最終準備
それからの日々は、再び小魔動宮へ通い、自分は勿論、ヨツハやヒョウキのレベル上げに努める事にした。
けれど、護衛役にはヒョウキがいるとはいえ、付き添いもなく一人で行くのは不安だったから、冒険者ギルドに顔を出して、小魔動宮へ行く駆け出し冒険者さんのパーティーに混ぜて貰った。
ギルドマスターさんは、そのパーティーの人達が暴走して私を襲う事がないようにと、脅しに脅していた。
その人達は小魔動宮に向かう馬車の中で、ずっと顔を真っ青にして震えていて、なんだか申し訳なく思ってしまった。
『少しでもレベル上げをしておきたいから同行させて下さい』と、そう私がお願いしたばっかりに、こうまで怯えるような事をギルドマスターさんからされてしまったのだから。
せめてものお詫びに、ヨツハに変えて貰う宝箱の中身は、この人達が欲しいアイテムにしよう。
まあ、実際にそのアイテムが手に入るかどうかは、運次第ではあるんだけれど……ね。
★ ☆ ★ ☆ ★
そして、旅立つ日の、前日。
私は朝から、自分の自室がある建物の、厨房にいた。
理由は勿論、料理を作る為である。
昨日の小魔動宮での探索で、私は"マジカルバッグ・改"という物を宝箱から見つけ、パーティーの人達がそれを『君にあげる』と言ってくれたので、ありがたく受け取ったのだ。
この"マジカルバッグ・改"は、以前手に入れた"マジカルバッグ"より収納できる数が200個増えた、最大700個のアイテムが入る物な上、劣化防止機能が追加されている優れものらしい。
なら、鞄は、ひとつあればいい。
私は休憩の為に安全地帯へ行く事になると、そこで荷物を全てマジカルバッグからマジカルバッグ・改へと移すと、マジカルバッグのほうを、パーティーの人達に進呈した。
するとパーティーの人達は、マジカルバッグ・改と比べると入る容量も少ない上に便利な機能もついていないそれを、とても喜んで受け取ってくれた。
謙虚な、いい人達だった。
旅立つ前の最終日は体を休めて旅生活に備える事にしていたから昨日で別れたけれど、彼らはこの地を拠点にしているわけではないらしいから、どこかでまた会えたらいいなと思う。
「よし、っと……これくらいかな?」
ふぅ、とひとつ息を吐くと、私は目の前に置かれた灰色の石でできた長方形の長机の上をざっと見回した。
そこにはサンドイッチを始め、バケットサンドにハンバーガー、パイやマフィン、クッキーなどがずらりと並んでいる。
中でも一番数が多いのは、おにぎりである。
劣化防止機能がついている鞄を手に入れた事で、私はこれから始まる旅生活の為に、料理をたくさん作って鞄に詰めておく事にしたのだ。
そうすればもし野宿になっても、食事に困る事はないだろうから。
でも、おにぎりだけは、大事に食べたいと思う。
厨房にいた料理人に聞いたところ、ここは王都だからお米も手に入るけれど、場所によっては市場に出回っていないらしい。
白いご飯が食べられないかもしれない。
それは日本人の私としては、由々しき問題だった。
旅をしながら探す定住地には、お米が手に入る場所、という条件が私の中で追加された。
「さて……このくらいにして、あとは部屋でのんびり過ごそう。皆さん、厨房を貸して下さって、ありがとうございました」
「どういたしまして。こちらも、珍しい料理とその作り方を見られて楽しかったよ。旅立ちは、明日だったよな? 元気でな、お嬢さん」
作った料理を全てマジカルバッグ・改に入れると、私が料理をしている間ずっと後ろで眺めていた料理人の人達にお礼を言い、私は部屋へと戻って行った。
明日はいよいよ、旅立ちの日。
準備はバッチリ済んだし、あとは体調をしっかり整えておくだけだ。
これからどんな場所を旅して、どんな人達と出会うのかな?
定住地として決まるのは、一体どんな所になるんだろう?
少し不安でもあり、楽しみでもあるこれからの日々へと思いを馳せながら、この部屋で過ごす最後の日は、静かに過ぎていった。




