29球 九世凪(いちじく・せな)
カフェラテ色の色素の薄い髪色。
そして、誰よりも早く学校に来て、練習をして……。
でも、それは何のため?
朝練は、特に変わったことはしていない。何処の部活でもおこなっているようなストレッチと学園の広い敷地をこれ幸いとばかりに利用した軽い?ランニング。それが終われば改めて体育館に集まって、それぞれ自由にペアを組むとレシーブ練習をひたすらに始めた。
マネージャーの仕事は、午後の練習の方が何かとすることが多いので、朝練の中では私なりに出来ることに精を尽くしていた。選手たちをよく観察すること。もしも気が付いたことがあれば逐一、声を出すようにして少しでも選手のためになるように。
「いで、~っ……ちょ、ちょい待ち!今日、俺は……っ!」
「はは~!お前もしかして昨日の今日で筋肉痛でも起きてんな、さては?はは~!そういうときこそ練習して練習して練習しまくるんだっつの!おら!落とすなよ~、ちゃんと俺に返せよ~?」
やっぱり筋肉痛が苦しいのだろう。外のランニングでは何の問題も無かったようだけれど、いざ体育館でのレシーブ練習をはじめた途端に顔色を変えたのは雲英雄馬くんだった。そんな雄馬くんとペアを組んでくれているのは、二年生で髪色はほぼ金色に近いような派手色。ピアスも両耳にいくつも付けている夫馬律樹先輩こと、律先輩だった。案の定、すぐに雄馬くんの体調の変化に気が付いたらしいが、それでも熱血タイプなのだろうか次から次へと容赦が無く雄馬くんにレシーブ練習を勧めている。う、うーん。確かに筋肉痛だからって全く体を動かさないっていうのも少し変な話だ。でもせっかくの貴重な朝練。まだまだレシーブの手付きも体勢もしっかりと整っていない雄馬くんには少しでも時間があればレシーブ練習を続けてもらいたい。
今日は、学年などに関係無く、組みたい人と自由にペアが生まれている。静かに黙々と……というペアもあれば、大声を出して気合いを入れているのか、やる気満々のペア。が、一つのペアに目を向けてみると、ちょっと……いや、だいぶギスギスした?感じが生まれているようだった。
「……えーっと、全然ボールを使っていないようなんですけれど……何かありました?」
ついつい声を掛けてしまったのは、他のペアのようにレシーブ練習をしている風が見られなかったからである。三年生の九世凪先輩と一年生の帷子凪くんとのペア。どちらも一応片手にはボールを持っているのだけれど、レシーブ練習をはじめようって気が感じられない。まるでお互いに睨めっこでもしているのか、じぃーっと見つめ合っている?
「……別に」
凪くんは一言、そう言ってくれるのだけれど世凪先輩の方は何か言いたそうに、それでもギリギリまで我慢しているかのようで眉を顰めていた。こういうのは関係無いかもしれないけれど、ちょっと日本人離れした世凪先輩の端正な顔がどんどん歪んでいくと、ちょっと勿体無いと感じてしまうのは私だけだろうか……。
「?」
一体、どうしたのだろうか。二人に何かあった?もしくはランニング中にでもトラブってしまったのだろうか。何も無いなら普通にレシーブ練習ができるはず、なのだけれど……。
「千早チャーン。悪いんだけれどさぁ、ボールの空気入れ持って来てくれない?」
「え?あ、は、はい!部室、にありますよね」
「そうそぉ。棚を見ればすぐに分かると思うからさぁ。ヨロシクぅ」
ダッシュ……は、ちょっと避けたかったけれど、普通に歩くよりも早く、小走り気味で男バレの部室を訪れることになった。世凪先輩の言う通り、空気入れは棚を見ればすぐに分かる所に置いてくれていたのですぐに見つかった。それにしても、部室の中は……ほとんど無駄なモノが無い。だいたい運動部の部室ともなるといろいろと物置きみたいな感じに使ってしまうこともあって自然と知らないうちにモノが増えていってしまう。が、ここの部室は綺麗なものだった。定期的に誰かが整理整頓でもしているのだろうか。モノだらけで溢れかえってしまうより、整頓されていた方が良いけれどちょっと運動部らしからぬ……という感じだった。
「……お待たせしました。こちらで大丈夫ですよね?」
「うんうん。ありがとぉ」
私が戻っても凪くんと世凪先輩は相変わらずレシーブ練習はしていなくて、ボール片手に持ったまま睨み合って?いたようだ。他の先輩たちも何か言ってくれても良さそうなものなのに……このペアだけ全然練習が出来ていないなんておかしく見えないんだろうか。
私から空気入れを受け取った世凪先輩は自分の手にしていたボールに急ぎ、そして慣れた手付きでボールに空気を補充していく。……あれ、そんなにボールに空気が入っていなかったってこと?様子をしばらく伺っていると、ちょっとだけ……ってわけじゃなくて、かなり念入りに空気を入れていく世凪先輩。そして、自分の手にしていたボールにじゅうぶんに空気が入ったことを確認すると、今度は凪くんを手招きで来させると凪くんの手にしていたボールにも空気を入れていった。
「……空気、不十分でしたか?」
昨日、練習試合の後に一応確認したつもりではいたのだけれど、私がチェックしただけでは物足りなかったのだろうか。世凪先輩は空気入れを何度も動かしてはボールにじゅうぶんな量の空気を入れていく。
「うーん……俺的には、ちょっとねぇ……このぐらいが、良いかなって考えていたんだよねぇ。てか、コイツだって本当はボールに不満があったんじゃないのぉ?だから練習しようとしなかったんでしょぉ」
「……そ、そうだったの?凪くんも?」
「……空気の入れ具合までは良く分からなかった。でも、そう言われてみるとちょっと触った感じがおかしいかなと思ってた」
「……すみません。昨日、一通りチェックはしたんですが、甘かったようですね……」
慌てて頭を下げて謝罪するものの『いいよいいよぉ』と言葉を掛けてくれるのは世凪先輩だった。
「ほんの少し……違和感程度ぐらいにしか分かんなかったんだけれどさぁ……やっぱこれぐらい入ってた方がボールもよく弾むからねぇ」
ぽんぽん、と片手でボールを空中に放っては受け止め、放っては受け止めるという行為を繰り返してから『これぐらいかなぁ』と納得していた世凪先輩。
「あ。それならみんなのも……」
「他は気付かずに練習してるんだから良いんじゃなぁい?全然空気が足りてないって感じじゃなくて、ホントに感覚的な問題なんだよねぇ。それに千早チャンも杢代もボールのメンテナンスはきちんとしてくれてるみたいだし?空気チェックだけじゃなくて、汚れ拭いたりしてくれてたんでしょぉ?昨日。よくやってくれてると思うよぉ。こういう空気具合の好みって人それぞれだし、ちょっとやりにくいかなと思ったら変な方向に飛んだり怪我しちゃうかもしれないでしょぉ?気に食わないボールで練習しても身にならないと思うからねぇ。だから、コレは俺とコイツの我が儘みたいなもんだからさぁ。……空気入れ持って来てくれて……一応、ありがとねぇ」
「……さんきゅ」
なんだかいろいろとお礼を言われてしまった。あ、別に嬉しくなかったってことじゃないんだけれど、ボールの空気の入れ具合のチェックとか、小道具を部室に取りに行くなんてことは些細なことだし。それでも、きちんとお礼を言葉にしてくれることが嬉しかった。
「いえいえ。他にも何かあれば黙っていないですぐに言ってください。これぐらいの我が儘なんて我が儘なんて言いませんから!」
カフェラテ色のような色素の薄い髪色をしている世凪先輩は、繊細だし、気が付くところには気が付くし、きちんと言うときには言ってくれるのだけれど、ほんの少し……ほんの少し、もうちょっと素直に頼ってくれても良いのかな?という印象を抱いた朝を過ごしていた。
いやいや、そこはもっと我が儘で良いよ!!全然我が儘じゃないじゃん!良いボールを用意するのもマネージャー……というか、同じ部に所属している部員の一人なら当たり前ってね!
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