第10話 出張(相手持ち)
先日のグラノス伯爵との視聴会の翌日、現在からだと昨日の夜に、ここ『想海船』に放り込まれた。
船ではあるが航行してるのは陸上で、どちらかと言えばとても大きなモノレールだ。全長は400メートル、高さ220メートル。中程にレールが通ってはいるが、縦に引き延ばされたタンカーみたいな形をしている。もうビルが動いてるような代物だ。
こんな物体を想理で作った『水』に浮かばせて物流の要として運用している。船の下を見ると周辺に水面状の何かがあって、その上をどんぶらこしてる。なんなら舳先が波を割る音まで聞こえる。訳が分からない。これこそ自分で自分を持ち上げてないか? 想理って何?
なお、推進はスクリューではなく、レール上の2台の台車みたいなのが浮いた本体を引っ張ってるとのことだ。
泊まっているのは最上階の貴族様専用特等船室。テニスコートほどの広さの甲板をスウィートの客だけで占有している。デッキにプールがあったら完全に豪華客船海の旅だ。だが、アンリと二人、洒落た雰囲気の船上で剣術の修行をしている。稽古つけてやるってのは冗談だと思っていた。ただまぁ、師匠ことレボンド男爵の稽古はとても丁寧だったので、興味深く受けさせてもらった。
稽古で使用する道具も面白い。某SF映画の光る剣みたいに、柄から想理製の刃が発生する。刃と言っても棒状なので単なる棍棒みたいなものだ。これが良く出来てて、相手の体にいい感じの攻撃が入ると判定されると、一瞬で壊れるので危険はない。
師匠の流派は、剣術と棒術が混じった感じの武術だ。アンリと二人、個別に師匠に打ち込みして、致命傷判定が出たら交代。素振りからスタートかと思いきや、いきなりの打ち合い。武器を振り回すなんてゲームでしかやったことない一般人なので、やりすぎない程度に私の中の介護さんにお任せした。
私は忖度した師匠相手に持って1分程度。アンリは手加減気味の師匠相手に3~4分は打ち合ってて、けっこう見ごたえある。なお、アンリはものすごく私とやりたがってたけど、師匠に止められてた。私もできれば遠慮したい。歳食うとPvPはつらいんだ。
「どういうわけか基礎はできてるな、ストラ。体格的にも無理がない」
「ありがとうございます、師匠」
「そういや、3等兵役の最中だったな。人型クオンでも人と全く違う動きをするので、対人経験はかえって邪魔と習ったろ」
「ああ、そういえば、そう習いました」
「ありゃ、嘘だ」
え? けっこう納得してんだけど。どういう事?
「対人可能な想甲兵は増やしたくないってのが、国の方針だからな」
「……この稽古、大丈夫でしょうか」
「心配するな。推奨してはいないが、違法じゃない。それに、いざとなると厄介なのはクオンより人間だ。やっといて損はない」
コ――、コ――、コ――
鳴っているのは、この船? の汽笛にあたるものだ。入港でも出港でもない道中に鳴るのは初めてだ。
「ああ、もうそんなとこか。しばらく休憩だ。アンリと左側見てろ。面白いもんが見れるぞ」
「面白いものですか?」「はーい」
ここら辺りはほぼ砂漠なんだけど、こんなところに観光スポット?
コスコット中央区駅から出発して13時間経過。船の巡航速度は時速換算で約35キロなので現在400キロほど移動している。駅での停泊時間が長いこともあって王都には明日の朝到着予定だ。
まぁ、急ぎの割にのんびりしてると思うけど、コスコット方面からだと街道が壊滅していて車両は走れず、あと飛行機が無いというか飛ばせないらしい。空飛ぶクオンがいない事と関係ありそうだ。
空に関しては、そもそも鳥がいない。あと虫もいない。空を飛ぶ生き物はここには存在しない。誰に話しても想像上の生き物扱いだ。蚊の話をしたら「そんな生物がいたらクオンじゃなく、そいつで人類は全滅する」と言われた。
「ストラ、あれかな?」
「うわ、そうだね。あれ全部想海船?」
レールの際まで、びっしりと巨大船が廃棄されていた。10とか20とかのレベルじゃない。数はゆうに100は超え、その廃船の合間には砂に埋もれた数千の砲身が見える。
膨大な量のスクラップの向こうに、微かに境界の光の壁が見えた。主要路線から業地が見えるのは意外だが、近いというほどでもない。
「見えたか」
「師匠。船のお墓?」
「元車両基地だったとか、処分場とかですか?」
「タルーア侵攻の名残だよ。この辺はまだ少し残ってるんだ」
「少し? ……えっと、この国が王政になったきっかけでしたっけ」
「どっちかっていうと、貴族階級の誕生だな。侵攻でぶっ壊れた地上最後の思考核が重要施設の稼働権限を遺伝子キーにしちまったんで権限が世襲になった」
遺伝子キーってそんなガバガバだっけ? 基本遺伝子だけきちんととって、あとは親子鑑定レベルでやってるのかな。血が繋がってるし認証OKみたいな。
「おかげで、管理知性体なしで権限移譲できるようにはなったが……まぁ、血が薄くなると家督が潰れるのがアレだがなぁ」
さすがに親戚です程度じゃ通らないか。場合によっちゃ親子でも厳しいのではなかろうか。まさに青い血。物理的で厳密な血統による継承か。
「師匠ってパンツとか作ってるんだよね」
「パンツいうな。あと俺が作ってるわけじゃねぇ。うちの家は繊維素材全般だ。一般向けだから位は低いが、誇りに思ってるぞ。俺がさぼったら皆ノーパンだしな」
師匠は、ふふふっ、とても邪悪な笑顔を浮かべていらっしゃる。何かあったんだろうな。うん。ちなみに、肌に触れる系繊維素材の設備担当家系だそうだ。トイレットペーパーやティッシュ、マスクなんかの衛生紙の原料でもあるので、レボンド男爵家は生活には必須なのだ。
「支障なければ、伯爵さまはどういった方面なのでしょう」
「そうだな……グラノス伯爵というか、どの伯爵家も基本、送信動力の帯域配分の上位権限持ちだ。だいたい開放稜の区長を兼任する」
「伯爵いないと何もできないですね」
「その分予備も多いし、熾烈な競争になる。わかるな?」
「……わかりました。失礼のないように極力気を付けます」
翌朝、早くから起きてアンリと二人デッキに出る。朝霧に包まれる遠景の王都の眺めは圧巻だ。王都中央の終着駅までまだ一時間以上あるけど、師匠おすすめの絶景ポイント第二弾ということで楽しみにしていた。お勧めに偽りなしだ。
すでに中央の巨大ドームが視認できる。あれが所謂、謎技術の送信動力の送信元、『発力塔』だった。コスコット区にあるものと基本的に同じものだ。なんなら四〇〇キロおきに同じものが設置されていて動力を送信している。それは業地でも同じだ。
要するに、クオンとの争いは『発力塔』の奪い合いでもあるんだ。
「アンリ、きれいだね」
「ストラもきれいだよー」
「おお、そう来たか。アンリは可愛いよ」
「んふふふ」「んふふふー」
「何やってんだ朝っぱらから」
「あれ、観光ですか? 師匠は見慣れてるかと思いましたけど」
「初見じゃないが、見飽きるほどじゃないな。いい眺めだ」
想海船最上階のこの特別デッキは地上から250メートルの高さにある。東京タワーの特別展望台が移動してるようなものだ。真下があまり見えないのが難点だけど、それでも賑やかな街並みが大きく広がっているのがわかる。
近づいて解ったのは王都は運河都市だということだ。早朝から街のいたるとこで大小さまざまな船が行きかっている。あっちこっちで橋が上がったり下がったり、畳んだり、スライドしたり、様々な跳ね橋が踏切みたいな気楽さで設置してある。
「師匠、道がめくれてる!」
「大変です師匠! 道路より運河の方が多いですよ!」
「驚くのそこかよ。正面の天蓋楼に驚けよ」
終着駅の事かな。朝霧はすっかり晴れて、駅に停泊中の想海船が二隻。驚いた事にすっぽり駅舎に収まっていた。この船と同種の船が小さく見えるってことは建物は相当にでかいということだ。巨大なモノレールは四本も引き込まれていて横幅もかなりのものだ。高層ビルを数棟丸ごと納める屋根と考えれば天の蓋というのも頷ける。
ココ── ココ──、ココ── ココ──
地球の船の汽笛みたいな音がちょいちょいしてたけど、初めて聞く種類だ。この船と入れ替わりで船が出てるから、すれ違いの警笛かな?
「お、ここで客船同士がすれ違うのは珍しい。運がいいぞお前ら」
「普段は何が相手なんですか?」
「ほぼ、運搬船だ。悪くはないが、だいたいオンボロだからな」
「今出てる船、綺麗でかっこいい船ですね。新造船ですか?」
「お、ストラ君。解ってるじゃないか。帰りはあれに乗りたくないかね?」
「ふふふ」「ふふふ」
「二人とも気持ち悪いよ」
大きな船同士がゆっくりとすれ違う。向こうの船まで20メートルぐらい、かなり近いぞ。レールを走る乗り物ならではの近さだ。もし海上で大型船同士ならありえないぐらい近い距離ではないだろうか。
すれ違う船の後部に目をやった。最上階のデッキに日傘をさしたシンプルな装いの女性が佇んでいた。金髪のすんごい美人だ。なんか目が合ったような気がした。手を振られたので手を振り返した。
師匠とアンリは迫りくる天蓋楼に夢中だ。ほどなく互いの船は遠ざかり、美女は2~3度振り返りながら船内へと戻っていった。私、小さいから子供が遊んでると思われたかな?
船は時間通りに到着。こちらに詰めていた護衛さん達――実は2人ほど同伴してた――と貴人用のラウンジへ直行。すでに到着していた王都の護衛に引き渡され、車2台で移動する。今回の護衛さんは、普通の役人に見えるし随行員も3名だ。
「王立技巧院へお連れします」とだけ言われ、後は誰も何もしゃべらない。車は天蓋楼の地上5階の専用出口から出て、信号代わりの跳ね橋に引っ掛かりながら目的地へと向かう。特段にVIP扱いということもないので、ごく普通に街中が見てられるのはとても有り難かった。
どの乗り物も(船も含めて)ほぼ無音で移動し、排気ガスも出さないので、私の知ってる都会の喧騒とはだいぶ違う。なんというか、迎えの車が高級車というわけでもないので、人の出す音がよく聞こえる。街の建物は大半が違法建築みたいにごちゃごちゃしてても汚くなくて賑やかな感じだ。あと、運河の水がとても奇麗だ。技術や法律だけではこうは行かないだろうな。
王立技巧院というのは研究所みたいな所だろうか。今回の出張の目的は情報の精査としか聞いていないので、それらしい場所ではある。その後、どういう扱いになるのかは不明だ。とりあえずは、いきなり王族とか出てこなきゃいいか。
◇
「うむ、見事な翡翠眼。その体躯、顔付、髪色、紛う方なきアブレニ。人格に問題ないのなら無権限でも第三位をくれてやりたいところだ」
目的地に到着した途端、爆速でのフラグ回収だ。
金髪イケメン皇太子にお出迎えを食らった。というかドア開けてもらって、アンリ共々エスコートされたよ。師匠が固まってたよ。護衛も運転手も迎えに出てた技官さんもみんな固まってたよ。




