↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/23

021 星降る夜/帰属欲求/闇

 あの日、星が降るなんて誰も知らなかった。





 俺は欠伸を噛み殺しながら包丁を振るった。

 夜更かしの弊害でいまいち頭が冴えないとはいえ、朝食を作ることくらいのことはできる。料理の腕では漆寝(しつね)に及ばないが、食べられる料理を仕上げる程度は可能だ。食材はあるのだし、横着をせず、簡単なレシピを選べば失敗もない。

 直接購入が可能なパンを切り分ける。卵を割って焼く。生野菜をサラダらしく盛り付け、デザートには――、まあ林檎あたりを切って終了。俺はスキルを利用した「結晶料理」を作れないので、すべて普通にやる必要があった。

 完成した料理を厨房から食堂へと運んでいく。

 朝食の時間は決めてあるので卓には人の姿があった。各所に置いた照明のお陰で暗がりは払われている。人の集まる場所は明るいほうがなにかと都合がいい。

 中央に陣取るのは、今日も一番広場で戦闘系の連中を訓練する予定がある臣葦(おみよし)。同じテーブルには情報収集を継続する予定の呼白(こはく)も座っている。少し遅れて顔を見せた漆寝もここだ。今日は休みなので気が緩んでいるのだろう。

 手早く朝食を並べていった。最初は手伝いたがった漆寝だが、「念入り」な説得の甲斐もあって、いまはもうおとなしい。


「さんきゅなー」

「いただきまぁす」

「すみません、ありがとうございます」


 そこから離れた隅の席。明るいはずなのに淀んでいる気配がある。フードを目深に被った鈴芽(すずめ)だ。朝食を置きに寄っても反応は薄い。原因はいろいろあるが、最たるものは「あれ」だろう。ぐでっとした鈴芽を横目に、別の場所に離れて座る人間を見た。

 姿勢がいい。背筋を伸ばして卓に着いてる様は鈴芽と対照的だ。

 名は確か――、錐華(きりか)。昨日目覚めた二十歳前後の女。寝起きであることを感じさせない切れ長の目が印象的で、保持領域(ストレージ)を認識したときも取り乱す様子がほとんどなかったと報告にあった。

 食事を置くと「どうも」とだけ短く返される。席を離れるとき、背後で小さく「まず……」とだけ呟いた声が聞こえた。率直な意見に感謝して、忘却する。食器を下げるとき、やはりと言うべきか、彼女がほとんど残していることに気が付いた。


「戦闘系か生産系か、どちらにするか決まりました?」


 そろそろ臣葦が出発する頃合いだったので、食事を終えた錐華に確認を取る。戦闘系を選ぶのであれば、見学をするためにも臣葦に付いていく必要があるからだ。

 だが返事はなく、座ったまま視線も向けてこない。


「現場を見てから決めればいいんで、とりあえずどっちの見学にします?」


 そのあたりの説明も漆寝がしているはずなのだが、と思いながら言葉を続けた。聞いているのかどうかすら曖昧だ。すぐ横で話しているので、聞こえていないはずはないのだが。


「狩りを見るなら、もう出発しないといけな――」

「生産で」


 遮るように一言。彼女は立ち上がり、微かに顔を歪ませた。機嫌が悪いんだな、と理解するには充分な所作だった。


「じゃあ、集まり次第いろいろと説明します。気になるところがあれば気軽に聞いてください。皆手探りなので、疑問は口にしてくれたほうがなにかと捗ります」

「そうですか」


 やりづらい。

 臣葦と呼白を送り出し、それからは生産系の人間が集まるのを待った。鈴芽は食事を終えた時点で部屋へと戻っている。漆寝は俺と錐華の空気に戸惑っていたが、気にしないように言い含めて立ち去らせた。休日なのに休めないのではいろいろと無意味だろう。

 待機時間を利用して、当たり障りのない事柄を話した。主にここでの暮らしについて。現状の認識を俺の主観を交えて語る。


「危ないことをする必要がないように思えますけど」


 そんなことを錐華が口にしたのは、戦闘訓練が不調なことを話したあたりだった。

 下手を打って手足を失うような大怪我をすれば、生き長らえても逆に都合が悪い。欠損を治癒できる力を持っているのは涙紗那(るいしゃな)流緒(るお)だけなので、協力を得られる目処も立っていない以上、自己治癒しないような大怪我は死んで治すしか方法がなかった。そういう事情ともなれば、当然及び腰にもなりやすい。訓練が順調に進むはずもない。それでも――。


「まだ生産系のCP稼ぎは安定していないので。狩りは必要なんですよ」

「話を聞く限り、安定する見込みはあるわけでしょう? 戦える人を増やす訓練なんて無駄に思えますけど。あなたと――臣葦さんでしたっけ、あの人が狩りをするだけでいいんじゃないですか? そのほうが効率的かと。だって、他にまともに戦える人いないんでしょう」


 現状を鑑みれば、確かにそういう考え方もある。

 蛍火のある場所は安全圏なわけで、その中でCPを得られるならば無理をする必要はどこにもない。生産系の目標であるストアからCPを引き出す作業が軌道に乗れば、暮らしていくのに充分なリソースは確保できるだろう。


「それでも腕の立つ人材はもう少し欲しいんですよ」

「どうしてですか。それって、力のある人を囲って王様になりたいって聞こえますけど」

「正解」


 不愉快そうに錐華の眉根が寄った。


「この街を牛耳りたいんですか。低俗ですね」

「俺のやり方に反感を抱いている人はいますよ。彼らももう少しすれば俺から離れると思います。CPの稼ぎさえ安定すれば、俺に従う理由なんてなくなりますからね」

「だから兵隊が欲しいんですか。押さえ付けたいから」

「支配する気があるなら、こんな風に自立支援するような真似してませんって。情報を独占して後続を潰すだけで簡単に優位に立てる世界ですよ、ここは」


 無銘亭に一極集中していた状況を崩したという喧伝はしていないので、前提条件に齟齬が生じているようだった。目覚めたばかりの彼女には、俺が力で街を支配しようと画策しているように映ったのかもしれない。


「支配する気がないのに王様になりたい……? 意味が分かりません。無駄に敵を育てているように聞こえますけど。なにがしたいんですか」

「んー……。この街を暮らしやすくしたい、――かな」

「その本質が力による支配なのではと聞きたいのですけど」

「自活できる上で帰属を求めるなら?」

「それは――……、この街に怪物以外の敵がいるということですか」


 錐華は言ってから「ああ」と続けて一人納得した。


「人間ですね。この街はそこまで無法地帯なんですか」

「気分次第での殺人がまかり通るくらいには」

「……冗談、ですよね?」

「ここでは死んでも生き返る。殺した相手がすぐに歩きまわるんですよ。ちょっと強く暴力を振るう程度の忌避感に収まると思いませんか。殴る蹴るの少し先にあるだけなんですよ。殺された側がそう思えるかは別の話ですけどね」

「自衛のために力が必要だと言いたいんですか」

「殴り返せる程度には。それに、俺は気分で人を殺すなと言いたいので、それを通すだけの力を手に入れておきたい、――ということでもありますね」

「だから『正解』、ですか」

「俺は俺が気分良く過ごせるようにしたいだけですからね。それを独裁で独善で横暴だと思う人間が多ければ、たぶん、刺されるんじゃないかな。それだけですよ」

「あなたを慕っている人がいるのは、見れば分かります」


 唐突な言葉に、思わず頬を掻く。


「少なからず成功しているのでしょうけれど……」


 錐華は腑に落ちないという顔をした。

 隠していることは多いので、それも当然だろう。夜姫のことや世界の終わりがどうこうという話は広めていない。戦力になる人材を増やす理由は、自衛に加えて、今後の調査や広場防衛への展望があるからだ。


「ここまで忌憚なく話す理由が分かりません」

「知りたいと思ったから、ですかね。俺は錐華さん、――あなたのことをもっと知っておきたい。敵になるのか味方になるのか。そのどちらでもないのか。興味がある」

「私は――」


 その言葉に続きはない。結局、彼女の視線は一度もこちらに向くことはなかった。





「どうして広場の先を調べないんですか?」


 錐華がそう言ったのは、彼女が目覚めてから一週間が経った頃だった。

 一番広場から続く道は暗い。ランタンの光が頼りだった。俺は建物の陰で小休止をしながら考える。思ったよりも敵はいない。警戒しながら進めば、無駄な戦闘は避けられそうだった。

 それに――、いまの俺なら一番広場周辺で不覚を取ることもない。レベルは大して上がっていないが、戦闘能力自体は随分向上していた。それなのに、


「どうして、か」


 小さな呟きは闇に溶ける。

 単純に余裕がなかったと言い訳はできた。CPを稼がなければ拠点を維持できない。街の空気を維持しようと思えば、片付けなければいけない雑務はいくらでもある。新しく目覚めた人間の身の振りを配慮する必要だってあった。

 ただ、錐華が目覚めた以降、いまのところ新顔は現れていない。一週間くらい間が空くことは初めてではないらしく、過去の事例から言えば、複数人が同時に目覚める予兆だと判断できた。

 それでも不安は拭えない。

 これ以上住人が増えないのではないかという不安だ。

 戦える人材は増えていない。錐華の前に目覚めた二人も生産系を選んでいる。怪物と戦いたがる人間は、当たり前だが少ない。安全圏があるのだから、そこに留まりたいと考えることを責める気にはならなかった。必要に迫られて狩りを始めた人間とは違って、心理的なハードルが一段上がっているようにも思う。


「怪我するの、怖い。痛いのは、ヤだ」


 なにかのときに鈴芽がそう言ったが、誰もがそうなのだろう。俺もそうだったはずだ。ただ、〈痛覚抑制〉を手にしてから気持ちが麻痺し始めている気もする。いまのところ、他の誰も似たようなスキルを獲得できていない。俺が手に入れた経緯を考えれば、幸か不幸かの判断はしかねた。

 それ以外のスキルに関しては概ね全員が順調だった。錐華が目覚めてから三日が過ぎる頃には、一部の人間だけだが収支がプラスに転じた。


「思ったより簡単ですね」


 そう言ったのは錐華で、周囲がいくらか嫉妬に満ちた目で睨んでいた。

 製作するジャンルは人それぞれだが、基本的には時間をかけて結晶を変化させる。物質化しているこれらは直接CPには変えられないが、収納機能である「ポーチ」「バックパック」「ボックス」のいずれかを通すことでストアへ売却可能。現状ではこれは鈴芽の仕事となるので、仮称「支援ギルド」が製作品を査定して買い上げる形だ。

 物によっては住人の間でCP結晶を利用して売買もできるだろう。怪物狩りでは手に入らない物を製作できれば強みになる。スキルで作ったハンドメイド品はストアに売却してもリストに反映されなかったので、複製するには同じだけのスキルとそれを利用する経験や知識が必要だ。それは個人で考えた場合、需要のある品を掘り当てれば、CPの心配が一気になくなることを意味していた。


「銃は作れないんですか」


 錐華が初日に口にした言葉だが、それが指し示すところは同意できた。

 遠距離から高火力で攻撃可能な手段の確保。これができないことで狩りが捗らないのは明白だった。二番広場で弓や弩の類は入手できたが問題は解決していない。「三十路協定」がこれで狩りを成立させているが、それはスキルの種類やレベルの高さに起因がありそうだった。いくら武器があっても、レベルもスキルも足りない戦闘訓練組では芳しい結果が得られない。攻撃魔法の類でもあれば――、と思うが、未だ確認できていなかった。

 二番広場で狩りをするようになっての変化がもう一つ。「無言男」との共闘だ。彼は片手戦棍(メイス)使いで、盾を巧みに操る軽戦士という感じだった。機転が利くタイプで、一緒に狩りをしていてもストレスは少ないのが特徴だろうか。彼の言葉数は極端に少なく、支援ギルドにも興味を示さなかったが、共有できたものは多い。

 周囲の闇が濃さを増した。月に雲がかかっている。

 再び歩き始めた。道の先は暗く、見通せない。

 いくどか怪物を斬り捨て、どれだけ進んだだろうか。見えてきたのは闇の壁だった。

 石畳が途切れている。

 建物が途切れている。

 そこにはなにもない。

 小石を拾って投げてみた。消えた。転がる音はしなかった。


「なん、だ、これ……」


 闇の壁を見上げる。

 曖昧に続く夜空は壁に描かれた背景のようにも感じられた。

 進んだらどうなる?

 光すら飲み込む闇の壁だ。試しに戦利品の短剣を物質化し、刃先を刺し入れた。なんの抵抗感もない。引き戻すと刃先が消えている。綺麗な断面だった。


「……――っ」


 思わず、数歩引いた。

 周囲も調べてまわったが、壁はどこまでも続いているようだった。

 街は唐突に途切れている。

 帰り道の途中、何度も振り返った。続く闇が違って見える。この街の外にはなにもないのだと知ってしまった。出られないことを知ってしまった。閉じていると知ってしまった。違うかもしれない。その否定は楽観的だ。意識の下にある「なにか」が訴える。俺たちは帰る場所をなくしている。進む場所をなくしている。

 どこへ向かえばいい?

 闇色姿の怪物を斬り倒す。殺意に心を浸すのにも随分慣れた。

 なにを目指せばいい?

 教えてくれる人間はいない。怪物を殺すことだけは上手くなった。


夜姫(よるひめ)


 彼女に会いたい。

 不鮮明な記憶。朧な姿は曖昧で。だがそれでもあいつだと認識できた。

 きっと、俺が知らないことを教えてくれるはずだ。

 なぜだか、そう思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。