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第一章 3


「うん、特に異常はありませんね。貧血気味なのが気になりますが、体質もありますしね。引き続き食事指導をしていきましょう。あと……お嬢様、魔術の覚醒は――ああ、ツェペシュ家なら大丈夫でしたね。魔術回路も既に構築されているでしょう」


 ぺらぺらと喋る医者の話に、レティシアは呆然と首肯していた。月に一度程定期検診に訪れるツェペシュ領地内の名医だが、毎回の如く無限に喋るものだからレティシアは少し苦手だった。そもそも、体調も悪く無いのに月に一度も検診する必要性とは。話を聞く限り、母リアーヌも半年に一度位の頻度らしいのに。


「それにしても綺麗な……七天使ウィリスの魔導具ルビーロッドを彷彿とさせる瞳ですな」


ぼうっと天井の隅を見つめていると、医者の手が顔面に伸びてきて、レティシアの肩が思い切り跳ねた。側に立っていた護衛騎士がその手を払うと、医者は我に帰ったように頬をかく。


「おや、失礼致しました。そのご様子ですと、お嬢様の生得魔術は“魅了”、ですかな、はっはっは」


 たっぷりとした腹を叩いて笑ったあと、医者は検診を終了した。

 

 緊張の糸がとけたように、レティシアはぐてっと項垂れる。毎月あるこの時間が苦手だ。不調も無いのに体を弄られるのが気持ち悪くて仕方がない。多分、前世も病院にかかりすぎて死亡したから、今世でも本能的に嫌っているのかもしれない。


 護衛騎士も出ていった部屋は、レティシアがぽつんと佇むのみで静まり返っている。ふと思い立って、ベッドサイドの本棚に手を伸ばす。レティシアが手に取ったのは「魔術回路と生得魔術」という本だった。魔術論理学を習う際に使っている教科書だ。座学としての魔術は理解しているつもりのレティシアだが、実は、魔術を自由に使うことが出来ない。


 ツェペシュ公爵家は生まれながらに魔術回路が高度に発達した人間のみが生まれる稀有な血筋である。それ故に本来なら入試を突破しなければならない王立魔術院高等士官学園への入学が誕生の瞬間から担保されている。ツェペシュ家の他には王家とヴィルヘルム侯爵家のみ、このシード権のようなものが認められている。


 話が逸れたが、レティシアが魔術を使えないのは一言で言えば「制限されているから」である。レティシアは生白い指で背表紙を撫でたあと、ぺらぺらとページを捲った。図解と説明文がずらっと並んでいて、頭がくらくらしてきそうになるなか、探していた一文を見つけて口を引き結ぶ。

 『七歳までの子は魔術回路の暴走のケースが多く見られるため、回路抑制の絶縁物質を身につけるとよい。魔術回路が発達しているほど暴走の反動が大きい』

 首元に手を添えると、黒いチョーカーに赤い宝石を模した絶縁物質がついている。これのせいで体内の魔術回路が抑制されている、らしい。


 昔は七歳までの子の回路暴走が多くて、それで死んじゃう子もいたらしいし…「七つまでは天使の眷属」だって信じられていたんだよね。なんだか、日本でいう「七つまでは神の子」みたいな感じだな。まあ、七天使様っていう存在にも関係していそうな諺だけど…。


 暴走で死ぬのは勿論不本意だが、折角魔術の使える世界に生まれてきた以上、使いこなしてスーパー魔術師になりたい。前世は男子高校生である、カッコイイものに目がないのだ。


 そしてもう一つ、生得魔術の存在。これについては読んで字の如し、生まれながらにして「恒常で使える」魔術である。絶縁物質を身に着けていても完全には制限できず、少量垂れ流している場合が多い。体内魔術回路で練る必要が無いので、完全に制御出来ないのだ。


 医者はレティシアに魅了の生得魔術がある可能性を示唆したが、レティシアはそうは考えていなかった。何故なら、魅了があればあっという間に両親を口説き落としているはずだから。赤子の時点で。

 レティシアが考えるのは、チョーカーの抑制もあって、未だに生得魔術を発現していない可能性である。生まれながらに使える魔術ではあるが、発現の早い人間は生後1日で使える、というだけで、発現の時期自体にはばらつきがある。七歳というのは遅い方だが結局絶縁物質を装着している以上発現したとてそんなに意味は無い。


長い目でみよう。それがいいよ。


分厚くて重い本をベッドサイドテーブルに置くと、レティシアはベッドに体を預ける。ぼうっと遠くを見つめる目も相まって、球体人形のような無機質な美しさを醸し出しており、触れればたちまち崩れてしまいそうな程に儚く弱い、陶器のごとき異質さである。


…魔術、使いたいなあ。…あ、やっぱりお菓子も作りたいかも。……ミリネにお願いしてみようかな。


ぼうっと壁を見つめながら考え事をしていると、部屋にノック音が響く。レティシアは大きな目を丸くして思い切り上体を起こし、ドレスをはたいた。


「おはよう、レティシア。失礼するよ」


ドアをがちゃりと開けて入ってきたのは、レティシアには珍しい人物であった。ツェペシュ家特有の白く透明な肌にフェイスラインまでのプラチナブロンドの髪はまるで天使かの如く神々しく、菫色の瞳は華やかだが理知的。常に美しい柔和な笑みを浮かべる――レティシアの兄、カミーユ・ツェペシュである。レティシアの三歳上の十歳にして完成されすぎている美貌を携えて、突如として現れたカミーユにレティシアは硬直した。


「今朝は体調が良いと主治医から聞いたよ」


 以前のレティシアであればフリーズし復旧まで一時間は要しただろうが、アップデートされた彼女は十秒のフリーズで済んだ。

 

 カミーユおにいさま…!!??なんで、突然…!!


「……おはよう、ございます。カミーユお兄様」


 ぺこりと頭を下げるレティシアの髪が揺れて、赤い髪先がゆらゆらと赤いドレスに掛かる。いつもはあまり反応の無い妹の珍しい様子に、カミーユは唇に弧を描いたままレティシアに歩み寄った。体調が良いのは本当らしい。


「魔術の本か。勉強をしていたんだね」

「ぁ…、はい」


 机の上に無造作に置かれた魔術の参考書を一瞥し、カミーユが言う。優秀なカミーユからしてみれば、こんな本など見なくても全文諳んじることができるだろうか。そう思うと少し恥ずかしくなって、レティシアは小さく俯いた。


 やっぱり、上手に喋れない…、ブランクがありすぎ、なのかな。カミーユお兄様はすごく頭がいいし、妹が馬鹿で恥ずかしいって思われてたらどうしよう…。


 そこまで考えて、不意にレティシアの脳天に雷が走った。


 カミーユお兄様は魔術が使える…ってことはもしかして…!!

 お願いすれば、見せてもらえるかも、ってこと…!?


 お喋りの程度が低いレティシアからしてみれば高度な会話技術を要するお願いかもしれない。だが、幼い好奇心(17歳)は抑えられなかった。赤く染め上がりそうな頬に右手を添えて、少し上にあるカミーユの顔色を伺う。


 突如として転がり込んできた好機に、スルーを決め込む程レティシアは無関心では無い。某国民的RPGのマダ○テを打ってみたいと思ったことは数しれず。八歳の誕生日までなんて待てっこ無い。


 レティシアは、胸の前で両手をぎゅうと握りしめた。


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