第27話 それから(エピローグ)
組合会議の事件から、一ヶ月が経った。
ラステイルの街は、いつもの、穏やかな日常を取り戻していた。
「レインさん、見てください!」
ある日、フィンが、新しい剣を抱えて、ギルドに駆け込んできた。
「新しい剣ですか」
「はい! ずっと貯めてたお金で、ようやく買えました」
フィンは、誇らしげに、その剣を見せた。
『フィンの新しい剣
材質:良質な鋼
状態:良好。手入れも、丁寧にされている』
「いい剣ですね。ちゃんと手入れもされています」
「もちろんです! レインさんに教わったこと、ずっと、ちゃんと守ってますから」
フィンの言葉に、俺は、小さく頷いた。
「フィンさん、最近、剣の腕も、随分、上がっていますね」
「本当ですか?」
「ええ。最初に会った頃より、はっきりと、動きが安定しています」
「レインさんに、そう言ってもらえると、すごく嬉しいです」
フィンは、満面の笑みを浮かべた。
「レイン、ちょっといいかしら」
オリヴィアが、いつものように、カウンターから声をかけてきた。
「何ですか」
「ギルドの顧問鑑定士として、正式な辞令が、出ることになったわ。来週、ちょっとした式があるの」
「式、ですか」
「ええ。大したものじゃないけど、街のみんなにも、知ってもらういい機会だと思って」
俺は、その話に、少し緊張を覚えた。
「俺が、そんな大層な扱いを受けるのは、まだ、慣れません」
「慣れなくていいのよ。むしろ、慣れすぎたら、ちょっと心配だわ」
オリヴィアは、いたずらっぽく笑った。
「あなたが、今のままの、謙虚な姿勢でいてくれることが、何より大事だと思ってるから」
「……ありがとうございます」
数日後、ギルドに、一通の手紙が届いた。
「レイン、王都から、手紙が来てるわよ」
オリヴィアが、その手紙を、俺に渡した。
差出人の名前を見て、俺は、少し驚いた。
——ガレオンからだった。
『レインへ
新しいパーティで、少しずつ、結果を出せるようになってきた。
クレアという鑑定士が、お前のように、いつも、危険を、丁寧に伝えてくれる。
その度に、お前のことを、思い出す。
今度、機会があれば、また、ラステイルを訪ねたい。
その時は、お前の今の仲間たちにも、紹介してくれ。
ガレオン』
俺は、その手紙を、何度か読み返した。
「いい知らせ?」
オリヴィアが、興味深そうに聞いてきた。
「……はい。元のパーティの仲間が、上手くやっているようです」
「それは、よかったわね」
「ええ」
俺は、その手紙を、丁寧に、懐にしまった。
——王都での過去が、もう、自分にとって、嫌な記憶だけではなくなっていることを、改めて、実感した。
それから一週間後、ギルドの広場で、顧問鑑定士の就任式が、執り行われた。
「今日は、こんなに、多くの人に、集まってもらって……」
俺は、少し緊張しながら、広場に集まった、街の人々を見渡した。
フィン、オリヴィア、バーバラ、ガロ、レイラ、ミーシャ。
それだけでなく、ノエルや、トマス、そして、街の冒険者や、商人たちも、多く、集まっていた。
「レインさん、緊張してますか」
フィンが、隣で、小さく聞いてきた。
「……正直、かなり」
「大丈夫ですよ。みんな、レインさんのこと、ちゃんと、分かってますから」
フィンの言葉に、俺は、少し、肩の力を抜いた。
「では、これより、ラステイル冒険者ギルド、顧問鑑定士の就任式を、始めます」
オリヴィアが、いつもより、少し改まった様子で、進行を始めた。
「レイン・アーシュ氏は、この街に来てから、半年余りの間、数多くの依頼を通じて、私たちギルドに、大きな貢献をしてくれました」
オリヴィアの言葉が、広場に響く。
「毒の酒の一件、フィン君の剣の補強、古塔ダンジョンの調査、そして、先日の、ギルドを守るための一連の働き——どれも、彼の、丁寧で、誠実な仕事ぶりの、証です」
俺は、その言葉を聞きながら、これまでの日々を、改めて、思い返していた。
——一つ一つの出来事が、確かに、自分の中に、積み重なっている。
「それでは、レイン氏、一言、お願いします」
オリヴィアに促されて、俺は、一歩前に出た。
「……えっと」
俺は、少し言葉を選びながら、話し始めた。
「正直に言うと、こんなに、大層な扱いを受けるのは、まだ、慣れません」
その言葉に、広場に、小さな笑いが起きた。
「俺は、ただ、見えたことを、丁寧に伝えることしか、してきていません。それでも、皆さんが、それを、ちゃんと信頼してくれたから、今、ここにいられるんだと思います」
俺は、フィンや、オリヴィア、バーバラ、ガロ、レイラ、ミーシャの方を見た。
「王都にいた頃、俺は、誰にも、自分の言葉を、信じてもらえませんでした。だから、この街で、皆さんが、俺の言葉を、ちゃんと聞いてくれることが、何より、嬉しいです」
俺は、深く、息を吸った。
「これからも、見えたことを、誇張せず、確かなことだけを、皆さんに、伝えていきたいと思います。よろしくお願いします」
俺が、そう言って、深く頭を下げると、広場に、温かい拍手が、広がった。
「レインさん、すごく、いいスピーチでした!」
式が終わった後、フィンが、嬉しそうに、声をかけてきた。
「……自分でも、何を言ったか、よく覚えていません」
「いやいや、ちゃんと、心に響くこと、言ってましたよ」
フィンの言葉に、オリヴィアも、頷きながら、近づいてきた。
「お疲れ様、レイン。いい式だったわね」
「皆さんのおかげです」
「あなたが、頑張ってきた結果よ。私たちは、それを、見ていただけ」
オリヴィアの言葉に、バーバラも、笑顔で、頷いた。
「賢者さん、今日は、お祝いに、特別な料理、用意したから。後で、食堂に来てね」
「ありがとうございます、バーバラさん」
「レイン、おめでとう」
ガロが、珍しく、にこやかな表情で、声をかけてきた。
「ガロさんも、来てくれたんですね」
「当然だろう。お前は、もう、俺たちの、大事な仲間だ」
「ありがとうございます」
「私からも、お祝いを言わせて」
レイラも、笑顔で、近づいてきた。
「あなたが、この街に来てくれて、本当に、良かったわ」
「俺も、皆さんに会えて、良かったです」
俺は、その言葉に、心から、そう答えた。
その日の夜、ギルドの食堂では、改めて、皆で、ささやかな祝宴が開かれた。
「レインさん、これから、顧問鑑定士として、何か、特別な仕事が増えるんですか」
フィンが、興味深そうに、聞いてきた。
「正直、まだ、よく分かっていません。ただ、ギルドの運営に関する助言を、求められることが、増えるみたいです」
「それは、大変そうですね」
「ええ。でも、これまでと、本質的には、変わらないと思っています。見えたことを、丁寧に、伝えていくだけです」
俺の言葉に、フィンは、満足そうに、頷いた。
「俺も、もっと、頑張って、レインさんに、追いつけるように、なりたいです」
「フィンさんは、もう、十分、頑張っていますよ」
「もっと、です!」
フィンの、まっすぐな決意に、俺は、思わず、笑ってしまった。
その日の夕方、俺は、ギルドの裏庭で、フィンと、少し話をした。
「レインさん、最近、何か、嬉しいことありましたか」
「ええ、ありました」
「何ですか?」
「元のパーティのリーダーから、手紙が来ました。新しい仲間と、上手くやっているそうです」
「それは、いいことですね」
フィンは、心からそう言った。
「レインさん、王都のこと、もう、すっかり、過去のことになったんですね」
「……完全に、というわけではないです。でも、確かに、今は、ここでの生活の方が、ずっと大切だと、思っています」
「俺も、嬉しいです、それ」
フィンの言葉に、俺は、小さく笑った。
「フィンさん、これから、どうしていきたいですか」
俺は、ふと、聞いてみた。
「俺、もっと、強くなりたいです。それで、いつか、レインさんと、対等な仲間として、一緒に、もっと大きな依頼を受けられるようになりたいです」
フィンの言葉には、はっきりとした、決意が込められていた。
「俺は、もう、今でも、フィンさんを、対等な仲間だと思っていますよ」
「……ありがとうございます。でも、もっと、上を目指したいんです」
「それは、いいことだと思います。一緒に、頑張りましょう」
俺たちは、夕暮れの空を見上げながら、しばらく、そこに立っていた。
その夜、俺は、宿の部屋で、これまでの日々を、改めて、振り返っていた。
追放された日。ラステイルに来た日。杖の鑑定。フィンとの出会い。ガレオンとの再会。ギルドの危機。
——どれもが、自分の人生の、大切な一部になっていた。
王都での三年間は、つらい記憶として、確かに、残っている。
それでも、今は、その経験が、自分を、ここまで導いてくれたのだと、思えるようになっていた。
——もし、あの時、追放されていなかったら。
そう考えることも、時々あった。
それでも、今の自分の人生を、後悔する気持ちは、全くなかった。
フィン、オリヴィア、バーバラ、ガロ、レイラ、ミーシャ。
そして、遠く王都にいる、ガレオンやクレア。
それぞれの場所で、それぞれの形で、繋がりが、続いている。
「……悪くない人生だ」
俺は、小さく、そう呟いた。
窓の外には、ラステイルの夜空が、静かに広がっていた。
これからも、この街で、新しい出会いと、新しい出来事が、続いていくのだろう。
それを、今は、楽しみに思える自分が、確かに、ここにいた。
ラステイルの夜は、今日も、静かに、そして、温かく、更けていく。
(完)




