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020 ゲーム/ギルド/ガーデン

「ね、ね、私も『  』くんと同じの買ってもらったよ」


 部屋の窓から見える冬景色には見覚えがあった。この古びた温泉宿では雪と氷柱に圧倒された記憶がある。これは確か、あの夏のキャンプをした次の旅行だ。

 温泉に延々浸かる親たちには付き合いきれず、俺は部屋で過ごしていた。やり込んでいたゲームのスコア更新に躍起だったはずだ。


「あのね、このボスが上手く倒せなくて」


 だから実に初心者的な質問をしてくる同い年の『  』が煩わしかった。

 略語を羅列して教えたら、困った顔で見てきたのを覚えている。でも、黒い靄でどんなだったかよく見えない。なんだこれ。ああ、夢か。


「分からないなら調べろよ」

「うん。……ごめんね」


 本当にスマホを使ってネット検索を始めたので放っておいた。同じ部屋にいるのにずっと無言が続いた。気にもしなかった。まあ、一緒の空間を共有していることは昔から多かったので、慣れていたのだと思う。

 しばらくして、「やった!」と小さな声が上がった。どうやらボスが倒せたらしく、はしゃいだ様子で『  』は俺に報告してきた。どこに苦戦してどう倒したのかという内容を教えた略語を交えて語るので、「ああ、その攻撃って面倒だよな」とかなんとか適当に相槌を打っていたはずだ。


「ゲームって面白いね!」


 正解を教えてもらって解くゲームの面白さは俺には分からなかったが、『  』は嬉しそうだった。気になったので問いかけた。操作が上手くなる過程だとか、未知を知る感覚だとか、いろいろ悩みながら言っていたが、


「一緒に話せることが増えて面白い」


 という答えが不思議だった。


「なんだよ、それ」

「私の気持ちを『  』くんに分かってもらえるから。伝わってる感じがする。同じことを知ってるから意味が通じる、みたいなところが面白いと思う」

「よくわかんねーって」

「私もよくわからない」


 言って、笑った。

 それから少しは話すようになった気がする。

 高校に進学してからもメールのやり取りは続いていて、それで――。





 二番広場。仄かに赤い光で満ちている。

 中央の巨樹には赤く小さな実が数多。一体化した彫像は魔女のよう。現れる怪物たちは一番広場よりも手強くなっていて、まさに第二ステージの様相だった。

 その舞台で、俺は単独狩りを続ける。

 向かってくる影色オークは三体。豚面で極度の肥満人間風といった共通点を維持しながらも、手斧、両手斧、連接棍(フレイル)とバリエーションに富んでいた。だが、こいつらの動きは洗練されていない。読みやすく、捌きやすい。


「――――っ!」


 ぎりぎりまで待ってから黒剣鉈に指を走らせる。纏わせた瘴炎は時間経過による性能劣化が激しい。加えて、斬り裂くたびに性能が落ちる。

 踏み込みながら低い位置で一閃。片足を断ったことで手斧オークは石畳に転がった。倒れたオークを壁に両手斧オークの突進を妨害し、まわり込んできた連接棍オークへ刃を向ける。俺の頭部を狙う棍の先端が見えているが、無視して首を裂いた。致命傷。

 ――ここまでが、動き始めた時点から意識できていた「一撃」の範疇。すべて〈殺害儀礼〉の恩恵を受けながら動けている。「殺意の乗った殺傷行為」として成立していた。

 殺害するための工程にも〈殺害儀礼〉の効果は乗せられる。俺がそう解釈してそう在るように意識したのなら。だが、それでもオークの動きは止まらない。最後の抵抗とばかりに俺の頭を叩き割ろうとする。

 それを、不可視の障壁を「置いておく」ことで回避した。弾く音だけが響く。この程度では破れないことは戦闘経験から計算済み。死角となっていた方向から両手斧オークが得物を振りかぶったのを「知覚」できた。跳ぶ。

 後方への跳躍で両手斧から逃れ、再び刃を触れなぞる。この更新ができた時点で、勝負は決まったようなものだった。

 両手斧オークの手首を落し、動きが止まったのを確認、続けて首を裂く。転がっていた手斧オークにも止めを刺せば、結果として、一分もかからずに戦いを終えている。

 息を吐く。余力はあった。

 黒剣鉈の性能が秀でているのもあるが、火力不足を感じることがない。二番広場で影色の巨大蟹も現れたが、堅牢なはずのその甲殻も容易く裂けた。


「このくらいにしておくか」


 時刻は午後六時。狩りばかりしているわけにもいかない。

 あれから一週間経つのはあっという間だった。拠点宿の更新分CPを貯めることができたのは自分でも驚きだ。とはいえ、鈴芽、俺、臣葦が荒稼ぎしてようやく――、といった感じではあったのだが。臣葦は「思った通り高く付いたなァ」と笑っていた。今後も酷使させてもらおうと思う。

 収入はあっても、なにせ支出が多い。呼白と漆寝を雇っているという体裁なのに、未だまともに給料らしいものは支払えていなかった。「寝泊りできてお休みがもらえるだけでも充分です」とは漆寝の言だが、いつまでもそういうわけにはいかないだろう。

 二番広場で俺が限界まで狩りを続ければ、一時的だがCPは稼げる計算になる。一番広場と比べて怪物一体あたりの見込みCP量が跳ね上がるからだ。ただそれをするわけにはいかなかった。

 考えながら歩く。道はもう覚えている。一番広場と二番広場は位置関係としては隣り合っているので、途中からは一番広場側の大通りへと出て拠点宿を目指した。


「おかえりなさい、狂璃さん」


 漆寝だ。拠点宿に入ると出迎えてくれた。

 見ない顔が席に座っていた。小奇麗な格好から新しく目覚めた人間だと分かる。無銘亭ではなくここで向かえる人間は、これで三人目だ。ここまで連れてきてくれる「仕事」も作ったのでもれはないだろう。

 塔の「彼ら」には、狩りの訓練をする戦闘系と、物作りをする生産系に分かれてもらった。だが、どちらもできそうにない人間が三人いた。精神的に特に疲弊していた人間たちだ。聞き取りによれば、一番長く塔で死と再生のループを行っていたようだ。彼らは飾名(かざりな)を失っていた。スキルを得られない存在になっていた。

 スキルの揃った生産系であれば、ストアを利用した作業でCPを獲得できる。だから、この道を失うのは大きい。狩りを行うのは実質不可能であり、そうなるとスキルに頼らない方法が必要だ。この街でCPを支払ってでも得たい「なにか」。それを差し出せるようにならなければ稼げない。

 俺は塔を交代で見張る労働を彼らに求め、応じてくれた三人に食料を提供している。だが、彼らも近い内に不満を覚えるだろう。欲が出るのが普通だ。任せたい仕事はあるのだが、とにかく相応に支払えるCPが足りない。


 二階の自室とした一室に荷物を置き、裏の小屋で風呂に入り、食堂件事務所で夕食を口にする。漆寝がまとめてくれた報告書に目を通しながらの食事だ。新顔はひとまずここで一泊する形にしてあるので、姿が見えないということは三階に割り当てた部屋にいるのだろう。戦うことを選ぶか、作ることを選ぶかは分からないが、貴重な人材だ。

 途中、臣葦が帰ってきたが、挨拶だけで交わして報告書に目を落す。

 この建物は形式上、オーナー扱いの俺と出資者の鈴芽と協力者の臣葦によってシェアされている。俺の下に従業員として呼白と漆寝がいる格好だ。この「住人の生活を向上させることを目的とした集まり」に名前は――、まだない。鈴芽は「支援ギルド」と呼んでいるが、俺と二人で組んだパーティチャットのときしかまともに発言しないので、広まる様子は一向にない。

 各種の進捗を見ているとため息が出る。未だ臣葦に頼らない狩りが行える人材は育っていないし、生産系も鈴芽が片手間に作れる生産物にすら届いていない。それは単純に赤字を意味していた。それでも次に手を付けられそうなことを考える。

 そんな思索中、時折だが食料を受け取りに扉を叩く者がいた。漆寝が対応する。訓練という「仕事」に従事してくれた人間にはCPを渡してあった。だが、ここで最低ランクの食料を買う者は少ない。無銘亭の食事代を支払える程度のCPは渡してあるので、そちらで食べる者がほとんどだ。

 俺たちは「胡散臭くて自分たちだけ贅沢をしている奴ら」らしいので、そうした意見に流される連中は顔を出したがらない――、ということもある。


「戦闘系の連中はそれくらいがいい。やる気があって怪物に怯まない」


 臣葦はそんなことを言っていたが、捻じれた反骨精神が育つようなら考え物だ。まだしばらくは俺の都合のいいように動いてもらわないと困る。


「ただいまあ!」

「呼白さん、おかえりなさい。遅かったですね」

「それがさー、怪物がうろうろってー、やばーみたいなさー」


 漆寝が横着な子供の武勇伝を聞いたかのように顔を青くした。単独で地図作りを任せている呼白は得意げに語るが、その前で漆寝は蒼白だ。


「まあ、大丈夫だろ」

「ねー、だよねー!」

「だ、だって危ないですよ!? 怪物なんですよ!?」


 珍しく騒ぐ漆寝の様子が面白いのか、呼白はさらに危険に聞こえる報告をし始めた。だが呼白のベースレベルは5まで上がり、身を隠すスキルや逃走用のスキルも身に付けている。相変わらず名称と説明文が少し残念な感じだったのは否めないが、発揮できる能力に遜色はない。斥候の真似事くらいはできると判断したし、できるのなら歳は関係なくやってもらう。


「漆寝もいい加減落ち着け」

「し、心配じゃないんですかっ」

「心配だよ。だから無理はするなと言ってある」

「で、でも」

「呼白に嫌われるぞー」

「え、えっ?」


 しつこいので適当な調子で言ってやると漆寝はうろたえた。隣で呼白がふくれっ面をしていることに気付いたようだ。しっかり役割をまっとうしているのに不当な評価を受けたらそんな顔もしたくなる。そんなやりきれない子供心だろう――と思ったら、全部演技だった。なんか呼白がこっちを見て笑っている。漆寝をからかって遊んでいるだけらしい。

 どっちが子供か分からないな、と思い、どっちも子供か、とも思った。

 呼白を呼び、共有ボードを開いて報告を受ける。「三十路協定」が遠距離攻撃主体の引き狩りをしていることが分かったのも、はぐれ騎士化した異之視(いのみ)が単独狩りしていることが分かったのも、俺が足を運ばずとも各所を見聞きできるのも、すべて呼白のお陰だ。漆寝にも他の誰にもできない仕事だ。適材適所なので、当然、漆寝の仕事も呼白にはできないのだが。

 しょんぼり顔でこちらをうかがう漆寝は、どうにもそのあたりを飲み込めていないのかもしれない。羨む必要はないんだが。彼女には基盤となる拠点を預かってもらい、雑多な仕事をまとめてもらっている。だがそれは変化が少なく他人の功績だけが目に入る環境と言えなくもない。どうしても自身の評価が下がりやすいのかな、と性格も加味して思案した。


「漆寝、俺にはコーヒーいれてもらえる?」

「あ! は、はいっ」


 動かなかった彼女は、それで食事の用意を忘れていたことを思い出せたらしい。呼白が帰ってきたらお風呂の前に食事。違うときは必ず呼白から言う。そんな呼白ルールがあった。食事を優先するのは、俺に報告をする時間で食事の用意ができるから、――という理由かららしい。

 そのまま報告を聞いていると、聞きなれた電子音が聞こえた。視界端にメッセージが表示される。ずっとパーティを組んだままの鈴芽からだ。


『鈴芽:キョウ 話 部屋』


 パーティチャットの内容に呆れ笑いが零れた。なんで片言なんだ。

 話があるから部屋にこいという意味だとは分かったので、呼白の報告を聞き終えてから向かうことを伝えた。視界端に追従浮遊させているチャット窓に『鈴芽:スズ 理解 早く』とだけ返信がくる。だからなんで片言なんだ。この奇行少女め。





「せ、せか……、んんっ、せ、世界の終わりは、か、回避できそ?」


 一階にある主寝室を占有している鈴芽は、ベッドの上でシーツに包まりながらそんなことを「声」で聞いてきた。呼白にはもうパーティを抜けてもらっていることを告げるが、「べ、べべつに知ってるし?」とどもりながら返される。言ってから思ったが、抜けたときには独特の感覚が発生するので、確かに気付いていないほうがおかしい。

 ということは、普通に頑張って喋ろうとしているのか。フードローブをシーツで代用しているあたりも彼女なりの努力なのかもしれない。だがしかし。ただの奇行である可能性も七割くらいで存在する。

 ともあれ、俺は椅子に腰かけると最初の質問に応じた。


「〈クリスタルテイル〉だけがベースならできる――が、集めた情報によれば、他のゲームとの共通点もあることが分かってるからな。回避できるともできないとも言い難い」


 神妙な顔で鈴芽は聞いている。


「〈ダンジョンスフィア〉とGUIがそっくりだという証言があったよ。〈御伽のブルームーン〉の世界観は茨の城と夜が続く世界。ただ、これはよくありがちな設定という気もする。そのゲームの世界ではずっと青い月らしいが、ここは別に青いわけじゃない」

「ぶ、ぶるーむんんっ、ブルームー……ん……んん!」

『鈴芽:ブルームーンはなにかの限定満月な意味もあった気がする』

「満月、か……」


 言えずにチャットへ逃げた鈴芽をスルーしつつ、思い出すのは夜姫のことだ。あのときの月は何色だっただろうか。記憶が曖昧だ。


「そ、そそれで、ね。キョウは空見る? ず、ずっと同じなん」

「まあ、ずっと夜だからなぁ」

「ち、ちが。……ん、ずと満月なん、だよ? き、き気付いてなかた?」

「あー……」


 言われて思い出せば、確かに満月以外の月を見た記憶がない。ここが普通ではないことを飲み込んでから特に意識していなかった。ずっと夜でずっと月はある。それくらいの認識でいた。悪い傾向だ。


「となれば影響を受けていそうだな。アンケート項目に追加決定だ。他にもプレイ経験がある人間が見つかればいいが……、まあ望み薄か」

「し、しん……、んんっ。新人に、期待っ」

「まあ、そうなるよな」


 調査と狩りを続け、少しずつ世界を知っていくしか術がない。

 動ける人間を育てて、街を暮らしやすく整えて。

 この世界の「攻略」には時間が必要だ。

 黒茨の塔は触れることができるほど近いのに。浮遊石の間にある扉が開くことはない。


「夜姫」

「ん……、塔の、姫様、だっけ?」

「あいつに会えれば、きっと、俺たちが『なんなのか』分かる気がする」

「か、カネイのこととか聞くと。思う。人形、じゃん? て」

「人形?」

「や、役を、与えられて。てこてこ、とことこ」


 鈴芽はなにかをつかんだように手を上げ、それを左右に揺らしながら動かした。

 視界の端。送られてきた言葉が表示される。

 たぶんそれはずっと感じていたことで、だからすっと腑に落ちた。


『鈴芽:夜姫様の人形劇』


 俺たちは継ぎ接ぎだらけの箱庭で、

 彼女に求められた役を演じるだけの――。


 意識の下で「なにか」が蠢いた。

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