親方、テトラポットを作る
杭打ちが始まって五日。ガルドと地元の漁師たちが、毎日百本ペースで杭を打ち込んでる。砂地盤の問題は解決した。
次は波だ。
杭の上に建物を建てても、波が直接ぶち当たったら壁が持たない。コンクリートの壁でも、三メートルの波を毎日食らい続けたらいずれ削れる。水ってのは岩をも穿つからな。
港の外に防波堤がいる。波を港に入れないための壁。
だが——ただの壁じゃダメだ。
朝のコーヒーを飲みながら、五日間考え続けてきたことを整理する。
ここに来た初日に岩礁を見た。
波が岩にぶつかって砕ける。砕けた波は力を失う。あの現象がヒントだ。
壁を立てて波を「受け止める」と、波の力が全部壁にかかる。壁はいずれ壊れる。
だが波を「砕く」と、力が分散する。砕けた水はもう波じゃない。ただの水だ。
問題は、どうやって砕くか。
岩礁が波を砕けるのは、形がでこぼこしてるからだ。平らな壁に当たった波は跳ね返るが、でこぼこした岩に当たると、水が隙間に入り込んで、ぐちゃぐちゃに乱れて、力を失う。
つまり——でこぼこした形のコンクリートの塊を、海に沈めればいい。
形が大事だ。
* * *
作業場の隅で、粘土をこねた。
最初に作ったのは四角い塊。だがこれじゃ波が表面を滑るだけだ。隙間ができない。
次に丸い塊。これも隙間がない。丸い物同士は接点が少なくて、積んでも転がる。
考えろ……条件は三つだ。
一つ。塊同士を積んだ時に、勝手に隙間ができること。波が隙間に入り込んで砕ける。
二つ。積んだ時に互いに引っかかって、波で動かないこと。バラバラに流されたら意味がない。
三つ。簡単な形であること。型枠で量産できなきゃ話にならない。
粘土をこねる。こねる。こねる。
足が三本の形を作ってみた。三脚みたいな形。積むと足が絡み合って、隙間ができる。だが、三本だと安定しない。倒れる。
足を四本にした。四方向に足が伸びた形。積むと四本の足が複雑に絡み合う。隙間が自然にできる。しかも足同士が噛み合うから、簡単には動かない。
手のひらに載る小さな粘土の塊。四本の足がにょきにょき出てる、変な形。
だが……この形は見覚えがある。
テトラポットだ。
波を消そうと最適化しようと思うと、自然と同じ形に帰結する。
こいつぁ……この現場で大きく役立つだろう。
「何だそれ、親方。……蜘蛛か?」
ガルドが覗き込んできた。
「消波ブロックだ」
「ショウハブロック?」
「波を消す塊だ。こいつを海に沈めるぞ、大量に」
「その蜘蛛みたいなやつを?」
「蜘蛛じゃねえ。——まあ、見てろ」
粘土の小さなブロックを十個作った。全部同じ形。四本足の変な塊。
木箱の中に、ざらざらと流し込んだ。
十個のブロックが、勝手にばらばらの向きで積み重なった。足が絡み合って、複雑な構造を作ってる。塊と塊の間に、大小さまざまな隙間がある。
「さあ、水を注いでみろ」
ガルドが椀で水をかけた。
水が隙間に入り込んで、ぐちゃぐちゃに方向を変えながら流れていく。まっすぐ通り抜けない。あっちにぶつかり、こっちに跳ね返り、力を失っていく。
箱の反対側から出てきた水は、注いだ時の勢いが完全に消えてた。ちょろちょろと染み出すだけ。
「……入った時と全然違うぞ。水の勢いが消えてる!」
「これを大きくして海に沈める。波が当たっても、ブロックの隙間で砕けて、力がなくなる。ブロックの裏側は穏やかな海になる」
セドリックが実験を見てた。港湾長の目に光が灯った。
「これが……防波堤になるのですか」
「正確には防波堤の本体だ。杭を打った海底に、こいつを何百個も積み上げる。壁みたいに隙間なく積むんじゃなく、わざとバラバラに放り込む。形が勝手に絡み合って、波を砕く壁になる」
「バラバラに放り込むだけ!?」
「そうだ。並べなくていい。形が噛み合うように設計してあるから、放り込むだけで自然に安定する。綺麗に積む技術が要らない」
セドリックの目がさらに見開かれた。
「漁師でもできますか!?」
「船から海に落とすだけだ。誰でもできる」
* * *
実寸の消波ブロックを作る。
型枠は木で組んだ。四本の足がある形の木型。ここにコンクリートを流し込んで固める。一個の大きさは膝丈くらい、男三人がかりで持ち上げる重さだ。ガルドだけは一人で軽々と脇に抱えて運んでる。化け物め。
一日に三十個作れる。ルッカの弟子も型枠を組める。地元の漁師にもコンクリートの詰め方を教えた。もう棟方組だけの仕事じゃない。
十日で三百個。港の入口に沈めるには、五百個は要る。だが、まず三百個で試す。
「よし、沈めるぞ!」
漁船三隻を借りた。甲板に消波ブロックを積んで、港の入口の南西側——波が来る方角に持っていく。
「ここだ。海底に杭は打ってあるな」
「はい。昨日までに五十本打ちました!」
杭の上に、消波ブロックを落としていく。船の縁からどぼん、どぼん、と海に投入する。
海底に沈んだブロックが、四本の足を絡ませながら積み重なっていく。一個、二個、十個、五十個。水面から顔を出すくらいまで積み上がった。
三百個を全部投入し終えた。
港の入口に、灰色のでこぼこした塊の列ができた。幅十メートル、長さ五十メートル。壁というより、岩礁みたいに見える。
そう。天然の岩礁を真似て、人工の岩礁を作ったんだ。
* * *
翌日。南西の風が強い日だった。
波が来る。港の入口に向かって、一メートルほどの波が押し寄せてくる。普段なら、この波がそのまま港に入って桟橋を叩く。
波が消波ブロックに当たった。
ザバァン、と白い飛沫が上がった。波がブロックの隙間に突っ込んで、砕けて、ぐちゃぐちゃに乱れて——消えた。
ブロックの裏側、港の中。
水面が穏やかだ。さざ波程度しか立ってない。
「……嘘、だろ」
セドリックが桟橋の上から海を見下ろしてる。
「波が来てるのに、港の中は凪いでるぞ!?」
「消波ブロックが波を砕いてるからだ。ブロックの向こう側には、もう波の力は届かない」
桟橋が揺れてない。普段なら南西の風が吹けば桟橋がギシギシ揺れるのに、今日は静かだ。
漁師たちが集まってきた。海を見て、ブロックを見て、また海を見て。
「何だあれ……あの変な形の石が、波を止めてるのか!?」
「止めてるんじゃねえ、砕いてるんだ。見ろ、ブロックの手前では波が白く散ってるだろ? あれが力を使い果たしてる証拠だ。裏側に届く頃には、もう波じゃなくなってる」
「あんな、でたらめな形の塊を放り込んだだけで……」
「でたらめじゃねえよ。あの四本足の形が、波を最も効率よく砕くように設計してある。足と足の間の隙間が水流を乱して、力を分散させるんだ」
年配の漁師が膝をついた。
「親方……わしは五十年この港で漁をしてきた。嵐のたびに船を失い、桟橋が壊れ、家が浸かった。こんな——こんな簡単なことで波が止まるなら、なぜ今まで誰も……!」
「簡単じゃねえよ。俺の知ってる世界でも、この形に辿り着くのに、相当な時間がかかったはずだ。だが作っちまえば、あとは放り込むだけ。仕組みさえ分かれば、誰でもできる」
その日の夕方、もっと大きな波が来た。
二メートル近い波だ。
消波ブロックが白く泡立った。波がぶつかって、砕けて、散って。
港の中は——静かなままだった。
歓声が上がった。
桟橋の上で、浜辺で、倉庫の前で、港じゅうから。
「波が来ない!! 港に波はもう来ないぞ!!」
* * *
夜。宿で飯を食った。
銀尾鯛の刺身と、焼いた海老と、貝の味噌汁みたいなスープ。冷えた麦酒。
うまい。海の飯はうまい。海の現場は最高だ。
セドリックが一升瓶みたいなでかい瓶を持ってきた。
「棟方殿、これは当地の名酒です。お礼にと思いまして……」
「何の酒だ?」
「穀物を醸した酒です。この辺では、よく冷やして飲みます」
注いでもらった。キンキンの透明な液体。一口飲んだ。
「……」
日本酒だ。
厳密には違うが、香りは限りなく近い。米のような甘さと、すっきりした後味。冷やしてあるから、喉を滑り落ちていく。
やべえ。これはやべえ。何杯でもいけるぞ。
「ガルド、飲むか?」
「もらう。——うお、何だこれ!? 水みてえにするする入るぞ。危ねえ酒だ……」
危ねえ。確かに危ねえが、うまい。
カーラが三杯目をおかわりしてる。こいつ、本当に酒が強いな。
「親方さん、精霊たちが喜んでます。水の精霊が、あのブロックの隙間を水が通り抜けるのが楽しいって!」
リルが言った。
「精霊の遊び場じゃねえんだがな」
「でも水の精霊がいれば、ブロックの隙間に詰まったゴミを流してくれるそうです」
「それは助かる。メンテナンスが楽になるな」
ルッカの声も聞こえた。
「親方、消波ブロックの型枠なんですけど。鉄で作ったら、木より長持ちしますし、何千回でも使い回せます!」
「いいな。やってくれ」
「はい、明日から作ります!」
鉄の型枠。量産体制の改良を、頼まれなくても考えてくれる。頼もしい弟子だ。
エルノが隅っこで消波ブロックの配置図を描いてる。あと二百個追加すれば、港の入口を完全にカバーできる計算らしい。
「棟方殿、二百個追加した場合の配置図です。この角度でブロック帯を延長すれば、北西からの波にも対応できます!」
「お前、もう俺に見せる前に自分で判断してるな」
「間違ってますか?」
「合ってる、完璧だ」
エルノは誇らしげに胸を張った。こいつも少しは自信が出てきたらしい。
酒を飲みながら、窓の外の海を見た。
波を止めるんじゃなく、砕く。壁を立てるんじゃなく、形で受け流す。
力に力で対抗するんじゃなく、仕組みで勝つ。
……俺の建築の、全部に共通する考え方だな。
さて、明日は桟橋の再建だ。
杭基礎の上に、コンクリートの桟橋を作る。波はもう来ない。安心して建てられる。
「おやすみ」
「おやすみ、親方」




