第25話 楓と≪BiAG≫なデートをしよう♡ その19~ユエユエ(4)
「カエくん、急いで! 10分前よ!」
ハァハァハァ。
全力ダッシュでどれくらい走っただろう。
息が……切れる……。
「10分……前……?」
さすがにボクだってそこまで鈍くはないから、これが何かのステージの開始時刻を指しているのだということはわかる。これからユエユエと何らかのステージに立ってパフォーマンスをするってことなんだろうね。何の準備も、何の打ち合わせもしていないけれどね!
「カエくん、深呼吸~」
スーハー。
「私たちがアイドル衣装を身に纏ったら、することは1つ」
ユエユエの右手の人差し指が、まっすぐ天井に向けられる。
「すべての人を笑顔にする」
ああ、そうだ。
ユエユエが、秋月美月さんがステージに立てば、みんなが注目せずにはいられない。そのパフォーマンスに息をのみ、そして最後には笑顔になるんだ。
「そろそろ時間よ、行きましょう」
ユエユエが大股でゆっくりと歩き出す。
ボクがユエユエと一緒に?
さすがにそれは邪魔じゃないか?
「カエくん、こっちに来て」
ユエユエが立ち止まり、テーブルの上に置いてあったヘッドセットを手に取る。
「はい」
ボクの頭にヘッドセットをかぶせ、マイク位置を調整してくれる。満足したのか、ボクの両肩に手を置いてから大きく頷いて見せた。
「カエくんにお願いがあるの」
お願い?
一緒にステージにってことですか?
伝説のアイドルと一緒になんて、ボクには荷が重すぎますよ……。
「カエくんには、カエくんのパフォーマンスをしてほしい」
予想外のお願いに、一瞬思考回路がフリーズしかける。
「……ボクとしてのパフォーマンス?」
「誰かの真似じゃない。私でも、早月でも、そのほか誰の代理でもない。七瀬楓自身のパフォーマンスを見せてほしい」
七瀬楓自身のパフォーマンス。
ボクのパフォーマンスって何だ?
シュークリームシスターズとか、チィタマ名義の楽曲がそうなのかな? あれは誰の代わりでもなく、ボクが任された仕事だし……。
「あの……セットリストは……」
「『Only God knows.~その運命は誰が決めたのか』。この1曲だけよ」
≪BiAG≫の……秋月美月さんの代表的な曲目だ。
「それを2人で、ですか?」
「そうよ。私は『私』として、カエくんは『七瀬楓』としてパフォーマンスをするの」
「なるほど……」
ボクはボクとして……。
自分のオリジナル曲ではない場合に、オリジナリティのあるパフォーマンスをするのってどうすれば良いんだろう。
誰の真似でもないパフォーマンス。
お手本となる人たちがいっぱいいるのにも関わらず、その人たちをお手本にしてはいけない……。
誰かをトレースして踊ることは大して難しくない。
その人が何を考えているか、何を表現したいかを想像すれば良いのだから。
でも、ボクのパフォーマンスってなんだ?
ボクがこの曲に対して何を考え、何を表現したいかってこと?
急に言われても何も思い浮かばない……。
この曲はボクが作り上げたわけでもない。しかもボクが生まれる前からすでにあった曲なわけで……。
そして、とくにこの曲は難しい。
なぜなら、サビの部分のダンスが定義されていないフリーダンスなのだ。各メンバーに解釈と表現が任されている……。
この間の≪BiAG≫×≪初夏≫のコラボの時、みんなはどんな表現をしていたっけ……。でもオリジナルということは、みんなの表現とは違うパフォーマンスを求められているってことなのかな。
「時間よ、行ける?」
ユエユエがボクの手を握る。
「えっと……」
正直、何も準備はできていない。
どうするどうする……。
その時、ユエユエの手にギュッと力がこもった。
「私ね……夢だったの……」
「夢?」
「私の歌で、すべての人を笑顔にすること」
おそらく≪BiAG≫が最後に行った武道館でのコンサート。
あの時にユエユエはその目標を達成したんだろうね。
だから、引退した。
「でもね、あとで気づいちゃったの」
ユエユエが振り返る。
頬には1筋の涙が伝っていた。
「まだ笑顔にできていない人がいたのよ」
「そんな……誰、ですか?」
すべての人を笑顔にするって言ったって、アイドルに興味がない人はいるし、生まれたての赤ちゃんのような、そもそもユエユエのパフォーマンスを目にすることすらない人だっているわけで……。そういう人を笑顔にするのは、その定義からは外れて――。
「私」
「私?」
「そう。秋月美月」
秋月美月は秋月美月を笑顔にできていない――。
「でも、あんなににこやかに笑いながら歌っているのに?」
もちろん、鬼気迫るような厳しい表情だってするだろうけれど、基本的にはステージ上の秋月美月は笑っている。少なくともボクにはそう見えた。
「あれは、お客さんのための笑顔なの。私のために笑ったことは一度もなかったわ」
そんな……。
「だからね、今日は『私』のためにパフォーマンスをしたいの」
そういうことか。
「そのためには、私の隣には七瀬さんがいてくれないとダメなのよ」
そうか。
ボクのパフォーマンス。
七瀬楓のパフォーマンス。
≪BiAG≫のマネージャーだった七瀬楓のパフォーマンス。
「でもボクは……」
七瀬楓マネージャーの記憶をほとんど受け継いでいないんだ……。
「でも良いの。わかっているのよ。カエくんは、何も考えずにカエくんのままでいてね。でも、誰かの真似をして歌わないで。誰かの代理では踊らないで」
ボクの中に眠る、ほんのヒトカケラの七瀬楓がほしい。
わかりました。
「ボクは七瀬楓。ユエユエの隣で、ボクのパフォーマンスを――」
|Only God knows.《神のみぞ知る》




