職業体験 1
翌朝、私は街へ出て冒険者ギルドに向かおうと、お城の門へ向かって歩いていた。
すると、門が近づくにつれ、その周辺に馬車が何台か置かれているのが視界に入ってくる。
……お城の、身分のある人が何人か、遠出でもするのかな?
それにしては造りに飾りや豪華さがないけど……シンプルなものが好きな人が乗るのかな?
私はそう思いつつ、門へと近づいて行った。
「ああ、来ましたね。おはようございます、シズル・ホウジョウさん」
「あれ、文官さん? おはようございます。……もしかして、お見送りに来て下さったんですか?」
「はい。職業体験、頑張ってきて下さいませ。けれどくれぐれも、張り切り過ぎて無茶はなさいませんように。私と昨日した約束、忘れないで下さいね」
「は、はい。わかっています。大丈夫です」
「その言葉、信じていますよ? ……さぁ、では、シズル・ホウジョウさん、どうぞあちらの馬車へお乗り下さい。冒険者ギルド行きは、あちらの茶色の馬車です」
「えっ? ……あ、はい……わかりました」
……この馬車って、私達が乗る為のものだったのか。
私はてっきり、歩いて行くんだと思ってたよ……。
ああ、でもそういえば、昨日文官さん、最後に『出発は朝8時です』って言ってたっけ。
あれは、8時には街に出発して下さいって事だと思ってたけど……こういう事だったんだね。
「おはようございます。お嬢さん、恐れ入りますがお名前をお教え願いますか?」
「え、はい。シズル・ホウジョウです」
「シズル・ホウジョウさん……はい、わかりました。ありがとうございます。この冒険者ギルドへの馬車には、あと1人乗る方がおりますので、その方がくるまで暫しお待ち下さい」
「あ、はい、わかりました」
茶色の馬車の前へ行くと、丈の短い黒い上着に黒いズボンを着た男性が立っていて、私の名前を確認すると、持っていた紙にペンを走らせた。
あれはたぶん、この馬車に乗る女性の名前が書かれたリストなんだろうな。
横目で男性を見つつ、私は馬車へと乗り込んでいく。
「あ、お嬢さん。馬車の中に青い箱が置いてありますので、お乗りになったらその箱からひとつくじを引いておいて下さい。そのくじは冒険者ギルドに着いたら、受け付けの者にお渡し下さいませ。依頼をひとつ終えるまでは、そのくじに書かれた冒険者がお嬢さんの付き添い兼護衛となりますから」
「! ………………はい、わかりました」
馬車の中へと消えようとした瞬間、思い出したように男性から声をかけられた。
次いで告げられたその内容に顔をひきつらせつつも、返事を返す。
そして今度こそ、私は馬車の中へと入って行った。
馬車の中は、広すぎず狭すぎない、ちょうどいい大きさだった。
左右にある椅子は、2人ずつならゆったりと座れるだろうけど、3人ずつだと肩を寄せ合わせて座る事になるかな、という広さだ。
そんな椅子には、既に女性が一人座っていて、乗ってきた私を見ると、ペコリと頭を下げた。
「おはようございます。貴女とは、初日に、あの右の部屋で顔を合わせて以来ですね。冒険者ギルドで職業体験なんて緊張するけど、お互いに頑張りましょうね!」
「あ……はい、おはようございます。怪我には十分に気をつけつつ、頑張りましょう」
私は女性と挨拶を交わし、その向かいに腰を下ろす。
この女性の言う通り、顔を合わせるのはこの世界に召喚された日以来だ。
あの文官さんが教える、私と同じグループの中にはいない人だった。
「あ、そうそう、くじの箱はこれですよ。はい、どうぞ。いいくじが当たるといいですね」
「あ…………はい」
私が座ったのを確認すると、女性は青い箱を差し出してきた。
それを見て、私は再び顔をひきつらせる。
くじ……またしても、くじ。
何故またくじ。
「あ……その顔は、酷いくじに当たった事があるんですね? 実は私もなの。街の様子を見に行く時に付き添ってくれた人が……"無口騎士"って人だったんですけど、本当に無口で……聞かないと何も説明してくれないし、その説明も、短くて……理解するのに、本当に苦労したんです」
「! そ、そうなんですか……! 大変でしたね!」
くじの被害者、他にもいたんだ!
「ええ。でもね? 今回は良さそうなくじが引けたのよ! ほら見て、"兄貴的冒険者"! きっと優しいお兄さんのような人だと思うの!」
「あ、兄貴的……? そ……そう、だといいですね……?」
"お兄さん的"じゃなく、"兄貴的"ってところにちょっと引っ掛かりを感じるけど……き、気のせいだと思いたい……。
……さて、人の事よりも自分の事だ。
どうか、いいくじが引けますように!
そう願いを込め、私は箱の中に手を入れた。
引いたくじに書かれていたのは。
「……チャラ男冒険者……?」
「えっ。……ああ……残念……」
……もうやだ、くじ怖い。
ちなみに、あとから馬車に乗ってきたもう1人の女性が引いたくじは、"ツンデレ冒険者"だった……。
★ ☆ ★ ☆ ★
「ようこそお嬢さん方、当ギルドへ。歓迎します。私は当ギルドのギルドマスター、ルドマス・ターギンです」
「あっ、は、初めまして! お世話になります!」
「お世話になります。よろしくお願いします」
「依頼、頑張ります。よろしくお願いします」
冒険者ギルドへ到着して馬車を降りると、2メートル程もあろうかと思える程長身の男性が立っていた。
ギルドマスターというと、このギルドで一番偉い人なのだろう。
そんな人が直々に私達をお出迎えしてくれるなんて、なんだか少し恐縮してしまう。
「はい、よろしくお願いします。さあ、中へどうぞ。貴女方の付き添い兼護衛の冒険者達が、受け付け前で首を長くして貴女方の来訪を待っていますから」
「あっ、はい」
ギルドマスターさんに促され、私達はギルドの中へと足を踏み入れた。
ギルドの建物は2階建てで、1階左側に依頼を確認できる依頼ボードと依頼を受ける旨を伝える受け付けがあり、右側に依頼完了を報告して報酬を貰える受け付けがある。
2階は食堂になっていて、食事は勿論のこと、冒険者達が交流や情報交換をする為にも利用しているらしい。
これは以前街に来たとき、ハロさんが説明してくれた内容だ。
どうして騎士であるハロさんが冒険者ギルドの事に詳しいのかと不思議に思ったけれど、よく見ればハロさんは時折小さな紙を見ながら説明していたから、事前にこういった施設の情報は紙にして渡されていたんだと思う。
「さてお嬢さん方。ここが当ギルドの依頼受け付けで、彼らが付き添い兼護衛の冒険者達です。まずは貴女方の名前と、引いたくじに書かれていた言葉を教えて貰いましょうか」
「あっ、はい。えっと……シズル・ホウジョウです。くじには、"チャラ男冒険者"と書かれていました」
私は横目でちらりと冒険者さん達のほうを見ながらそう告げた。
冒険者さん達は6人いて、横一列に並んで立っている。
なんとなくチャラ男っぽいなと思える外見の人は2人いて、どちらがそうなのかわからない。
「そうですか。では」
「やった! じゃあ俺今回わりと楽な依頼じゃん! ありがと、シズル・ホウジョウちゃん! 君結構可愛いし、ラッキーだね、俺! よろしくね!」
口を開いたギルドマスターさんの言葉を遮ってそう明るい声を上げると、左から2番目に立っていた男性はツカツカと私に歩み寄り、ギュッと私の手を握った。
「ねぇ、結婚相手の候補ってもう考えてる? 俺なんかどう? こう見えても俺Aランク冒険者だから、頼りになるよ? オススメだよ? ね、考えてみない?」
「え、えぇっ!? あ、あああの……!?」
「こら、やめないかっ! お嬢さんが困っているだろう! 全くお前は……! いいか、依頼中にもし無理矢理お嬢さんに迫ったら、即、お前のランクを最低ランクまで落とした上、しばらくの間無償で危険な依頼をこなして貰うからな! よ~~~く肝に命じておけ、わかったな!!」
「いって~~!! も~、わかってるよマスター! 大丈夫だって! 同意を貰えないうちは、何もしないよ! 口で口説くだけにするって!」
にこにこと笑って口説いてくるチャラ男さんに私が困っていると、ギルドマスターさんがその頭に拳骨を落として引き離してくれた。
けど……うん、ギルドマスターさんの脅し、あんまり効いてないよね、これ?
私、口で口説くのも、やめて欲しいです……。




