異世界講座 3
あれから私達は1週間毎日街へ出て、色々な場所を見て回った。
ハロさんは冷たい言葉を紡ぐ事は結構あったけれど、それ以外ではとてもいい付き添いだったと言える。
最終日に、素直な気持ちで『お世話になりました』と告げれば、ハロさんは一言、『幸せだと思える人生を生きて下さいね』と言って、去って行った。
その時の穏やかな笑顔は、心からのものだったと信じたい。
「さて、今日からはまた文官さんに習うのかな? 今度は何を教わるんだろう」
私はそう一人ごちて、会議室へと向かった。
★ ☆ ★ ☆ ★
「おはようございます皆さん。お一人を除いては、1週間ぶりですね。街はどうでしたか? 楽しめたなら良いのですが。……さて、皆さんがこの世界へいらしてから、それなりの日数が経ちました。そろそろ、皆さんの体と精神がこちらに馴染み、スキルという能力を得ていると推測されます。今日はまず、それを確認しましょう」
文官さんは1週間前までと変わらぬ様子で皆の前に立ち、挨拶をして、言葉を紡いだ。
「はい、文官さん、質問。"スキルという能力を得ている"って、どういう事? そこから教えて欲しいわ」
すっ、と手を上げ、一人の女性が文官さんに問いかけた。
周囲の女性達もそれに同意するように頷いて、返答を求める視線を文官さんに送る。
「はい、よく聞いて下さいました。勿論、そこからお話しますよ。……この世界の人々は全員、スキルと呼ばれる能力をひとつだけ持って生まれてきます。それは人によって違い、本当に様々な能力があるのですが……この世界に召喚された存在である女性達にも、日々を過ごすうちにいつの間にかスキルを持っている事が、過去に既に判明しているのです。学者達はそれを、"女性達がこの世界に馴染んだ為に起こる事象"だとしています。ですから、貴女方もそろそろスキルを得ていると考えられます。なので、確認をしてみましょう。皆さん、まず一言、ステータス、と口に出してみて下さい」
「あ、は、はい。す、ステータス」
先ほど質問をした女性が口に出して言うと、女性の目の前に長方形をした白い光の板が現れる。
「それは、貴女の名前や年齢、能力などを記したステータスと呼ばれるものです。この世界にいらした初日、陛下方の前で、四角い床に乗って光に包まれた後現れた文字があったでしょう? あれと同じものです。さあ、他の皆さんも、ステータスと口に出して表示させて下さい」
「あっ、はい! ステータス!」
「ステータス!」
文官さんに促され、女性達が次々と口にし、ステータスを表示させる。
私もそれに倣い、ステータスを表示した。
「はい、皆さん表示しましたね。では、ステータスの下のほうを見てみて下さい。初日にはなかった"スキル"という文字が追加されてはいませんか?」
「あ……! はい、あります!」
「わ、私も……! あります!」
続けられた文官さんの言葉に、女性達が全員自分のステータスに書かれた文字を目で追い、視線を下へと移していく。
そして次々に、発見の声を上げた。
私のステータスにもそれは無事追加されていて、『私もあります』と声を出す。
「はい、わかりました。どうやら皆さん無事にスキルを得られたようですね。おめでとうございます。では、今から私が皆さんのスキルの内容を確認致しますから、しばらくそのままお待ち下さい。この後からは、皆さんのスキルを磨く事になりますから、また個別にそのスキルにあった人物が付き添います。なのでまた、くじを引いて戴きますよ」
そう言うと、文官さんは端にいる女性からスキルの内容を確認し始めた。
……また、個別になるのかぁ。
そして……また、くじかぁ。
今度は優しい、いい人が当たるといいなぁ。
ハロさんは、決して酷い人では、なかったけど……決して、いい人でも、なかったからね……。
この1週間を改めて振り返り、私は遠い目をした。
「お待たせ致しました、シズル・ホウジョウさん。貴女のスキルを確認させて戴けますか?」
「あっ、はい! どうぞ!」
気がつくと文官さんが隣に来ていて、私は慌てて返事をした。
そして二人で私のステータスの、スキルが記された箇所へ目を向ける。
「シズル・ホウジョウさんのスキルは……ストックストーン……?」
「はい……」
「これは、聞いた事のないスキルですね……ええと、内容は……」
文官さんは顎に手を当て、興味深そうにスキルの説明が書かれたところに視線を走らせた。
私も説明箇所へと視線を動かす。
スキル:ストックストーン
あらゆる魔法を石にし保存できる。保存した魔法は好きな時に使用できる。
「ふむ……なるほど。魔法を保存できるとは、便利ですね。では貴女の付き添いには魔術師の方がいいですね。シズル・ホウジョウさん、あちらにある、黒い箱のくじを引いて下さい」
「あ、はい。わかりました」
私は席を立つと部屋の隅に置かれた机の前に移動し、そこにある黒い箱に手を入れ、くじを引いた。
そのくじに書かれていたのは。
「……俺様魔術師……?」
……いや、だから、何これ。
★ ☆ ★ ☆ ★
「お前がシズル・ホウジョウか。いいか、この俺がスキルの上達に手を貸すからには、完璧に使いこなせるようになって貰うからな。さ、それじゃ早速始めるぞ! お前に向かって魔法を放つから、保存しろよ」
「え? え……っ、ちょ、ちょっと待って下さい!? あの、まず貴方の自己紹介とか、保存のやり方の説明とか、して貰えませんか!?」
室内で魔法を使うのは危険という事で、私は外に出て、騎士さんや魔術師さんが訓練に利用するという何もない広い場所にやって来た。
ぽつんと一人で待っていた所にこの人が来て、口を開いたと思ったら告げられたのはあの言葉だった。
次いで私から距離を取り始めたその人に、私は慌てて声をかけた。
「あん? 自己紹介? 何でこの俺が、お前に名前を教えてやらなきゃならないんだ?」
「えっ? で、でも、名前がわからないと何て呼んでいいのかわかりませんし……」
「何でも好きに呼べばいいだろ。で、やり方の説明だったか? 放たれた魔法に向かって手を翳して、保存って唱えればできるだろ、たぶん」
「へっ? た、たぶん!?」
「ああ、たぶん。ま、大丈夫だ、もし失敗して魔法をくらっても、この俺が特別に治癒魔法を使ってやる。だから安心してチャレンジしろ。なっ!」
「えっ? ま、魔法を、くらっ……!?」
「さ、じゃあ始めるぞ! ちゃんと保存しろよ!」
「えっ、いや、ちょ、ちょっと待っ……!」
「火炎!」
「や、やだ、待っ……! い、いやぁぁぁぁぁ!! ストック! ストック! ストックゥゥゥ!」
私の制止を聞かずに放たれ、無慈悲にも私に迫る炎の魔法に、私は半ば泣き叫びながら手を翳してスキルを唱えた。
すると炎は消え、カツンという音をたて、地面に赤い色をした楕円形の石が転がった。
「お、できたじゃねえか! ほら、持ってみろよ」
魔術師の男性はそう言って、地面に落ちた石を拾い、私に差し出す。
石を受け取ると、それはほんのり熱をもっていた。
「あったかい……って、あれ? 石の中に、何か文字が浮かんでる……? ……火炎・小?」
「ああ。今唱えたのは、炎の初期魔法だからな。だから"小"なんだろ。さっ、それじゃ次はその石を使ってみろ。石を持ったまま、"火炎・小、発動"とでも言えば使えるだろ、たぶん」
「え」
ま、また、"たぶん"……?
うぅ、でも、さっきはこの人の言う通りにしたら、保存できたんだし……大人しく従おう……。
「か、火炎・小、発動!」
石を持った腕をまっすぐ前に伸ばし、言われた通りの言葉を紡ぐと、石は再び炎に姿を変え、飛んでいった。
「で、できた……?」
「ああ、成功だな。よくやった! てわけで火消しだ。水弾、っと!」
私が呆然と呟くと、男性は私を誉めた後、すぐにサッカーボールほどの大きさの水の球を作ると、それを炎に向かって勢いよく放り投げた。
少し離れた場所で両者はぶつかり、水蒸気となって消えた。
「さぁて、じゃ、続けるぞ! 保存して使うの繰り返しだ! いいな!」
「あっ、は、はい! わかりました!」
そうして、私のスキルの訓練は続いた。
……でも正直、保存できるってわかってても、魔法が自分に向かって迫ってくるのは、怖いよぅ。