番外編6 パメラ・レインウォーターの幸せ
バリーの婚約者パメラ一人称から、バリー→ディアナと変わりますのでご注意を。
わたくしはレインウォーター伯爵家のパメラと申します。
貴族が通う学院で、わたくしの婚約者――バリー・マグワイア侯爵令息は不祥事を起こしたことはつい最近のことでした。
そう、王太子殿下の婚約者であるディアナ・マードック公爵令嬢を第二王子殿下はじめ三人の令息で責め立て攻め立て、あろうことか彼女の手を勝手に掴むという愚行です。彼は騎士団長を父に持つマグワイア侯爵令息――その力は、他の令息より強いでしょう。その力をか弱い公爵令嬢に振るったのです。
彼は父である騎士団長から廃嫡され、騎士団の下っ端として一から鍛えなおすことになりました。
そして、マグワイア侯爵はわたくしとの婚約も解消させて欲しいと仰ったのです。
「愚息に貴女はもったいない」
と。
ですが、バリー様とは領地が隣で幼い頃から交流があり、幼いながらに思い合っていたのです。ですから、素直に頷けませんでした。
それがお父様たちを困らせることになっても。
彼が他の女性に心を向けているのを知ってもなお、彼のことが好きだったのですから。
「嫌です。バリー様と婚約解消なんて……」
そう抗議すると「パメラ、これはお前のためでもあるんだよ」とお父様が仰いました。「そうよ、あなたに瑕疵はないの。すぐに他の婚約者を見つけますからね、大丈夫ですよ」とお母様が仰いました。
瑕疵はない――嘘です。わたくしが悪いわけでなくても、婚約解消された令嬢に、良い縁談なんて来るはずがないのです。
それに、わたくしはまだバリー様のことを慕っています。裏切られたのに、それでも心の裡にあるバリー様は消えてくださらないのです。
学院に在学中の間、ディアナ様からも最悪の状況を考えた方がいいと助言されていたのに、キーナン男爵令嬢を囲んで楽しそうにするバリー様を見ているのに、それでも未だに諦められないのです。
だけど、お父様をはじめ何人に諦めて婚約解消するように言われたのでしょう?
中には意地を張ってないで――と仰る方もいらして、違う、そうでないのです――と何度叫びたくなったことか……。
それほどまで、愚直にバリー様のことを想い続けていたのです。
久しぶりにマグワイアの小父様が我が家にいらっしゃって、客間でお父様と歓談していました。
わたくしは呼ばれもせずに入室し、小父様の傍に近寄り、膝をついて懇願したのです。
「小父様、不躾で申し訳ございません。ですが、バリー様とお話させてください」
「パメラ嬢、それが……」
「小父様?」
小父様は何度目かになるわたくしの問いかけに、ばつの悪そうな顔をされました。
その表情に不安が募りました。
「その……マードック公爵令嬢がキーナン男爵令嬢を見つけてな」
「……え?」
「それが、令嬢はすぐに事切れてしまったのだが……公爵令嬢が彼女を慕っていた三人に伝えるように仰って……」
「ええ、それで?」
「埋葬に立ち会い、愚息は彼女を弔うと教会に身を寄せてしまったんだ」
「そんなっ!?」
たしかに小父様が言いにくいのは分かりました。
それにしても……ディアナ様はどうして教えてしまったのですか? 内緒にしていてくれれば良かったのに……。
ディアナ様は好意だと思ってしたことでしょうけど……わたくしはディアナ様のしたことを恨めしく思ってしまいました。
それからは、お父様もお母様もわたくしに「だからもう、諦めなさい」と口を揃えて言いました。
そんな簡単に諦められるのであれば、バリー様がキーナン男爵令嬢に好意を寄せたときに見切りをつけていましたわ。
でも、そんなに器用に出来ないのです。
幼い頃から交流があって、貴族令息としては裏表のないはっきりした性格は、他の方には嫌がられることもありましたけど、わたくしは逆に安心できていたのです。
貴族の迂遠な言い回しで深読みする必要もなく、良いものは良い、悪いものは悪いとはっきり口にし、その言葉に安心できていたのです。
また、キーナン男爵令嬢が現れるまで、バリー様もわたくしととても仲が良かったと思います。
騎士として鍛錬をしている時に差し入れを持っていくと、お日様のような満面の笑みで「ありがとうな」という言葉に、どれだけ心が温かくなったことでしょう。
ちょっとした行き違いで口論をした時も、「俺が短気だった。すまん」といつも折れてくれました。その言葉を聞いて、「わたくしも言い過ぎましたわ。ごめんなさい」と素直に言えたものでした。
それは、貴族令嬢としての仮面を被り始めても変わらなかった。
なのに、そんな日常もキーナン男爵令嬢のせいで無くなってしまいました。それでもバリー様のことを信じていたのです。
気の迷いだった――と言って、わたくしのもとに戻ってきてくださることを。
それなのに、教会に身を寄せた?
教会に身を寄せても、還俗することは可能です。
可能ですけど……バリー様はまだキーナン男爵令嬢のことをそれほど思っているという事なのでしょう。
もう、わたくしの事など覚えていないかのように……。
そう思うと、涙が零れ落ちて頬を濡らしました。ハンカチで拭いても後から後から溢れてきて、どうしたら止められるのか分からないくらい泣いたと思います。
お父様もお母様も、小父様も心配してくださったけれど、あれだけ泣いたのに彼への気持ちが枯れることはありませんでした。
最後の方は、お母様が抱きしめてくださり、お母様の腕の中で涙を流し続けました。
あれから数か月――お父様もお母様も、今は何も言わなくなりました。
それほどまでに、今のわたくしは抜け殻のような状態だったのです。
小父様はバリー様が身を寄せた教会を教えてくださいました。
「会って良い事がないかもしれない。でも、怒りの感情でもなんでも、一度、愚息にぶつけてみるか?」と仰って。
バリー様に会ったら、わたくしは何を言いたいのでしょう?
彼が教会に身を寄せたと聞いた時に、わたくしの心は止まりました。何かを考えることも億劫なのです。
それでもバリー様に会えることを思うと、少しだけ心に小さな明かりが灯った気がしました。
***
君の想いの深さに触れて(バリー視点)
教会に身を寄せて数か月。質素な食事にも慣れた。慣れたというより、鍛錬をしないから筋肉も落ち、前ほど食欲が無くなったせいかもしれない。
今は落ち着いてきて、レイラへの想いや学院で自分のしたこと等を思い返す日々を送っている。
今思うと、不思議な関係だった。
だってそうだろう? たった一人の令嬢――レイラに、クライヴ王子殿下、ヘンリー、そして俺が慕い、彼女を女王のように扱った。
互いに競うように彼女に貢いで、彼女は当然のように喜んで受け取った。
「ありがとう」と笑顔で喜ぶのを見たくて、本来なら婚約者のプレゼントに充てる費用をレイラにつぎ込んだんだ、
だが、卒業パーティーでの王太子殿下の言葉が蘇っては、彼女の優しさは偽りだったのかと、自分の気持ちを根底から覆す考えに支配された。
どれ程その考えから逃れたくても、考える時間はいくらでもあり、そして時間があればその事ばかりを考えるようになっていた。
そして今は前よりは心穏やかになり、そう思えるようになっていた。
俺は……間違っていたんだ……
彼女のことが好きでも、やり方を間違えた。
歪な四人の関係を続けるのではなく、勇気を出して誰か一人を選んでくれと言うべきだったんだ。そして、レイラが誰を選ぶのかは分からなかったけど、選んだやつとの仲を祝福してやるべきだった。
誰もがレイラの心が欲しくて、その勇気を出す奴が居なかったが。
そして……レイラへの気持ちに気付いた時に、婚約者であるパメラに向き合うべきだった。
当時、パメラはレイラに向かって「わたくしの婚約者と仲良くなさらないで。婚約者のいる方に馴れ馴れしいのは、貴族令嬢としても失格ですわ」という言葉を、レイラへの攻撃だと勘違いし、パメラに怒って怒鳴り散らしたんだ。
パメラの言い分は、何一つ間違っていなかったのに。
今の俺は、レイラへの想いより、パメラへの贖罪の気持ちの方が強いのかもしれない。
祈りの時間に、こんな俺のことは忘れて、もっといい奴と結婚して幸せな家庭を築いてほしい――と願う日々に変わっていっていた。
そんな中、神父に声をかけられた。
「……俺に、面会、ですか?」
「ええ、あなたに。王都からいらしたみたいですよ」
「そんな、誰が……」
王都といえば、騎士団長たる親父だろうか。だが、俺が教会に身を寄せることを決意した時、親父とは縁を切ると宣言されたのに。なのに、どうして今になって……?
「あの、本当に俺か? 他にもバリーって名前のやつ居るよな。そっちと間違ってんじゃないのか?」
「いいえ。それにしても、あなたは一向に言葉遣いが治りませんねぇ」
「わ、悪かったな」
「まあ、今更でしょう。さあ、あの部屋でお待ちですよ」
神父はそう言うと、面会室のうちの一つを指した。
俺に面会をするような奇特な奴はいなかったから、面会室に入るのはこれで初めてだ。
それにしても、面会って誰だよ――と思いながら、扉を叩いた後、部屋に入ろうとして。
「バリー様!」
「…………パメラ……か?」
「ええ! お会いしたかったです!」
パメラはそう言うと、迷うことなく俺に抱き付いてきた。
ああ、なんかこういうところって変わらないな……。小さい頃から、俺なんかを慕ってくれて……って、そうじゃなくて、何故パメラが?
「パメラ、どうして……?」
「マグワイアの小父様に教えて頂いたんです。学院の卒業パーティー以降、話す機会がなかたので、気を遣っていただいて、ここを教えていただいたんです」
「は、親父が? 気を遣った??」
「わたくし、やっぱりあなたの事が好きです。卒業パーティー以降、何度も諦めるように言われたけれど、どうしても思い切ることが出来なかったのです」
「パメラ……」
まさか、パメラがそこまで俺のことを想ってくれていたなんて……
それにしても……
「痩せたな」
「あら、バリー様もですわ」
「俺は教会に居るから、食事が質素なんだ。だけど、パメラは……」
「わたくし、あなたがキーナン男爵令嬢の事を想って教会に身を寄せたと聞いて、それから何か考えることも億劫になってしまったんです。食事を摂ることさえ……」
「馬鹿言うなっ! 俺なんかのためにそこまでする必要がないだろ!」
「あります! わたくしはまだ、あなたのことが好きなのですもの!」
そんな、パメラはこんな愚かな男でも、まだ好きだと言ってくれるのか?
パメラに対してあんな酷いことをしたのに。
「俺、謝っただけでは済まないほど、パメラに酷いことをした。レイラに苦言した時、勝手に怒鳴って……。それに、卒業パーティーでのエスコートもしなかった……。パメラのことをそのままにして、勝手に教会に入った……俺はパメラにそんなことをしたんだぞ!?」
「それでも……昔のバリー様が面影が残ってます。わたくし、とても諦めの悪い女のようですわ」
「だからって……」
「小父様に、あなたに文句の一つでも言ってやればいいと言われてきましたわ。でも、会ったらそんな気持ちはどこかへ行ってしまいました」
「パメラ……」
パメラに謝罪する日々だったのに、今目の前に本人が居る。
でも、謝っても何を言っても、パメラはまだ俺のことを好きだと言ってくれるなんて、彼女の想いはどこまで深いのか……。
「本当に俺なんかでいいのか? 廃嫡だってされたんだぞ」
「そうですわね。そして、小父様から慰謝料を頂きましたので、慎ましい暮らしならしていけると思いますわ。あなたももう一度騎士を目指して騎士団に入っていただければ」
「俺の罪はそんなことで許されるのか?」
「許すも何も、わたくしはあなたがいいのです。あなたは、がさつだと言われていたけれど、裏表のない性格で、わたくしはそれが好ましかった」
パメラは俺にされたことを十分理解していて、それでなお、俺を選んだというのだ。
信じられるか? でも、パメラの性格も曲がったことは嫌いで、真っ直ぐな気性だった。そこが俺も良かったんだ。変に気を遣わなくて済むから。すぐに気安い関係になれた。
面会室で二人でよく話し合って、還俗が可能なこと、父は俺のことを許してはいないが、パメラのこともあるから、騎士団に入って一騎士として生計を立てるくらいは許してやると言ったそうだ。
それに、パメラのほうは一人娘というわけではなく、「嫁ぐ相手が貴族でなくて騎士になっただけですわ」と笑って答えた。
俺は、こんな一途な女を見たことがない。
ましてやその一途な想いが、自分に向いているなんて……。
「俺は他の女に血迷ったやつだぞ」
「それで諦められるなら、さっさと諦めて見切りをつけていましたわ」
「今の俺にはお前を養うだけの力もねぇ」
「最初はわたくしが頂いた慰謝料から……その後は、あなたが騎士として稼いでくれればいいですわ」
何を言っても諦める気はないらしい。
そして、パメラの答えを聞いて、嫌ではない自分がいることに気付く。
レイラのことは好きだったと思う。
でも、人生は長いんだ。
パメラの気持ちに答えても、罰が当たらないだろうか――という考えが過ぎる。
こんな俺でもいいと。そうでなければ、食事を摂ることさえする気になれないという彼女に、俺が出来ることは傍にいることだけ。
だけど、本当にそれが許されるのだろうか? 俺は彼女を裏切ったのに……そう思うと、素直にパメラの手を取れない。
けど、パメラは俺の手をって両手で握ってきた。
「お願い、悩まないで、わたくしの想いを汲んでいただけませんか? わたくしは貴方がいないと生きていけないのです」
「パメラ…………ありがとう」
気づくとパメラを抱きしめていた。
そして、パメラはそっと俺の背に手を回して抱きしめ返してくれた。
今更かもしれない。でも、俺はパメラの為に生きよう――
この温もりを失くさないために――
その後、神父に相談して還俗の手続きを行い、教会を辞して王都の一角にパメラとの家を見つけた。
俺はパメラがもらった慰謝料が尽きる前に騎士団に入らなければならない。
入団テストは春だがまだ先だ。どうすればいいか悩んでいると、親父から餞別だと言って、騎士見習いとして騎士団に入団させてもらった。今は一から体を鍛えなおしている最中だ。久しぶりに本格的に体を動かすと筋肉が悲鳴を上げるが、パメラと二人の生活を送るためだ。
頑張って、見習いから一人前になるよう頑張るんだ。
忙しい日々が過ぎ、還俗して半年と少しした頃、俺たちは小さな教会で結婚式をあげた。
幸いなことに、パメラの両親も俺の両親も結婚を許してくれ、式にも参列してくれた。
親父からは「今度は間違えるなよ。パメラ嬢を大切にな」と念押しされた。
そんな事、十分分かりきっている。
今では複数の異性を競うように侍らせ貢がせていたレイラを好ましいとは思えなくなっていた。
それより、パメラは俺だけを想い、支えてくれた。これがどれだけ幸せなことか……俺は他の奴らよりよっぽど幸せ者だ。この幸せを決して壊すようなことは絶対にしない。
当たり前だが、貴族よりも質素な暮らしだった。小さなキッチン、ダイニングと寝室しかない部屋での生活。
だけど、パメラは一度たりとて不満を言わなかった。いつも笑顔で傍に居てくれた。
そして、一年半経って、パメラは可愛い女児を産んでくれた。
***
おめでとう(ディアナ視点)
バリー様が還俗し、パメラ様と結婚して二年近く――育児にも多少慣れたのではと判断し、ウィル様と一緒に二人の家に訪れることにした。
騎士団に所属している家族が住む一角に、二人は居を構えていた。
「こじんまりとしているけど、暖かそうな家ですね」
「ああ、あの二人はもう駄目かと思っていたのに、こんな事になるなんて、人生って分からないものだね」
「ふふっ、そうですわね」
わたしも学院に在籍していた時は、ウィルの隣に立ち続けることは出来ないと思っていたのに、今は王太子妃として、ウィル様の隣にいる。
そして、後ろには同じ転生者であるデイジー・シャノン男爵令嬢が、わたしの筆頭侍女として控えている。
彼女とは、前世の日本人としての感覚のせいか、考えや好みが近くてまるで友人といるような気がしてしまう。
「ようこそ、王太子殿下、王太子妃殿下。こんなあばら家ですが、妻が腕によりをかけてパイを焼いたんです。是非、召し上がってください」
扉を開けたバリー様は、満面の笑みで迎えてくれた。
学院に居た頃のようなピリピリとした雰囲気はなく、緊張しているものの穏やかな表情をしている。
それに、妻! パメラ様のことを妻ですって。
結婚したのだからその通りなんだけど、バリー様が言うとなんか違和感というか……。
でも、中に入ってパメラ様を見たら納得いったわ。赤ちゃんを抱いているパメラ様は、質素なワンピースで飾り気もないけれど、満ち足りた顔をしていた。今もバリー様の顔を見て、わたし達をそっちのけ笑顔を返している。
それからやっとわたし達のほうに向かって。
「ようこそ、王太子殿下、ディアナ様――」
「おいっ、もう――」
「あっ、申し訳ございません、王太子妃殿下。つい昔のように……」
「いえ、気にしないでちょうだい。でも元気そうで良かったわ。それに可愛らしい子ね」
そう、目の前の二人は今は貴族ではない。
だから、わたし達がこうして訪れるのも、本当はあり得ないことだけれど……。
あ、パメラ様って言うのも変よね。彼女がすごく慌ててしまったわ。それでパメラさんで落ち着いた。
「それよりも、お座りください。今、お茶とお菓子をご用意いたしますわ」
「ありがとう。それより、これを……」
そう言って一歩下がり、デイジーが持っていたお祝いの品を渡してもらう。
お祝いの品は子供服になった。子供服はいくらあっても足りないことはないでしょうしね。
「ありがとうございます」
「お祝い(?)については、もう一つあるのだけれど……」
「それは私から――バリー、君には近衛として王太子妃の警護をお願いしたい」
「おっ、俺……いや、私がですか?」
ウィル様がそう言うと、バリー様は驚いて素の口調になり、慌てて言葉遣いを直した。
確かに吃驚するでしょうね。でも、これはウィル様と話し合った結果。元々側近候補だったので腕は確か。それに彼は愛妻家として知られている。
要するに、わたしに手を出すような真似をしない――安全な男性なの。
「いえ、しかし、私は昔、王太子妃殿下に失礼なことを……」
「それについては十分反省したのだろう? それに、あの時のことは、私にも非があるからね。それを君を出世させることで返させて欲しい」
ウィル様はそう言うと、バリー様の肩に手を置いた。
昔の気安い関係に戻ったかのように。
「私はね、キーナン男爵令嬢のことで君たちを試したんだ」
「殿下……」
「でも、人は間違いをするものだ。そのことをディーに言われてね。本当ならあの時、私は君たちに思い留ませなければならなかった。そうしていれば、君たちも彼女のことを引きずることもなかっただろう。彼女とて、現実を見て別の誰かの手を取り、幸せになれたのかもしれない。全て『かもしれない』という前提だが、皆が幸せになり得た未来を、私は君たちを見定めるために潰したんだ」
少し前に、ウィル様はわたしにそう話してくれた。
また、やり直せるのなら、バリー様との関係を修復し、騎士団長は無理だとしても、もう少し待遇を良くしてあげたいと。
そして提案したのが、近衛騎士になり、わたしの護衛という立場にするのはどうかということ。
ウィル様はバリー様に対して確執はないかと問われたので、もう気にしていないと答えた。
本当に、君は優しいどころか、お人好しだね――と、ウィル様に苦笑されたのよね。
「わたしも貴方が護衛をしてくれるのなら心強いわ。それと、近衛騎士になるので、家族で王宮にある使用人たちの方に移ってもらう事になるのだけれど」
「いいんですか? そんな好待遇……」
「バリーには、しばらくディーの護衛を務めて貰い、男爵に叙す予定だ。パメラ嬢は男爵夫人として、その子はできれば私たちの子の遊び相手になってやって欲しい」
ウィル様がそう告げると、パメラさんも驚いて――
「あ、あの……わたくしも、ですか? いえ、この子まで取り立ててくださると仰るんですか?」
パメラさんが信じられない――とばかりに、大きく目を見開いた。
「ええ。あなた達より遅いけど、わたしも今妊娠しているの。産まれるのはまだ先だけれど。できれば、この子の遊び相手になってあげて欲しいわ」
「ディアナ様……」
「愛情深いあなた達の子ですもの。きっとこの子の良い遊び相手、相談相手になってくれると思うわ」
そう言って、わたしは膨らみ始めたお腹をさすった。
その後は、学院に入る前の頃のような気安さに戻って、これまでのことを色々と話し合った。
パメラさんの愛情を利用して還俗したのかと、ちょっと不安だったけれど、意外にもバリー様は自分から学院での出来事を反省し、どうすれば良かったのかというところまで考えたらしい。
それと、パメラさんにしてしまった仕打ちについて反省し、毎日彼女が幸せになれるようにと祈っていたと言う。
そんな日々だったところにパメラさんが現れて、バリー様でなければ嫌だと説得し、還俗することを決めたそう。
物語を読んでいるかのような、ドラマチックな展開だわ。
ほぼ惚気と言える話を、でもとても嬉しい気持ちで聴くことが出来た。
卒業パーティーから三年近く、語ることは多くて思ったよりも時間が経ってしまい、帰る頃には日が暮れてしまっていた。
それでも充実した一日だったわ。
「来て良かったですね」
「そうだね。バリーも落ち着いて穏やかな性格になったし、夫人もとても幸せそうだったよ」
流石にパメラ嬢というのは可笑しいので、ウィル様は途中から夫人と呼ぶようになっていた。
「ええ、とても幸せそうだったわ」
「それも、夫人の尽きない愛情のなせる技だね」
「ええ。そうですわね」
「でもね、ディー。私だって負けないほど君を愛しているからね?」
「分かっていますわ。それに、わたしも――」
わたしは最後まで言わずに、ウィル様の頬に口付けた。
***
夜になり、入浴のためにデイジーと二人きりになった。
彼女と二人きりになる少ない時間。これも夜会や式典などがあると、他の侍女も入って頭の天辺から爪先まで磨き上げられる。
でも今日は休むだけ――
「幸せそうでしたね」
「ええ。本当に良かったわ」
「そうですねぇ。それにしても、攻略対象としてしっかり攻略されてしまったのに、あんな風にもとに戻ることもあるんですねぇ」
デイジーがわたしの髪の毛を洗いながら話しかける。
たしかに学院にいた時は、レイラ様に心酔しているようで、パメラさんのことを邪険に扱っていた。
それなのに、自分で反省して彼女の幸せを祈れるほど、気持ちが変化するなんて――
「もしかしたら、攻略対象を一人に絞らなかったのが原因ですかねぇ」
「そうかもしれないけれど……ゲームは卒業パーティーまで。その後なんてどこにも語られていなかった。後日談として、自分の非に気付き、元に戻る道もあったのかもしれないわね」
「そうかもしれないですねぇ」
そんなことを口にしたれど、これは言うだけ野暮というもの。
だって、人の感情は二択で選べるような簡単なものじゃない。
ここはゲームの世界そのものではないのだから――
最後に入れたかったパメラの話です。
パメラはバリーのことが大好きなので諦められず、想いを貫くことになりました。
なんとなく大団円っぽくできたので、これで完結になる予定です。
(予定は未定なり。時々書きたくなって、継ぎ足すかもしれないです。
カイルとクライヴが中途半端な感じなので。
…そう言うと、ヘンリーなんてほとんど出てきてないか(;'∀'))




