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28球 ストイックな世凪先輩

 世凪先輩は、いろいろと目立つ。

 外見的な特徴ももちろんのこと、何かと部員へ手を出すことが多いので、その面でも目立つ。

 だからだろうか……彼は、誰よりも努力を欠かさない人のように思えた。

 鐙凌駕あぶみ・りょうが先輩も来たところで、ようやく部室と更衣室が開けられてずらずらと先に来ていた部員たちから部室へ入り、着替えをはじめていったようだ。もちろん既に着替えてランニングを終わらせてきてしまっていた九世凪いちじく・せな先輩は、タオルとか簡単なモノを部室から取り出してくるとすぐに誰よりも早くに体育館へと向かって行ってしまった。


「……朝から、ランニング……気持ち良いかもしれないけれど、凄いなあ……」


「それって世凪のこと?」


「!は、はい。もう走り終わってきているなんて何時に来ているのか聞くのが躊躇われちゃうぐらいですよ」


 鐙先輩に鍵を開けてもらった私は三年生のマネージャーである杢代瑠璃もくだい・るり先輩よりも先に着替えをてきぱきと完了!朝は確か監督は来ないっていう感じだったから朝練は軽いもので終わるのかな?と思いつつ朝から練習……というか、自主トレに真面目な世凪先輩に、ただただ感激することしかできなかった。もちろん自主的に朝早くにやってきて、練習していたり、体育館でなくても出来ることをしていた部員がいたり、私も早くに来られるときにはいろいろと自主練をしてきた口だから何も文句らしいことは言えないんだけれどね。


「うーん、いつだったかな。まだ朝……って時間帯にもなっていない時間に来ていたときが何度かあって、さすがに早すぎ!って注意したら昔よりかは遅くに来てくれるようになったんだけれど、それでもやっぱり早いって思うよね」


「練習も大切なことだっていうのは分かるんですが……睡眠だとか、いろいろ考えると心配しちゃうんですよね。きっと世凪先輩からすれば余計なお世話だよぉとかって言われるかもしれませんけれど」


 世凪先輩は、ちょっとクセのある言い方をしているのでそれを見様見真似の口調で真似て喋ってみるとなんと意外なことに杢代先輩にウケてしまった。しかも『似てる似てる!』と可笑しそうに笑われてしまったので逆にちょっと気恥ずかしくなってしまったのは、私のほう。


「あ、そうそう。日記は書けた?いきなり日記を書いてって言われても大変だったんじゃない?」


「いえ、一度ペンを持ったらいろいろなことを書いてしまって……むしろ書き足りないぐらいでした。日記のノートって朝に集めるんでしたっけ?」


「うん。鐙に渡してくれれば鐙が全部まとめて監督に持って行ってくれるから」


 なるほど。じゃあ、日記を持って体育館に行かないとまずいかな。通学バッグの中から日記ノートと、メモ用紙とペンを用意して他にはないかなとぐるりと更衣室と自分の通学バッグの中を見返してから大丈夫か、と納得すると杢代先輩と一緒に体育館へ向かって行った。


 体育館に入ると早くもボールが、バシッと打たれる音が聞こえてくる。

 ……これは、きっと世凪先輩がボールを使って何らかの練習でもおこなっているんだろう。いろいろと無駄が無く、誰よりもいろいろな行動が早い先輩だ。

 ひょいっと体育館に顔を出すと、体育館にはネットや支柱は用意されていないが、コートの端に立って、まるでそこにネットが存在しているかのように集中しながらサーブを打ちまくっている世凪先輩の姿があった。他の部員たちは、まだ来ていないところを見るとまだ部室で着替えをしているんだろう。ついつい、世凪先輩の自主練している様子を眺めてしまう。確かに、ストイックだ。朝の走り込みだってきっと自分で考えてはじめたことなんだろう。そのために、朝早くに学校に来ているのも世凪先輩だからこそできているのかもしれない。


「……気になる?世凪のこと」


「!あ、少し……」


「無茶みたいなものはしないけれど、めちゃくちゃ練習には真面目だから何か気になることがあれば伝えて良いと思うよ。もちろん世凪に直接伝えるのが難しいようだったら私でも、鐙辺りにでも伝えてくれれば良いし」


「あ。別に世凪先輩のことは苦手とは感じていないので、何かあれば直接言っちゃうかもしれません」


「……珍しいね」


「そう、ですか?」


「う~ん、なんでか分からないんだけれど世凪ってちょっと性格が独特っていうか……知り合ったばかりだとどうしても親身に話しかけることには勇気がいる人が多いみたい。だから巴ちゃんみたいな子がいるとちょっと新鮮かな」


 性格なんて一人一人違って当たり前のことだし、世凪先輩は別に他人に構われるのが嫌いなタイプってわけでもなさそう。私は、別に苦手とは思わないんだけどなあ。今だって……。


「あれぇ?随分暇そうじゃなぃ?千早チャ~ン、サーブでも打ってみる?俺、レシーブ練習もしたいからさぁ」


「世凪……巴ちゃんは……」


「事情ぐらいは知ってるから。別にジャンプしなくても立ったままでも普通にサーブぐらいは打てるでしょ?足に負担さえかけなければどんな打ち方でも良いからさ。ちょっとそっちから打ってみてくれない?」


 と、結構声をかけてくれるタイプの先輩だ。なかなか下級生からは声をかけるのは躊躇ってしまうところで、上級生の方から気付いて声をかけてくれるのは嬉しかったりする。


「えーっと、ホントに弱いサーブになっちゃいますけれど……それでも良ければ」


「うん。全然それで良いよぉ!」


 ボールを片手に、コートの端に立つと軽くボールを上げて数歩の助走を付ければ世凪先輩にいるところに向かってフローターサーブを打ち込んだ。私が打ったのは、たいていの人が打つことができる、基本的なサーブの一つである。


「よ……っと!」


 もちろん世凪先輩もレシーブに弱いというわけではなく、私なんかのサーブであったとしてもレシーブを失敗してしまうようなことにはならなかった。今はネットが無い状態なのだけれど、もしもネットがあり、セッターもいる状態であるならば世凪先輩の上げたボールはきちんとセッターのいる位置に返ったことだろう。ポトンと、床に落ちた。


「うんうん、上出来上出来ぃ。はい、もう一回よろしくぅ!」


「は、はい!」


 世凪先輩はポジションとしてはセッターだ。セッターは、あまりサーブレシーブを受ける機会は少ないように思う。トスをきちんと上げるために、一回目にボールに触れるのは他の選手になるからだ。でも、サーブレシーブが弱い、と思われるのも悔しいのか世凪先輩は私の打つサーブをきちんと適切な場所に返していった。いくら私の威力の欠けているサーブだとしても一回一回を丁寧に、そして適切な場所にきちんと返せるのは凄いと思う。


「こんなところかなぁ。ありがとねぇ、千早チャン。付き合ってもらってさぁ」


「いえいえ!これぐらいであれば時間があるときならお付き合いしますから!」


「ふぅん?そんなこと言っちゃうのぉ?生意気ぃ……ぺしぺしっ!」


「いた、もう……またデコピンですか?」


 今度は額に二回もデコピンをされてしまった。思わず額を押さえるものの、騒ぐほどの痛みは無い。一応、先輩なりに手加減をしてくれているのかもしれない。


 そうして世凪先輩との自主練に付き合っているとようやく残りの部員たちが体育館にやってきた。


「な、なんだぁ?おいおい、ボールだらけじゃねえか!世凪~……きちんと片付けなきゃだめだろ?」


 体育館に散らばっているボールを見て、ぎょっとした声を上げたのは鐙先輩だった。


「はいはい。やるから。……でも、これ……俺だけじゃないんだよぉ?そこの、千早チャンにも付き合ってもらって練習していたからねぇ?」


 あ、もしかして同罪?私、一緒に怒られたりするんだろうか。


「……自主練、おおいに結構!だが、まあ……朝、集まるときには片付けるように……な?」


 鐙先輩から私も注意を食らってしまうことになってしまったので、あちこちに散らばってしまったボールを籠に入れたところで、ようやく本日の朝の部活が始められていくことになった。

 未だにどんな人なのか、難しい……。真面目そうだけれど……ちょっと部員をからかうようなところもあって世凪は謎な人物の一人になりそうです。


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