別れの足音・3
「白竜の行方、琥珀さんは知ってますか?」
夢の中。琥珀と会う為に意識を保ちながら、誰もいない場所に向かって淡々と言葉を紡ぐ。
フェルディナントとヒースの言葉を聞いてから、凛の中から嫌な気持ちが消えることはなく、今も抱き続けていた。もやっとした黒い塊が払拭されない。
凛の声に反応した琥珀が、何もなかった空間から姿を現すと、神妙な面持ちのまま首を横へと振った。
「白竜は……我々も消息を掴めてはいないのです。
そちらの世界をギリギリまで守った後、クオロノエイに行く、という会話が最後です」
「そっか」
琥珀も調べたが、シイリノエイを全て調べるのは流石に無理だった。ネイリールにも白竜捜索を頼んだが、それでも2竜の存在を探す事は出来なかった。隅から隅まで調べてもらったが、欠片すらも掴めない。
「そうなんだ」
「凛様?」
表情を曇らせる凛に、琥珀は申し訳なさそうに頭を下げようとしたが、凛が琥珀の肩に手を置き、首を横へと振る。
「琥珀さんの所為じゃないです。
ただ、何か嫌な予感が頭から離れないんです」
心臓が早鐘のように波打つ。
嫌な汗が額から流れ落ちるが、拭う事はせず、ある一点を見つめる。
「……琥珀さん。クオロノエイの結界を強めておいて下さい」
「……」
「これが外れたら良いんですけど」
「わかりました。ゲートとクオロノエイの結界を強めます」
「うん。お願いします」
琥珀に頼んでも嫌な予感は拭えない。
「ゲートはオレの血で強化してください。オレの血を与えられた者しか通れないように」
他にも通れる条件はあるが、それらを全て満たさなければシイリノエイからクオロノエイに来る事は出来ない。
腰に下げたポーチから。涙の形をした玉を取り出し、琥珀へと渡す。
「これにはオレの血が入ってます。
暫くは行き来出来ないけど大丈夫ですか?」
凛の血を使うというのが、琥珀にとっては嫌な事だが、引く気のない凛を前に琥珀が折れた。結界の強化に、白竜の血以上に優れたものは存在しない。
「これはすぐにやっておきます」
「うん。お願いします」
凛の意見を押し通してしまったのは、凛自身複雑なのだが、何故かそうしないと駄目だと思ってしまった。
今度はクオロノエイで、という言葉を交わし、琥珀はクオロノエイに戻っていく。その背を見送りながら、凛は夢から覚めた。
何も変わっていない慣れ親しんだ部屋。そこにある、凛が個人的に買ったり貰ったりしたものを袋に詰めていく。
1時間程片付けたら、凛の部屋だったものが客室へとかわる。
寂しいが、ここには戻ってこれないという予感がある。
何もないのが1番良い。
そう思っているのに。
そう願っているのに……。
「どうしてこんなに不安なんだろう」
これがただの気のせいで、いつもと変わらない朝がくればいいと願いを込めながら眠りについた。
何かに脳を揺らされたような衝撃を受け、凛は飛び起きた。
鈍器で叩かれているような頭痛と吐き気。
風邪にしては突然で、それじゃないという事はわかるがこの状態は辛すぎる。
「ど……ってるんだ…?」
わからない。その場から立つことも出来ず、ベットの上に蹲る。
「頭い…た……きつ……これ……何?」
身体もだるい。カーテンの隙間からは陽の光が入ってくる。この日差しの入り方は10時ぐらい。誰も起こしにこないという事も有り得ない。
何かあったなとは思うが、外に出ないとわからない。凛は頭痛に耐えながら衣服を着替え終わった時点でベットに倒れ込んだ。
肩で息をしながら、ベットを転がり下へと落ちる。身体を床に打った事で痛みが走るが、そんな事を態々気にしていられない。
這うようにして扉へと向かう。
「封じ……られ……る」
凛が出れないように作られた結界。
何も言わずに扉を封印されたという事は、凛がいてはまずい事態が起こったのだろう。
それでも行かなければいけない。
凛の感が告げている。行くべきだと。
何度か呼吸し、息を整える。
「テノさんッ!! 聞こえたら応えてッッ!!!」
絨毯の上に蹲りながら精一杯叫ぶ。
それは賭けだった。
魔力をのせる事は出来なかったが、陽竜の竜還りになるはずのテノならば、凛の声に応えてくれる可能性は高い。
「リーンさんッ!!」
「テノさ…」
声が届いた事で一気に力が抜けたのか、凛は闇へと引きずり込まれるように意識を失った。