親方、大陸竜を迎え撃つ
完成した。
六週間。四十二日。一日も休まず、百三十人が全力で働いて——間に合った。
シェルター都市「方舟」。
地上部:トラス屋根+尖頭アーチ壁のハイブリッド構造。幅三十メートル、奥行き二百メートル。免震支承百二十四基の上に載ってる。外壁は耐熱コンクリート。
地下部:岩盤を掘った避難空間。三千人収容。換気シャフト、光導管、地下水道、備蓄庫、浴室。
沖合:消波ブロック七百五十個を三列に配置した津波消波堤。
全技術の統合。コンクリート、鉄筋、ブロック、免震、トラス、ロックボルト、消波ブロック、地下シェルター。俺が建ててきた全部がここにある。
完成した日の夕方。全員で方舟の前に立った。
「……でけえな」
ガルドが見上げて呟いた。
「でけえっすね」
でけえ。俺の建築人生で一番でけえ。ダムより、運河より、世界樹の足場より——でけえ。
だが、でかさだけじゃねえ。この建物には、全部が入ってる。
ヴァルターが外壁を叩いた。
「いい音だ。——百年持つぞ、この壁は」
「百年持たなくていい。明日持てばいい」
「明日?」
「ああ。——明日、来る」
* * *
翌朝。
北の空が暗い。
雲じゃねえ。何かが空を覆ってる。ワイバーンの群れが北に向かって逃げていく。ドラゴンの前触れが、逆方向に逃げてる。前触れが逃げるってことは——本体が来るってことだ。
「全住民、方舟に避難!! 今すぐ!!」
ナディアが叫んだ。アルヴェインの言葉で。港町に警鐘が鳴り響いた。
三千人の住民がシェルターに駆け込んでいく。子供を抱えた母親。老人の手を引く若者。荷物を抱えた商人。全員が方舟を目指して走ってる。
俺は方舟の壁の上に立ってた。
コテを握ってる。バケツにコンクリート補修剤。
「親方。また壁の上にいるの」
カーラが隣にいる。
「ここが一番見える」
「知ってる。あたしもここにいる」
「……中に入ってろ」
「嫌よ。あんたが壁の上にいるなら、あたしもここにいる。——レグニカの竜降ろしの時もそうだったでしょ」
「…………好きにしろ」
「最初からそのつもりよ」
北の空が——割れた。
雲の向こうから、影が現れた。
でかい。
レグニカの大型ドラゴンがでかいと思ったが、あれは犬だ。こいつは——山だ。
翼を広げた幅が、空の端から端まで覆ってる。五百メートル。嘘みたいな数字だが、目の前にある。太陽の光が翼に遮られて、港町全体が影に入った。
大陸竜。
「……でけえな」
「でけえわね」
カーラが俺の横で笑った。笑えるこいつは本物だ。
大陸竜が降下を始めた。海に向かってる。
「海に落ちる。——津波が来るぞ」
大陸竜が海面に激突した。
轟音。世界が揺れた。海面が爆発した。巨大な水柱が空に向かって上がっていく。
そして——波が来た。
八メートル。壁のような波が、岸に向かって押し寄せてくる。
一列目の消波堤に当たった。波が消波ブロックの隙間を通り抜ける。白い泡が沸き立つ。波の勢いが——目に見えて削られた。
二列目。さらに砕ける。波の高さが半分になってる。
三列目。波がブロックに当たって、砕けて、泡になって——
岸に届いた波は、三メートルもなかった。方舟の外壁にぶつかった。飛沫が上がった。だが壁はビクともしねえ。
「止めた……!!」
壁の下でエルノが叫んだ。
「消波堤が効いてます!! 八メートルの津波が三メートル以下に減衰しました!!」
次の衝撃。
大陸竜が海から上がった。翼をばたつかせて、港の北側に着地しようとしてる。
着地。
ドォォォンッ!!!!
地面が跳ねた。立ってられねえほどの揺れ。カーラが俺の腕を掴んだ。壁の上が揺れてる。——いや、壁の上は揺れてねえ。地面が揺れてるんだ。
免震支承が効いてる。
地面がガタガタ揺れてる。瓦礫が跳ねてる。港の残った建物が崩れていく音が聞こえる。
だが方舟は——滑ってる。支承の上を、ぬるっと横にスライドしてる。揺れてない。傾いてない。三千人が中にいるシェルターが、地面の上を滑るだけで、揺れを一切伝えてない。
「揺れてねえ……!!」
壁の下でアルヴェインの職人が叫んでる。
「建物が揺れてねえぞ……!! 地面はあんなに揺れてるのに……!!」
ブレスが来た。
大陸竜の口から炎が噴き出した。港町の北側が一瞬で火の海になった。熱風が壁に当たった。
耐熱コンクリートが熱を弾いた。ヴァルターが塗った耐熱壁。表面が赤くなったが——崩れねえ。
「壁が持ってる!!」
ヴァルターが壁の内側で叫んだ。
「儂の壁は崩れねえぞ!!」
壁にヒビが入った。一箇所。外壁の東面。トラスとアーチの接合部付近。衝撃波の余波でコンクリートに亀裂が走った。
俺は走った。壁の上を走って、ヒビの場所に行った。バケツからコンクリート補修剤をコテに取って、亀裂に塗り込んだ。
「持て。持ってくれ。俺が建てた壁だ。持たねえわけがねえ」
大陸竜が咆哮した。空気が震えた。方舟の壁が振動した。
だが——立ってる。
ルッカの金具が軋んでる。トラスの接合部が力を吸収してる。フィーアが組んだ高所の接合部が、震えながらも外れてない。エルフの繊維ロープが遊びを持って力を逃がしてる。
ガルドが地上の控え壁を押さえてる。全力で、壁を支えてる。
「もてえええええええええええええ!!!」
リルの精霊が壁の内部を監視してる。亀裂がどこに走ってるか、リアルタイムで報告してくれてる。
「親方さん!! 北壁の下部にもう一箇所亀裂です!!」
「エルノ! 北壁の下に行ける奴は!」
「ヴァルターの石工が向かいました!! 補修剤を持ってます!!」
全員が持ち場で戦ってる。
大陸竜が翼を広げて飛び上がった。風圧が来た。方舟の屋根のトラスが唸った。だが——持った。三角形の骨組みが風圧を分散させた。
大陸竜が旋回してる。もう一度来るか——
来なかった。
北に向かって飛んでいく。翼が遠ざかっていく。空が明るくなっていく。太陽が戻ってきた。
「……行った?」
「行った……のか……?」
沈黙。
十秒。二十秒。三十秒。
大陸竜の影が水平線の向こうに消えた。
方舟は——立ってる。
傾いてねえ。崩れてねえ。壁にヒビは入ったが、構造は無事だ。免震支承がずれた分だけ建物が横にスライドしてるが、それだけだ。
地下シェルターを確認した。エルノが降りて戻ってきた。
「三千人全員無事です!! 怪我人ゼロです!!」
怪我人——ゼロ。
三千人。全員。無事。
大陸竜が来て。津波が来て。衝撃波が来て。ブレスが来て。
一人も死んでねえ。
「……」
壁の上に立ってる。コテを握ったまま。バケツが横にある。ヒビに塗ったコンクリート補修剤がまだ乾いてねえ。
朝日が昇ってきてる。大陸竜が去った後の、静かな朝。
方舟が朝日に照らされてる。ヒビだらけの壁。ずれた免震支承。焦げた外壁。
だが——立ってる。
壊れてない。
「……最高だ」
間違いねえ。
最高の、朝日だった。




