第100話「進路はまだわからないけど」
(語り手:赤﨑蘭子)
2年生の最後の活動日。
放課後の物理準備室は、まだ少し肌寒い。
窓の外では、春が来る直前の風が吹いていた。
「……終わったね」
涼子がホワイトボードに書かれた「2年活動最終日」と書かれた文字を見ながら言った。
「一年って、短いようで長かったなあ」
加奈子は床に寝転びながら、天井を見ている。
私は、パソコンのシャットダウンを確認しながら、静かに笑った。
この1年間――
私たちは、熱や衝突や電磁気に格闘して、
笑って、怒って、泣いて、語って、
それでもやっぱり、物理をやってきた。
「ねえ、ふたりとも。進路、決まった?」
私がふいにそう言うと、涼子と加奈子が、ぴくっと動いた。
「……まだ、決めきれてない」
涼子は素直にそう言った。
「志望校はあるけど、“これでいい”って言い切れる自信が、まだなくて」
「私は……正直、進学先も分かんない。やりたいことはあるけど、
“この道でいい”って、誰にも保証されないでしょ?」
加奈子の声は、少しだけ天井に吸い込まれるように静かだった。
私はうなずいた。
そうだ。誰にも、保証なんてされてない。
だからこそ、迷って、悩んで、足が止まる。
「でもさ」
私は二人を見て、言った。
「私たち、“わからない”からって止まってたわけじゃないよね」
「……あー、また物理っぽいこと言う」
加奈子がくすっと笑う。
「“進路”って、結論出す前に仮説立てて、検証して、
ときにやり直して……でも、その繰り返しって、
たぶん、私たちが物理でやってきたことと同じじゃない?」
涼子が、すうっと息を吸い、言った。
「進路って、“実験途中”なのかもね」
「そうそう。“結果”を急ぐより、“途中”に価値がある、的なやつ」
私たちは三人で、笑い合った。
進路はまだわからない。
でも、わからないからこそ、探したいと思える。
それって、きっと“物理が好き”って気持ちと、
すごく近いところにある。
私たちは、部室の電気を消して、
カーテンを閉めて、最後にもう一度、扉を見つめた。
「……3年生になるんだね」
「だね」
「どうする? 最後の一年だよ?」
「とりあえず、春休みに新しい実験考えよっか」
進路は、まだわからない。
でも、やることは、もう決まってる。
私たちは、少し背筋を伸ばして、扉を開けた。
第2学年完結