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プロローグ

 レティシア・ツェペシュは頭痛の多い子供だった。何度目かの頭痛のとき、彼女は突然にもう一つの記憶を宿した。


 あれ、――僕、男子高校生だったような?


 おそらく前世のものであろう記憶を思い出した。他人の記憶というには余りにも見に覚えが有りすぎる。17歳という若さで夭折したレティシアの前世こと葵は病弱で、インフルエンザをこじれにこじらせて死んだ。


 なんてことだろう。我ながら呆気なさすぎる。


 葵は、日本という土地に住んでいた。文明が進んでいて、堅苦しい階級制度も無かったところだ。そんな日本の田舎で生まれて、それなりに勉強をして公立高校に進学した。体が小さくやせっぽちだったからか、よくふざけてお姫様だっこをされて、怒っていたなぁ――いや、本当にお姫様になったのでは、おかしすぎる。


 なんだか…思えば、レティシアは間違えて「僕」といいかけていたり、年頃の少女の遊びをあまりしなかったり、思い出していなかっただけで、少しは前世の気質が残っているようだ。こうして前世の記憶が蘇った今でも、あまり混乱はしていない。看過できないと言えば、この異常なスタイルくらい。


 ふと視線を下へ向ける。今まで見慣れていた床に付きそうなくらいの丈のたっぷりとしたドレスが、急におかしなものに見えてきて、レティシアは窓際のベッドに腰を掛けた。

 生まれ変わってしまったものは仕方が無いけれど、少し切ない。今の自分にできることは、前世の家族や友人の無事を、こちらの世界から祈ることだけだった。


 そう、こちらの世界というのも。この世界は、葵がいた世界とは大きく異なっているのだ。

 まず、この無尽蔵に大きな屋敷。此処はレティシアが生を受けたツェペシュ公爵家の屋敷となっていて、家族である父母と三人の兄弟の他に沢山の使用人がいる。

 まるで中世のヨーロッパのようだね。


 それに加え、魔術が存在しているでは無いか。当たり前だが、元の世界には無かったものだ。

 レティシアの生まれたツェペシュ家は、生まれながらにして魔術回路の発達した人間のみが生まれる、由緒正しき血筋なのだ。それに――

 ベッドから降りて、姿見の前に立つ。毛先に向けて赤くグラデーションのかかっている滑らかな黒髪に、陶器を思わせるような純な雪肌。血が透けたように赤い瞳。長い髪は低い位置で2つに括られていて、膝ほどまである。身につけているドレスは真紅で、毒々しいのに、レティシアに良く似合っていた。


 ――人外じみている。


 見慣れた顔だ。父によく似た髪と瞳。真っ赤な唇は母譲りで、猫のように目尻は上がっているが、きつい印象はあまりない。…いや、眉が困ったように下がっている。困惑しているからだ。頬をぴしゃりと叩くと、いつものように少し冷たげな顔になった。


 ええ、これがいつものレティシア?ふつうにこわいんですけど。


 レティシア、御年、七歳。まだまだ幼いけれども、その顔からは悟りきったような雰囲気が漂っていた。


 ちがうよ、ちがう…!別に悟ってないけど、お父様の気質が強すぎるんだ!これでも、年相応の少女だったんだよ?


 レティシアは孤独な少女だった。自室で家庭教師の授業を受け、食事を摂り、ベッドに座って一人絵本を読む。ごくたまにテラスに出ることが許されるが、使用人と護衛を5人もゾロゾロと連れて歩くのだ。そんなに危険人物か、レティシアは。

 そんな状況の中で、忙しそうにする父母や二人の優秀な兄と、ひとつ下の弟に会うこともほぼ無いまま、幼いながらに空気を呼んで息を潜めて、誰にも本音を吐露できず苦しんでいた。


 にっこりと、口角を上げてみる。錆びついたドアのように、レティシアの笑みはぎこちないものだった。表情筋がかたすぎる。笑ってる…かな?という感じだ。

 レティシアの当分の目標が決まった。この冷たげな顔では、世話をしてくれる使用人との距離が開くのも納得ができる。人間らしいところを見せて、距離を詰めていかなければ。

 田舎でほかほか暮らしていた葵にとって、冷たい人間関係は拷問に等しい。


 …僕は人形じゃない。触ればほっぺたもあったかいし…ちゃんと血も通ってる。いくら僕が人形みたいに表情がこそげ落ちていようが、こんな待遇は不本意だ!そう…まず、お父様に直談判だね!……って、ちがう、私だ、私。


 レティシアの父――クロードは、ツェペシュ公爵家の当主である。黒髪に赤い瞳のとんでもない美丈夫だと領地内でも評判であるが、その氷のような美貌と同じ様に、彼の心も冷たい。否、冷たいというか――彼は、レティシアを冷遇している。

 レティシアは七歳だ。父から冷たくされればショックも受ける。


「ぼく、…危ない。私…がお父様に嫌われている原因を探る…」


…いや、わかるかぁ!!

でも、なんの理由も無しに娘を嫌うお父さんなんて、なかなかいないよね。

やはり…強硬手段だけどこうするしか無い、かも。


 ずっと秘めていた本来の性格を開放するように、レティシアは姿見の前で両手を握ってみせたのだった。


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