第一話 怒涛の三年間
2022年、都内某所。
とある製紙メーカー営業部にて、げっそりとやつれている男がいた。
「はぁぁぁぁ~~~~~………・・・・。」
「大きなため息だなぁ。昨日大変だったの?」
「…訊かなくても分かるだろ…。」
ため息を吐くのは永居 善希。そしてそれに対して心配そうな顔を向けるのは同僚の森 健斗だ。
自らのデスクでうなだれる善希に、森は缶コーヒーを差し入れする。善希はうなだれながらもコーヒーを受け取った。
「ちゃんと話は出来た?」
「まぁ、一応。」
「どれぐらい時間掛かったの?日付跨ぐ前には終われた?」
「徹夜だよ…。」
「うわぁ・・・・。」
◇◇◇◇◇
三年前、当時付き合っていた彼女の海山 雪枝と別れた後、善希は誰とも付き合う気にはなれずに暫く一人で過ごしていた。だが、後輩の尾形 美桜からの猛烈なアプローチに押され、雪枝と別れた約一年後、尾形と付き合う事に。
半ばやけくそ、自暴自棄だったとも言える。
他の誰かと付き合えば雪枝の事を忘れられる、そう思ったところもあって、尾形と付き合う事にした善希だったのだが、結局雪枝の事が頭から離れず、最初のデート後、尾形にやはり付き合えないと断りを入れた。
それを聞いた尾形は泣き出し、もう少し自分の事を見て欲しい、チャンスが欲しいと縋った。
一度OKしてしまった手前、無下にも出来ない。善希は暫く様子を見る事にした。
尾形は社内でよく話す同僚達に善希と付き合い始めた事を話していたらしい。
いや、インスタでそれとなく匂わせていた、が正しい。雪枝と別れた原因でもある、“匂わせ投稿”だ。
善希はSNSに興味がない。営業という職業柄、アカウントは持っている。だがそれは得意先とのやり取りのツールであったり、情報収集の為の媒体であったり。完全な業務用である。
それが不幸を招いたそもそもの始まり。
まぁ正確には雪枝と付き合っていた当初から撒かれていた種なのだが。雪枝と別れてしまった後は尚更、尾形がどんな投稿をしていようが興味はなく、放置していた。
その事で尾形の匂わせ投稿は止まる事なく広まる結果に。
尾形との付き合いが社内で知れ渡ってしまった後、尾形のインスタの投稿を改めてきちんと確認する事にした善希。彼女の投稿は事実をベースにはされていたが、盛られた内容も多かった。投稿に対する説明文には理想的な彼氏、誰もが羨む彼氏像が描かれていて、善希の性格、イメージとはかけ離れた印象が与えられるものばかりだった。
悪く書かれるより良いと言えば良いが、善希のキャラじゃない。周囲の人間に誤認されるような恥ずかしい投稿が多く、それを目の当たりにした時は、善希は赤面する他なかった。
尾形との関係だけでなく、誤った“永居善希”という人物像が広まった事で善希は仕事がやりづらくなり、再び別れ話をするに至る。すると尾形は、こともあろうに自殺騒ぎを起こした。『別れるぐらいなら飛び降りる』、そう言ってマンションのベランダから身を乗り出した時、人生が終わったと思ったのは善希の方だった。
それからは尾形を刺激しないように、そして自らが嫌われる方向に持っていくように。徐々に少しずつ態度に出し、この度、やっと別れ話がまとまったのだった。
◇◇◇◇◇
「尾形さん、今日お休みだね。」
「知るかよ。」
「行ってあげなくて良いの?」
「また振り出しに戻るだろ。」
どうせ気を引く為のブラフにすぎない。行ったら餌食になるだけだ。それはこれまでの善希の話で森も分かっている。
森の発言は、わざとだ。善希がその返しをすると分かっていての発言。一言一句違わぬ予想どおりの返事がきた事で、森はプッと吹き出した。森なりに善希を元気付けようとしてくれているらしい。それは善希にも伝わってきた。
クスクス笑う森を見て少し元気を取り戻したのか、善希はうなだれていた上半身を起こす。それを見た森は安心し、切り替えたように困ったような表情に戻した。
「でもまぁ、何とか話まとまったみたいで良かったよ。」
「約二年掛かったけどな。」
「っていうか、尾形さんがそんな性格だったなんて思わなかったよなぁ。」
「ホントそれだよ…。」
会社での尾形のイメージは器量も気立ても良いといったイメージだった。表面的な尾形しか知らなかった二人はすっかり騙されていた。
「結局、彼女とは何もしてないんだろ?」
「唇は奪われたよ。」
「乙女かっ!」
言い回しが乙女っぽいソレに思わずツッコミを入れる森。
「ホント凄いよね。性格はアレだけど、見た目は良いじゃん。よくプラトニック貫けたね。付き合い始めの頃とか、一回ぐらいって思わなかったの?浮気でも何でもないわけだし。」
「うるさいな。そんな気になれなかったんだよ。」
「それだけ海山さんの事好きだったのに、なんであの時、誤解解かなかったの?」
「・・・・・。」
雪枝の名を聞いた善希の表情に陰りがさした。その事に気付いた森は、余計な一言だったと慌てて口を噤む。
「ああ、いや、ごめん。今のは忘れて。今日、仕事終わりに一杯どう?お疲れ様会って事で。」
「! 健斗ぉ~…!」
「勿論、善希の奢りな。」
「なんでだよ!」
「約二年間、善希の愚痴を聞き続けた俺、お疲れ様って事で。」
「お疲れ様会ってそっち!?」
◇◇◇◇◇
森から雪枝の名前が出た事で、善希はふと雪枝の事を思い出した。
三年前、善希は雪枝に別れを告げられた際、尾形のインスタ画面を見せつけられたが、その時 善希は尾形の投稿コメントは読んでいない。そこに何が書かれていたのか、今となってはしっかり見ておくべきだったとも思う。だが当時はただ、その写真に驚きを隠せず言葉を失ってしまった。
正直、身に覚えのない写真もあった気がするが、心当たりがあるものも多数あった。浮気をしていたわけじゃない。会社の飲み会や二次会の風景、仕事にまつわる物ばかり。
弁解する余地はあった。だが当時はそれをしようとは思えなかった。
“自分は浮気していない”。その自負があったからこそ、雪枝からその写真を突き付けられた時、ショックの方が上回っていた。こんな紛らわしいだけの投稿に踊らされたのかと。これまで雪枝だけを想っていた自分自身を信じてもらえていない事に心底失望したのだ。
そして善希は何かのタガが外れたかのように、一瞬で全てがどうでも良くなってしまい、雪枝との別れを受け入れた。
◇◇◇◇◇
仕事終わりの居酒屋。
善希は魂が抜け出す勢いで、昼間以上に疲れ果てていた。
「…ホントにお疲れ…。」
「・・・・・。」
善希がうなだれている理由。それは昼過ぎに上司から呼び出しを喰らった事。呼び出し理由は尾形が突然退職願を出した件について。
尾形は善希に弄ばれた為に酷く心が傷付き、もう会社には行けなくなったと上司に泣きながら電話を掛けてきたらしい。
善希の営業成績は悪くはなく、ある程度の信頼は得ている。だが、信頼度で言えば尾形の方が上だった。上司は尾形の気立ての良さ(似非)、仕事ぶり(似非)を買っており、贔屓目に見ていた。それ故に尾形の発言を鵜呑みにして善希を悪者と決めつけ、転勤の話まで持ち上げてきたのだ。善希は事情を説明し、森にも助けてもらった事で何とか事なきを得たのだった。
飲みに誘った当初は善希を弄る気満々だった森も、ここまで来ると弄れない。本当に善希を労う気持ちで飲みに来る流れに。
うなだれていた善希だが、気持ちを切り替えて一気にビールを飲み干す。
「健斗が居てくれてホンット助かったよ。今回はマジで奢るわ。」
「いや、いいよ。月夜ばかりと思わないように…。気を付けて。」
「怖い事言うのやめてくんない!?」
それから二人は愚痴を零しあい、飲み食いし、満たされた状態で店を出た。
「夜道、ホント気を付けろよ~!」
「だからやめろって!」
酔っ払いながらも帰路に着く善希。フラフラと歩きながら通り掛ったのは、とある神社の前。
(そういや、ここの神社、雪枝と初詣に来た事あったっけ。)
森から雪枝の名が出てきたり、三年前の事をふと思い出した事で、この神社の想い出も蘇った。
善希は導かれるように神社の境内へと足を向ける。そしてふと夜空に浮かぶ満月を見上げた。
(雪枝、元気してんのかな。)
物思いに耽った事で、自分が浦島太郎のような感覚に陥り、物悲しい気持ちになる。
気が付けば、ふと涙が頬を伝っていた。
(っ。…あぁ、やべぇ。相当酔いが回ってんな。いや、俺も年取ったって事なのか。)
そんな風に自分の感情を誤魔化しながらも思い浮かんだ気持ちは
“もう一度、雪枝に逢いたい。”
善希は無意識のうちに社の前で手を合わせていた。
『神様、もし願いが叶うなら…もう一度、雪枝とやり直させて下さい。今度は絶対に…間違えないから・・・・。』
◇◇◇◇◇
ピピピピ…。
「ん~…。」
いつもの朝だ。アラームの音を聞いてスヌーズを掛ける。十五分後、またアラームが鳴って起き上がった。
善希は寝ぼけ眼でスマホのアラームを解除する。その時、待ち受け画面の年号を見て首を傾げた。
「? 2019年?…あれ?これまだ夢ん中?」
夢の中ならもう一回寝れるか、等と意味不明な思考でもう一度布団に入る。
眠れない。
このまま眠ってしまうのは遅刻が起きてしまう、そんな嫌な予感がした。
起きてテレビをつける。とりあえずいつも見ている朝のニュース番組にチャンネルを合わせた。
流れているニュースはどれも過去に見た事あるものばかり。
そして一つのニュースに目が留まる。
“来年、2020年はオリンピック開催年!”
「・・・・・。」
そこで完全に目が覚めた。
「ええええぇぇぇぇぇ!?さ、三年前に戻ってる・・・・!?」




