36. 毒蛇の襲撃
再度皇太子とイヴァンが出掛けて行ってから、シャルロットは天幕でじっとしているのも退屈となり、皇帝と皇后の観覧席の前に並べられた獲物を見に行った。
初めに見にきた時に比べて大きな獲物も増えており、シャルロットはその血の匂いに少しばかり気分が悪くなった。
「あらあら、元猛毒令嬢のシャルロット嬢も血の匂いはお嫌いかしら?」
「皇后陛下に拝謁いたします。」
「私は血の匂いが大好きよ。なんだか元気が漲ってくるの。それに、生き血は若さの秘訣なのよ。私は定期的に生き血を飲まないといられないの。」
そう言う皇后の顔は恍惚としており、匂いに合わせてシャルロットは余計に気分が悪くなってきた。
「今日はミゲルが優勝するといいのだけれど。そうすればあの金剛石で私は指輪でも作るわ。」
「ミゲル皇子殿下は大変な母親思いのようでなによりです。」
「そうなの。あの子はとても可愛くて。私は愛に溢れるあの子こそ皇帝に相応しいと思っているわ。もしヴィンセントに何かあれば、皇太子はミゲルしかいないものね。」
可憐とも言われる花のような笑顔を浮かべたまま、皇后はシャルロットに向けてそう言い放った。
その時ザワザワと皇太子の天幕の方が騒がしくなり、胸騒ぎのしたシャルロットは皇后へ去り際の挨拶も忘れてその場を駆けた。
皇太子の天幕の周りには多くの人で人垣が出来ており、シャルロットは人をかき分けて中へと進んだ。
その先には皇太子とイヴァンが座り込んでいるのが僅かにチラリと見えて、シャルロットは胸がドクンと嫌な感じがして声が震えた。
「何かあったの?」
周囲にいた付き人は青ざめた顔で答える。
「大きな毒蛇が飛び出して……。」
「毒蛇?」
座り込んだ皇太子とイヴァンの周りにも人だかりができており、シャルロットが傍に近寄れた時に見たのは大人の腕ほどもある太さの蛇に小刀と矢が突き刺さって絶命しているところであった。
「殿下!イヴァン!」
衣服や顔が血まみれになった皇太子とイヴァンを見て、シャルロットはひどく動揺した。
「どうなさったのですか?怪我の具合は?」
やっとシャルロットに気がついた二人は自分たちが血まみれだったことに気づき、急いで拭き始めた。
その時イヴァンの腕に傷ができており、布が巻かれているのを見つけたシャルロットは急いでイヴァンに近寄った。
「イヴァン!怪我をしたの?毒蛇だと聞いたわ!」
「お嬢様、大丈夫です。」
「大丈夫って何が!早く手当をしないと!」
「シャルロット嬢、落ち着け。イヴァン殿は私を庇って確かに毒蛇に噛まれたが大丈夫だ。」
混乱して恐慌状態のシャルロットを天幕に連れて行き、人々はざわめきながらも散って行った。
天幕の中で、シャルロットは皇太子に支えられイヴァンはシャルロットに睨まれていた。
「お嬢様、私たちの体質をお忘れですか?いかなる毒も私には効きません。」
「ああ……。そうだったわね。それでも怪我をしたことには変わりないわ。見せてみなさい。」
「駄目ですよ。まだ血が出ているのですから。私の血は猛毒ですよ?お嬢様はもう猛毒令嬢ではないのですから万が一のことがあってはなりません。」
そう言ってイヴァンは自分の傷に薬草を塗り込んで布で縛り付けた。
「森の中で休憩を取っていた時、何者かが袋に閉じ込められた毒蛇を私たちへと放ったんだが、咄嗟に私を庇ってイヴァン殿が毒蛇に噛まれたんだ。」
「皇太子殿下は本当にお怪我はないのですね?」
「シャルロット嬢、心配ない。イヴァン殿が私に飛びかかった毒蛇に噛まれただけで、あとはその隙に私が仕留めたからな。」
あの蛇は随分と大きく、小刀と矢だけで倒せるような大きさではなかった。
シャルロットはそれが不思議だった。
「あのように大きな蛇をよく小刀と細い矢で仕留められましたね。」
「実はシャルロット嬢からもらったポマンダーの中に入った薬草をイヴァン殿が蛇の口に投げ入れたんだ。そうすると痺れたように蛇は動かなくなった。その隙に急所を仕留められたんだよ。」
「イヴァン、あれ虫除けじゃなくて痺れ薬だったの?」
シャルロットはイヴァンの方へと目を向けると、イヴァンはさも当然のように頷いた。
「虫除けなどよりも痺れ薬の方が大物を仕留めるのに役立つでしょう。是非皇太子殿下には優勝していただかなければなりませんからね。」
「それってズルじゃない。」
「ズルではありません。頭脳戦です。」
「まあ、お陰で殿下は無事だったのよね。」
ホッと身体の力の抜いたシャルロットはハッと何かを思いついたようにイヴァンに近寄り、ポカポカと拳で胸を叩いた。
「イヴァン、殿下を守るために今日は私の傍を離れてまでずっと殿下の傍にいたんでしょう。だって、そうでなければポマンダーの中身が痺れ薬だなどと殿下は知りようがないじゃない!」
「まあ、そうですが。お嬢様、少しばかり痛いのですが……。」
「馬鹿。」
「ですが、お嬢様は殿下が虫に刺されることすら心配なさっていたではありませんか。このような森の中、どんな危険が差し迫るか分かりませんからね。殿下に何かあればお嬢様が泣いてしまわれます。ですから私は殿下のお側で害虫避けをしたまでですよ。」
ポカポカと叩き続けるシャルロットを、イヴァンは止めることなく目を細めて見ているだけであった。
「何だか妬けるな。」
「殿下、そのようなことを言って……私がどれほど心配したか分かりますか?殿下に何かあれば私は生きてはゆけません。」
そう言ってイヴァンから離れ、キッと睨んだシャルロットを皇太子は優しく抱きしめて背中をさすった。
「今日はイヴァン殿ばかりに良いところを取られてしまったな。やはりシャルロット嬢の優秀な従者には私も敵わん。」
イヴァンはそんなことを言いながらもギュッと抱きしめ合う二人を微笑みながら見守っていた。




