揚げたてのカツをカツ丼に使う贅沢
コールの嵐の夜勤を無事に切り抜けた康成は定時で帰宅しシャワーを浴びると棗に声をかけ「2時に起こして」と布団へと入った。
夜勤前のゲームと夜勤の疲れもあり布団に入った康成はすぐに入眠する。
………………
「康成は寝たかや?」
「あぁ寝たよ。いつもは寝ないで遊びに行ったりするんだけどね。眠くない訳じゃなくて夜寝れなくなるから寝ないって本人は言ってたね」
「夜中に仕事も大変じゃのぉ」
「不規則勤務だからね。土日祝日休みじゃないから工場勤務の友達とあまり休みが被らないから飲みに行けないって嘆いてたね。まぁその分平日に休みがあるから動きやすいってさ。人気店も平日ならすぐに入れるってさ」
「悪いこともあれば良い面もあるのじゃな」
「そうだね。よし、私達も下準備してしまおうか」
「がってんじゃ。まずは何からするかの?」
「そうだねぇ、稲荷さんからはカツの準備をしてもらおうかね」
「棗殿……恥ずかしい話じゃが我は余り料理は得意ではない……大丈夫かのぉ?」
「そういえば稲荷さんは神様だったね……神様は料理する機会なんてないか……」
「すまんのぅ……」
「それじゃあ練習もかねて一緒にするかい?カツはそんなに難しくないから練習にはぴったりだよ」
「本当か!?我も料理を覚えたいのじゃ!でも時間に間に合うかの?」
「なんてことないさ。掃除や洗濯も私と稲荷さんで後からでもすぐに終わるからね」
「わかったのじゃ!頑張るぞい!」
「まずは肉の塊を……そうだね2センチくらいに切ってみようか。まずは私が切ってみるよ」
棗はそういうと馴れた手つきで肉を切る。縦に真っ直ぐ切られた肉は綺麗な断面で生板に並べられた。
「ほら、稲荷さんもやってみな」
「こうかの?あれ?んん?」
銀弧が包丁を肉に入れるが上手く切ることが出来ずなかなか進まない。
「そうだね、稲荷さんは肉に対して包丁を押し付けてるだろ?押すんじゃなくて引いてみな」
「こうかの?おぉ!先程よりもするする包丁が入っていくの!これなら何とかなりそうじゃわい!」
そこからはコツを掴んだ銀弧は次々に肉を切っていく。
その隣で棗は肉の筋を切っていく。
「それは何をしておるのじゃ?」
「このまま揚げても食べられないことも無いけどね。筋がそのままだと縮んでカツが丸くなってしまうんだよ。まぁ見た目の違いくらいだね」
「ほぅ、筋を切るだけで見た目が変わるのか面白いのぅ」
「康成も最初にカツを揚げた時は筋を切らなくてね。食卓に並んだカツはみんな丸くなっていたよ。理由がわからなかったのか首を傾げていたね」
「そうかそうか、康成も最初から上手かったわけではないのじゃな」
「当然さ、子供の頃はラーメン屋とかによくある秘伝のタレを作りたいとか言って家にある調味料を色々混ぜ合わせてとんでもない物を作り出していたよ。意地を張っちゃってさ無理矢理お湯で割って涙目で飲み込んでいたねぇ」
「可愛い時もあったのじゃな」
「まぁ料理に興味を持ってくれたことに対しては感謝してるけどね。生意気にいつの間にか私より上手くなってたからね」
「棗殿の料理も康成に負けず劣らず充分旨いぞ?」
「ありがとさん」
「康成には上手くなったなとか言うのかや?」
「言ったことないねぇ……まぁ、言ったら調子に乗りそうだから言わないけどね」
棗殿も康成も負けず嫌いみたいじゃしな……
「よし!切り終わったぞ!だいぶ不格好じゃがな…まぁ」
銀弧の前には厚さにばらつきはあるが何とかカツの形になった肉が並んでいる。
「初めてにしては上出来だね」
「何とかなりそうかや?」
「これくらいなら全然大丈夫だよ。少し不格好のほうが愛嬌があるってもんだ」
「そうか!良かったわい!次はどうする?」
「後は簡単だよ。小麦粉をつけて卵、パン粉をつければ後は揚げるだけだよ」
「そうか!それならでかしてしまうかの!」
「また私が見本を見せるから同じようにやってごらんよ」
まずは棗が肉に軽く塩を振り、小麦粉、卵、パン粉の順番でつけていく。
棗と同じように銀弧は肉に衣をつけていく。
肉を切るのとは違い比較的簡単な作業のためか特に苦戦することもなく下準備を終える。
「ふぅ……こんなもんかのぉ?」
「お疲れさん、後は揚げるだけだから冷蔵庫に入れておこうかね」
大量にできた揚げる前のカツを棗は冷蔵庫にしまうと今度は大量の野菜と違う種類の肉を取り出す。
「棗殿……まさかそれは……」
「汁物も頼まれてたからね。今度は汁の準備だよ。どうする?慣れないカツを準備して疲れただろ?稲荷さんは少し休むかい?」
確かに疲れてはいるが居候の身の我が休む訳にはいかんじゃろい。
「我は腐っても神じゃよ。棗殿に仕事を残して先に休むことは我の沽券に関わるからの、最後まで付き合うぞ。そしてから2人で休みたいのぉ」
「フフフッ、わかったよ。それじゃあ最後までよろしく頼むよ」
「任せるのじゃ!」
銀弧の元からのセンスかやる気が原因かはわからないが銀弧は一度教わると簡単な作業ではあるが問題なくこなし、徐々に効率も良くなっていく。
途中からは棗は指示を出すだけで、汁のダシをとったり細かい下ごしらえに集中することができた。
カツの下準備から2時間程で全ての準備は終わった。
「ふーー!終わったのじゃーー!」
「予定よりもだいぶ早く終わったね。稲荷さんのおかげだよ」
棗が時刻を確認すると12時を過ぎた。
「後は夜にカツを揚げれば完成だからね。とりあえず時間も時間だからお昼にしようか」
「やったのじゃー!でも棗殿、今日のお昼は軽めに済ませようかの」
「まぁ良いけどどうしたんだい?余り腹は減ってないのかい?」
「いーや、とっくに我のお腹はグーッと良い音がなっておるがの、康成があれだけ楽しみにしておれよと言っておったのじゃ、今満腹になるのはもったいないような気がしてのぉ」
「そうかいそうかい、確かに稲荷さんも今日の夜は楽しみにしていたね。わかったよ、昼は簡単なオカズとお茶漬けにでもしようかね。私も準備が楽で助かるからね」
「お茶漬けか!良いのぉ。昼はそれにして我も棗殿も夜にたらふく食べようなのじゃ!」
「私は別に普通に食べれれば良いのだけどねぇ……」
「何をいっておるのじゃ!店長も言っておったぞ。なっちゃんは昔から体型に似合わず良く食べる上客だってな」
「光雄の奴……まぁ昔の話だよ。30を過ぎた辺りから何事も適量と重くない食事がベストだってわかったからね」
「30過ぎたら適量と重くない食事かや?そんなことを言ったら我はお粥しか食べれなくなるのぉ」
「そういえばそうだったねぇ……稲荷さんは一体何歳になるんだい?」
棗の質問に銀弧は腕を組み、首を捻る。
「うーむぅ……もういつ生まれたのかむわからなくてのぉ……休眠していた時期もあるが500からは数えるを止めたわい」
「最低でも500歳以上かい……全然想像つかないねぇ……だれか有名人でも参拝に来たことはあるのかい?」
「有名人かや?うーむ……そういえばお忍びで猿顔の男が来たことはあるのぉ。キンキラキンの籠に乗った奴じゃったな。あれだけ豪華な籠に乗るということはそれなりの身分の男じゃろうて、名前は忘れたがの」
棗は目を見開き箸と皿を落としそうになる。
「稲荷さん……それって……秀吉……」
「秀吉?そんな名前じゃったかの?忘れたわい」
「はぁ……その話を聞くと稲荷さんが凄い神様だって再認識させられるね」
「昔の話じゃわい、今じゃ自分の社も満足に直せぬ情けない神じゃよ」
「そんなもんなのかね」
「そうじゃよ。民を助け、民に信仰され、民を助け、民に信用されてこその神じゃよ」
「まったく、神様も生きにくくなったねぇ……」
「まったくじゃよ……まぁ今の世でも肉体を得ることができた。今は今で楽しく暮らすことができておる。昔も良かったが今も全然悪くはないのぉ」
「楽しくできているのであれば良かったよ。ほら、できたよ。食べようか」
リビングのテーブルには棗が用意したお茶漬け、漬物、残り物の野菜炒めが置かれる。
「そう、今ではこのような温かい食事を食べることもできる。それだけで今の世を生きる価値があるというもんじゃよ」
2人が昼食を食べているとリビングのテレビからは汚職や脱税のニュースがやっている。
「人とは無い物ねだりな生き物じゃからのぉ。金に地位、足りない物を得て幸せを感じる。難儀な生き物じゃよ。今の幸せを理解できんとはのぉ……」
「何となく神様と人間の違いがわかった気がするよ」
「まぁ、我も社を直す金が必要じゃがの」
「確かに今の世の中は金がないと何とも出来ないからねぇ。金が無いと腹も膨れないしさ」
2人は顔を見合わせると自然と笑みが浮かぶ。
「「はっはっはっは!」」
……………
「うるせーなぁ……今……何時だ?………何だ……まだまだ寝れるじゃねーか……よ…………スースー……」




