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第33話 帰任


「ロイデさん。ありがとう!」


 クモ型の機械はひょいっと、サブハンド(触手)を上げて姿を消した。相変わらず魔法レベルのステルス性能だ。私が治療を受けていた場所が非常に遠方だったので、移動に4~5日かかると覚悟してたら、レールガンの彼が送ってくれた。


 現在サンザノから5キロほどだ。今更気が付いたけど彼の4つ足の先端の車輪、急に湧いたなと思ったらタイヤが想理製だ。メンテも維持も楽そうでいいな。


 彼に、今後はどうするのか聞いてみたけど、もう町が荒らされる心配もないから、適当にあちこち行ってみたいと言っていた。放浪するロボットか、なんかロマンだねといったら、君は変わってるとマジトーンで言われた。いや、ロマンだろ。


 周りに目印がなくて若干位置関係が不安な場所ではあったが、ミレルから引き継いだ情報表示機能のおかげで足取りは確かだ。まずはマリエス要塞を目指そう。


「えー……」


 マリエス要塞が無くなってた。建物はそのままだけど、中はもぬけの殻。周辺にあったテント類やバリケード類がきれいさっぱり無くなっていた。確かに解放された以上は必要無いけど、撤収めちゃくちゃ早いな。


「そうなると、駐屯地のみんなも異動してるのか。さびしいな」


 ちょっとまて、そうなるとサンザノ探題も!? これはちょっと想定外だぞ。というか、それ以上に想定外なのが道行く人の多さ。現在時刻は午後5時。もう業地ではないので安全だけど、どこから来てるんだろう。子連れも結構いるな。足を止めていたら、周辺に漂う臭いに気が付いた。


「……石油の臭い?」


 ここで石油系の燃える臭いは初めてだ。樹脂はセルロース系だし、動力は送信式だ。数少ない液体燃料は植物油脂系、民間で使う燃料ガスは発酵メタンが主だ。


 なんとなく人並みに逆らって到着した凱旋路脇の広場。数十台の屋根無しバスが目に入った。ただのバスじゃない。運転席から煙突出てる。


「ガソリンエンジン? ……いや、これ蒸気だ!」


 まさかのスチームパンク。いや、パンク要素は無いな。しかし、蒸気機関とは。さすがに内燃機関の技術ツリーは生えなかったか。それでも、これなら動力割当はいらないし、構造は簡単だし、そこそこ大量輸送もできる。駐屯地に井戸は必須だから水の補給も問題ない。


 みんな大きなカバンやリュックをいっぱいにしてご機嫌だ。カバンから球体がチラチラ見えてる。これ、ひょっとして落穂拾い(ホウブロ)のツアーバスなのか。なんかリンゴ狩りとかそんな感じだな。荒くれ者の要素は全くない。


 まだまだバスは到着して、その度に荷台から人を吐き出していた。いつのまにか私の前に人の流れができてしまって動けなくなった。バスの向こうに数台の鎧馬の荷車も見える。その内の1台が、バスの車列に近づいてきた。


 御者は……一人。女性。銀髪のボブカット。ロングブーツにミニスカ。


 彼女は近くに停車したバスの荷台から降りる人たちにしきりに頭を下げていた。みんな見知った顔だ。ヨース、ラキ、エレーメ、兵役同期の何人か。ご令嬢部隊の熟練斥候のクイセ、リーエ夫婦。そうか、ほんと心配かけたんだな。


 私の前を横切っていた人の波が切れた。あと5メートル。


 ふいに彼女がこっちを向いた。大きく見開いた目。奇麗な緑がかった青い瞳。


「ずどら゛──っ よがっだぁー 」


 身じろぎもせず、嗚咽も上げず、顔をくしゃくしゃにしてただただ涙をこぼしていた。私は黙ってアンリを抱きしめた。アンリも私を抱きしめた。そのまま二人して地面にしゃがみこんだ。


「じんじゃっだかどおぼっだ──っ」


「ごめんごめん。思ったより時間かかっちゃった。もう大丈夫だから。大丈夫」


「……ストラ君。ほんとに無事なんだね」


「こっちで治療しなくていいの?」


「クイセさん、リーエさん、大丈夫です。ご心配をおかけしました。ヨース、ラキ、エレーメ、ボルツ、メシィエ、みんなもありがとう」


 鎧馬《マツ》が心配そうに寄ってきた。お前もか。ありがとうな。


「二人は、私たちで家まで送ろう」


 クイセさんが御者、奥さんは荷台でアンリと私をフォローしてくれた。ラキに拳を向けると、彼は「うん、ストラだ」といって拳をこつんと当ててくれた。ヨースはもらい泣きしていた。エレーメは「愛だね~」とか言ってるし、数ヶ月でそんな変わるわけもなく。


 本当に久しぶりの我が家。遠征からそのまま入院だったから6ヶ月ぶりくらいだ。クイセ夫婦は「詳細は後ほどまた」と言い残して帰っていった。


 キッチンの小さな食卓に、以前のように座ってお向かいのアンリを見た。まだ目が赤いけど、いつものアンリだ。


「どうしよう。したいことある?」


「えーっと……、ストラのご飯食べたい」


「うん。今日は私が作るね」


 その晩は一緒に寝て、私がいない間に何があったか夜通しおしゃべりした。その後は、お昼になって師匠が来るまで爆睡していた。



◇



「師匠。ぜひ形あるものでお願いします」


「間違いなくお前だな。安心したぞ、ストラ」


 やだな、師匠。こんなかわいい子がそんなホイホイいるわけないじゃないですか。


 師匠のお話は、端的にいうと今回の私への銃撃は無(・)か(・)っ(・)た(・)こ(・)と(・)にするという話だ。なので襲撃で怪我はしたが撃たれてはいない。そういうことなので、私を撃った貴族は、王族縁戚の至近で、許可なく武器を携行し発砲したという一種の不敬罪みたいな扱いになっていた。


 実の所、これ以上関わり合いになりたくないのでまったく異存はない。貴族同士の依怙贔屓というより、ゴタゴタから私を遠ざけてくれたように思う。


 ちなみに、レールガンの彼、ロイデ氏は姿を見せずに救助したらしく、私が急にモヤモヤした何かに捕まって消えたように見えたそうだ。アンリからの説明もあって、当事者間では私の緊急時の機能だと解釈されている。面倒がなくて良いので肯定しておいた。


 撃った貴族の動機は、私がラーラの力を使って反人工知性派を粛正する……という現実味のない陰謀論だった。そもそも、がっちり裏切った訳でもなかったようで、現在は付き物が落ちたようになっているという話だ。ちなみに、師匠の見解はというと。


「お前の常識外の能力を見て、流言飛語が真実味を持ったのかもな。事情を知ってる俺やおじょ……パラテリア様から見たら十分納得できる戦い方だったんだが」


「そういえば、お嬢って言ってましたよね。師匠を名前呼びでしたし……」


「忘れろ」


 殺気を感じたので忘れることにした。アンリがすごい残念そうな顔してた。


 それで、最初の話に戻る。パラテリア様としては、個人的にでも謝罪と礼がしたいと仰せらしい。大変有難いお言葉だが出向くのは極力避けたい。


 ご令嬢というか、そのクラスの権力者の存在する環境と空間そのものが私にとって危険だ。有能に見える彼女が危険人物を完全に排除できないのなら、たぶん誰にも無理だと思っている。何某さんがいくら優秀でも、何重にも重ねた執拗な攻撃に偶然まで敵に回すと普通に助からない。一般人、君主に近寄らずが最適解だと思う。お礼だけもらっとくのがベストだ。


「内容は新年まで保留でよろしいですか?」


「偉いさんを待たすなよ……と言いたいとこだが。そんなところだな。まだ色々始末がなぁ」


 ところで、なぜ戦力でもない貴族がわざわざ危険を冒してまで、発力塔の再起動に参加したのか。塔の管理者権限を手に入れる為という至極当然の話だ。この認証は再起動時のみ行われる。しかも1人1回限りだ。発力塔の主管理権は血統的に王家が持つが、実際の運用は新たに登録された次席管理者が行う。つまり、新たな伯爵家の誕生だ。


 今回は武局主導の作戦の上、危険度が高い事もあって、陞爵下位の新興貴族にチャンスが回ってきた。相当な覚悟をもって参加したであろうに、人質になった貴族さんは飛んだとばっちりだ。発砲した貴族の譴責の件もあって、未だに調整に手間取っている。最悪各家に別の管理者を出してもらって再度再起動という話まで出だした。ところが再起動となると陞爵上位の他局系の貴族が黙ってはいない。帯域配分が遅れているのはこういった事情もあるようだ。


 なお、例の襲撃犯だが、人質を拉致してた1部隊5人は共和国のスパイで、作戦前に想甲兵ごと入れ替わっていた。元の隊員たちは残念ながら殺害されている。捕縛した襲撃者は全員間を置かず自害した。私と制御室でやりあった内通者2名は、私を銃撃した貴族と同じ王国の反人工知性派だった。こちらは生存しているが背後関係は不明だそうだ。


「参加した隊の連中は、ほんとにお前に感謝してる。クイセ、リーエ、ガーリアあたりなんか特にな。王国の技官とか、ちっこい偉い人とか安否確認の手紙が来てたぞ」


「どうしようアンリ。モテモテだ」


「モテモテだね」


「なに照れてんだ。あとで渡すから、ちゃんとお(・)前(・)か(・)ら(・)連絡入れとけよ」


 帰り際の師匠から、年末年始はどうするのかと聞かれた。


「今回お世話になった方がいるのでお礼をしときたいです」


「それなら、私もお礼言いたい」


「じゃ、一緒に行こうか」


「世話? 誰だそれ?」


「大博士国の教授さんです。今、業地で調査してます」


「業地で調査、教授? ……いやいやいや、確かに申請は出てたけど、あの人嫌いが他人の世話? 『彩黒のデニオール』が?」


 えらい言われようですね教授。


 言葉のニュアンスからするに本人に付いた二つ名だ。「彩黒」は黄色と黒のパターン配色と何某が補足。なお、ここでも「危険、近寄るな」の意味だけど、教授の髪色からの命名だよね。とても気さくな人だったと思うんだけど。


 師匠は首を傾げながら、お前の人脈は謎が多いなとか言いながら帰っていった。後ほど家宰の方から、王立技巧院の熟女児室長カイナ女史と、特技官コスナー氏からの手紙はちゃんともらった。



ご購読いただきありがとうございます。


書き溜め分はすべて投稿いたしました。現在、この難関に立ち向かうべく、主人公と共に知恵を絞っています。ある程度書けましたら、また投稿したいと思います。


※2026 5月 大幅な改訂を行いました。


ねんど

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