


「はっ! そんなこと言って、本当は私の妻の座が……次期公爵夫人の座が惜しいのだろう? しかしもとはといえばその座はリリアーヌのものだったのだ! 君はそれを横から攫った立場だということを理解しているのか!?」


 あ、この方話が通じないのでした。うっかり普通に反論してしまいましたね。

 今の突っ込み満載な台詞、本当ならば「攫ったといいますが、貴方の妻兼次期公爵夫人の座は長年空席だったじゃありませんか? 王女への恋心を拗らせすぎて嫁が中々こないから仕方なくわたくしに白羽の矢が立ったんですけど? そうじゃなければ誰が貴方みたいなナルシスト中年に嫁ぎますか!」くらい言ってやりたいです。

 ですが、そう言ったところで言い争いは泥沼化しそうですし、ここはグッと堪えて一旦引きましょう。   

 この方といると本当にストレスが溜まりますわ~。


「……旦那様、まずは当主であるお義父様に許可をもらってください。話はそれからです」

「駄目だ! あの厳しい父上が許可なんて出すわけない! それよりも君から身を引く形であれば父上だって納得するはずだ!」

「どうしてわたくしが身を引かねばなりませんの? 貴方の正式な妻はわたくしですのに」

「私が愛しているのは君じゃない、リリアーヌだけなんだ! 私の真実の愛は彼女にのみ注がれている! 愛し合う者同士が夫婦になるのは当然だろう⁉」

「旦那様が誰を愛していようがどうでもいいことです。ご当主であるお義父様がお認めになったアルシア家の次期夫人がわたくしというだけ。そこに旦那様の愛は何も関係ございません。 とにかく、お義父様が認めない限りは離婚など無理です」


 しつこく他の女への『愛』を叫ぶ夫を無視し、私はその場を立ち去りました。

 いい年をして夢見がちな気持ちの悪い男と離婚できるのは嬉しくてたまりませんが、その手間をわたくしにさせようとするのが非常に腹が立ちます。


 父親の説得くらい、自分でしなさいよ!


 あれから夫が毎日のようにしつこく離婚を迫ってきます。鬱陶しくて仕方ありません。


「頼む、離婚してくれ!」

「ですからわたくしよりも先にお義父様に許可をお取りください」

「だからそれは君から言ってくれれば……」

「わたくしからお義父様に『旦那様は真実の愛を見つけたので私は身を引きます』と言えと? わたくしの頭がおかしくなったと思われてしまいますわ!」


 お義父様は愛よりも実利を優先なさる御方。真実の愛がどうのこうの言ったところで許可など下りるはずありません。

 それは実の息子である旦那様が一番よく分かっているはず。まあ、だからこそわたくしに言わせようとしているのでしょうけど……。そういう卑怯なところも腹が立ちます。情けない。


「何を言う! 真実の愛より素晴らしいものはないんだぞ!? 君も父上も人を愛したことがないからそんな非情なことが言えるんだ!!」


 この旦那様の台詞でわたくしの堪忍袋の緒が切れてしまいました。

 ええ、もう……ブチッと。

 人を愛したことがない? わたくしの何を知っているというのかしら?


 わたくしがどんな想いで()()()()()()()()()……貴方はなにも知らないくせに‼


「真実の愛? だから何ですの? それはあなた方以外に何の利益ももたらさないものですよね……くだらない」

「な……なんだと⁉ 愛に勝るものなど何もない! 君は愛を知らないからそんなことが言えるんだ!」


 わたくしが愛を知らない?

 笑わせないで。貴方がわたくしの何を知っているというの?


「では教えてくださいな。貴方のおっしゃる真実の愛というものは、貴方とお相手の方以外にどのような利益をもたらすのですか?」


 そう訊ねても答えられず俯く貴方は滑稽ですわ。

 大袈裟な言葉で愛を語るなら、それでわたくしを納得させてみたらいかがなの?


「答えられないのでしたら軽々しく愛などと騒がないでください。しかも妻のわたくし他の女性への愛を口にするなど無神経にも程があります!」

「私の真実の愛は○○にある。だから別れてくれ」なんて政略で結婚した妻に言う神経がどうかしています。貴方の真実の愛が何処にあろうがどうでもいいですよ。

「だ、だが……本来ならば私と彼女こそが真の夫婦になるはずだったんだ! それが運命の悪戯で泣く泣く別れさせられ……ようやく再会できたのに、結ばれないなんてあまりにも酷いと思わないのか⁉」


 いい年をした男が『運命の悪戯』とか乙女みたいな台詞吐かないでくれます⁉

 こんな夢見がちな男が次期当主って……この家、大丈夫なのかしら。


 それにしてもしつこい。本当にしつこい。

 何度わたくしが「お義父様に許可をおとりください」と言っても、一向にそうする気配がない。旦那様の質の悪いポエム発言も耳障りです。


 今後も堂々巡りになりそうだし、何よりこちらの精神が持ちそうにありません。

 仕方がないから折れて差し上げましょう。物凄く不本意ですが、そろそろ限界です。


「はあ~……もう、分かりましたよ。こちらが言う条件を呑むなら離婚してあげます」

「本当か⁉ もちろん何でも呑む! どんな条件だ!?」

「お金です。手切れ金としてこのくらい頂きたいのです」


 わたくしが紙に金額を書き、それを見せると夫は目を丸くして驚きました。

 それもそうでしょうね。私が提示した金額は生涯遊んで暮らせるほどの大金なのだから。


「えっ……? ちょっと高くないか……?」

「そうではありますが、公爵家には決して捻出できない額ではございません。わたくしは離婚後、再び嫁ぐことは叶わないでしょう。今後一人で生きていくための資金と考えれば、この程度は妥当な額かと存じます」

「は……? 再婚が難しいとは……どうしてだ? 君はまだ若いのに……」

「…………はあ、呆れました。旦那様は何も分かっていらっしゃらないのね。あのですね、貴族の離婚理由が『性格の不一致』や『他に好きな人が出来たから』で済むわけがないのは理解されております?」


 呆けた顔で頷く態度に腹が立ちます。あらいけない、我慢です。我慢。


「貴族の婚姻は政治そのもの。離婚には誰もが認める正当な理由が必要です。そして最も通りやすい理由が妻に子が授からぬこと。貴族夫人の務めは家の跡継ぎを産み育てることですから。不本意ではございますがわたくしが子を成せぬ身であるとすれば、離婚は円満に認められるでしょう」

「え? だ、だが、私達はそもそも……」

「ええ。わたくしたちは初夜すら迎えていない白い結婚です。処女受胎でも起こらない限り子など授かるはずがありませんわ。ですが、他に離婚を認めさせる理由がおありですか? ……ございませんでしょう。ですから、石女の汚名を引き受ける対価としてこの金額を申し上げたのです。」

「そ、それは……そうだな。だが、君はいいのか?」

「いいも何も、仕方ないでしょう⁉ 毎日、毎日『離婚してくれ』とうるさいのですもの! いい加減我慢の限界ですわ! ……で、どうします? こちらの金額をお支払いいただけるなら、すぐにでも離婚届けに署名して差し上げます。お義父様にはわたくしが子を授からぬことを苦にして身を引いた、とご説明すれば納得してくださることでしょう」


 本当にお義父様がそれで納得するかは分かりませんけど、もう知りません。

 後は勝手にやってください。


「分かった。そういうことなら言い値で支払おう。その、色々済まなかったな……。君は次期公爵夫人として立派に努めてくれていたのに……」


 そんなの今更ですよ。

 社交も家政も貴族夫人としての務めを果たすためにやっていただけです。

 夫としての務めを最初から放棄した貴方とわたくしでは根本から違うのですわ。


「いいえ、今更謝罪は結構です。それでは近日中に邸を出ていきますので、お金はすぐにご用意ください」

「い、いや……何もそこまで急がなくとも……」

「一刻も早くリリアーヌ王女殿下を妻として迎えたいでしょう? なら急いだほうがよろしいですわ」


 愛しの王女様の名前を出した途端顔を赤らめて……まあ気持ち悪い。


「そうだな……。色々ありがとうビアンカ。今後の君の幸せを陰ながら祈っているよ」

「はあ……ありがとうございます。旦那様もどうぞお元気でお過ごしください」


 こうして私、ビアンカとアルシア公爵子息カミーユ様の結婚生活は1年という短い期間で幕を閉じました。それにしても、売り言葉に買い言葉で離婚を承諾してしまいました。しかも私に瑕疵がつくような形で。


 でも、もういいのです。慰謝料はたっぷり貰えますし、生きていくには困りません。


 旦那様はこれから大変でしょうけど……まあ頑張ってください。



 面倒くさい恋愛脳の夫との結婚生活を終えたわたくしは一旦生家の伯爵家に身を寄せることにしました。両親に離婚の経緯を話すと、二人は怒りを通り越して呆れた表情になってしまいましたわ。


「アルシア公爵が直々に頭を下げてきたから結婚を承諾したというのに……。本当にどうしようもないなあの脳内お花畑男は!」


 父の『脳内お花畑男』という物言いに思わず笑ってしまいました。

 確かに頭の中に色とりどりのお花が咲き乱れ、その綺麗な世界でのみ生きているような思考の持ち主でしたものね。


「そんなくだらない理由で離婚だなんて……納得できるものか! そうだ……アルシア公爵閣下に直訴すれば、離婚を取り消してもらえるかもしれない」

「いいえ、お父様。それには及びません。あんな頭がおかしい方とこれ以上夫婦を続けていきたくありませんの。これを機にもう解放されたいのです」


 貴族の務めとしてあんな脳内お花畑な男の妻になりましたが、当の本人がそれを理解していないのですから続けるだけ無駄です。

 それにあんなポエム男と肌を重ねるなんて想像するだけでゾッとします。

 夫婦生活を続けたとしても子を設けることは無理でしょう。

 

「む……それもそうか。だが、これからどうする? 石女という理由で離婚しては再婚も難しいそ」

「構いません。これを機に私は貴族の身分を捨てます。慰謝料として一生暮らせる分だけのお金は貰いましたし、ドレスや宝石を売ればかなりの金額になります。……わたくしはこのお金で()()()()を迎えに行こうと思っております」

「あの御方って……お前、まさかまだ彼のことを……?」


 頷くと、お父様は「そうか……」と呟きました。

 

「だが、彼は……その、もう、綺麗な身とは言えないが……それでもいいのか?」

「もちろんです。それでもわたくしは彼を愛しておりますもの」


 あの時のわたくしには彼を救う力はありませんでした。ですが、今は違います。

 元旦那様が真実の愛を成就させたいと願うなら、わたくしだって今度こそ本当に愛する人と添い遂げたい。そのためなら貴族の身分を捨ててもかまいやしません。


 お父様は「お前の幸せを願っているよ。あんな男と結婚させて本当に済まなかった」と謝り、お母様は黙って私を抱きしめてくれました。


 ええ、今度こそ本当に愛する方と幸せになってみせます。

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