守りたかったモノ・1
凛が意識を取り戻したのは、倒れてから1時間程経っていた。相変わらず頭痛や吐き気はあるものの、意識を失う前に比べたら雲泥の差だった。
「リーンさん。大丈夫すか? 顔色は随分マシにはなってるんすけどね」
「ん。まだ気持ち悪いけど、さっきよりは全然マシになりました」
状況を把握する為に部屋を見回すが、何も変わっていない。相変わらず扉と窓には外に出られないように、強力な結界が張られている。
「リーンさんと俺なら抜け出るっす。ただ、陛下が俺たちを外に締め出しているんで、状況が分からないんすよね。加護持ちのヒース様とフェルディナント殿は入ってったっすね」
「恩恵は遠ざけて、加護は入れるんだ…」
頭痛の所為で上手く考えが纏まらず、凛は少しでも整理しようと紙に書き出す。
ネイリールがそうやって動いたという事は、余程の事が起きているという事はわかるが、それ以上の事はわからない。
「来客が来たのは知ってるっす。
ただ、外門から来たフードを被った2人がロウリンユに足を踏み入れた瞬間、竜に携わる恩恵持ちが倒れたっす。
俺は恩恵持ちのふりをして、辛そうにしながら現場を指揮したんスが……ディネール様が来て、その2人を城へと案内していったっす」
「城も結界が張ってありますよね」
「そうっす。ある意味城という強い結界の中に閉じ込めたおかげで、恩恵持ちが回復していったんすよ」
テノが困ったように肩を竦め、凛に向き直る。
「テノさんは大丈夫だったんですか?」
恩恵持ちのふりをしたと言ってたけれど、辛くはなかったのだろうかと聞いてみれば、テノは大丈夫とばかりに頷く。
「リーンさんのおかげで、間に合ったすから」
「……あ」
言われてから気付く。テノの変化に。
偽装されているが、よく見れば凛にその変化がわからないはずがなかった。何れなるとはわかっていたが、こんなに早くなるとは思っていなかった。
「竜還り…」
「そーす。加護を一気に通り抜け、竜還りになったんすよ。人間の寿命が終われば陽竜として蘇るっす」
「そっか…」
凛がテノとの距離を縮めた分テノの力が強まり、加護を上回る力がテノの中から溢れてきた。
それを偽装し、凛の正体を誰にも悟られないように、恩恵持ちのふりを続けた。
ネイリールは国を統治するだけに、テノの変化を感じっているかもしれないが、凛の正体を秘密にする為に口を噤んでいるのだろう。
「陛下がリーンさんをここに閉じ込めるように命じたと思うっす」
「…なんでそんな事を」
凛の中では疑問でいっぱいだが、テノは瞳を少し伏せ、首を横に振る。
「アレは、俺たちにとっては良くない…って言っていいのか迷うすが、持ってきたんすよ。加護持ちのヒース様やフェルディナント殿の2人が耐えられるかは、賭けだったと思うっす。
陛下のフォローも入ったとは思うんすが」
「……」
本来なら凛に見てもらうのが1番いいはずだが、この世界の知識がない凛を表に立たせない為の措置だろう。
水竜であるディネールは、持ってきたモノに対して、中身が何かを当てるのは時間がかかるかもしれないが、ネイリールは気付いてしまうだろう。
「(俺がわかったぐらいっすからね。陛下もわかるっすねぇ)」
陽竜のテノと対の闇竜であるネイリール。
凛を閉じ込めた理由も、テノはわかってしまう。たとえ凛が外に出たいと言っても、本音ではこの屋敷にいてほしい。
それはテノだけではなく、ネイリール、ヒース、フェルディナントにとってもそうだろう。
「…オレも見たい。ううん。違う。オレが見なきゃいけない気がする」
ここ数日、収まる事のなかった不安。その原因は今回の件だと、脳裏に音が鳴り響く。
誰もが凛を守ろうと動いてくれる。
凛の願いも叶えてくれた。
でも、今回だけは奥に引っ込んでいてはいけないと、白竜である凛が奥から姿を現した。
不安を打ち消すようにのめり込んで作った玉を全て鞄に詰め込み、アクセサリーを身に付けた。
「リーンさん…」
引く気のないリーンに、テノは一つだけ願いを口に出した。
「ここで待っていてほしいっす」
他国からの使者。
この国とは正反対の事を掲げている、最も科学を進化させた国。テノを殺しにきた子供たちは、その国の出身者だ。
テノはそれを凛に話した事はないが、何となく感じているのかもしれない。凛本人が意識した途端、白竜としての膨大な量の知識が脳裏を駆け回っただろう。
凛自身は何も話してはいないが、テノが自分の身に起こった事を考えれば、凛が知らないとは思えなかった。
テノ自身、突然髪の色全てが金色へと変わり、瞳も変わった。その時流れ込んできた竜の知識。
受け入れる事に問題はなかったが、急激にこの世界が色褪せて見えた。
凛がいなかったら、この世界に絶望するだけだっただろう。
だからこそ凛の願いを叶えたいが、今回の件はどうしても首を縦にふる事は出来なかった。
「ううん。オレは行かなきゃ。そう……行って助けなきゃ。早く」
凛の瞳の色が白金へと変わる。
「──ッ」
凛自身意識しているわけではないだろうが、髪の色も白へと変わっていく。
凛の変化にテノは涙腺が緩むが、ソレを抑え込み、凛を視界へと収める。完全に偽装は取れているが、本人は気付かず窓の外を眺めた。
精神は既に城に飛ばしているのかもしれない。
どちらにしてもそれはまずい。本体は結界の中にいるから大丈夫だろうが、精神を傷つけられたらただでは済まない。
「リーンさんッ!! 俺も一緒に行くっす。
戻ってきて下さいっす!!」
陽竜の竜還りであるテノの声。そのテノの声が届いたのかはわからないが、凛の指先が微かに動く。
「リーンさん!! こっちに戻って!!!」
悲鳴のようなテノの叫びに反応するように、凛はゆっくりと瞳を開けた。




