世界は人知れず危機に瀕する ※挿絵追加
異とは現在表記出来ないので、そのままで色々視点です。三人称視点ともいう。
11/6 挿絵追加しています!よろしければ御覧ください~!
「欺瞞に……愛を混ぜた少女が世界を呪う様に。傲慢に……愛を視た少女が世界を拒絶する度に。その声が、私の覚醒を促している」
悪食なる獣が暴れる丘の上に、エリーシア達は一人の男の声を聞いた。嵐の如く暴食に食われまいと必死の抵抗を見せる騒音の中に、その声は夏に揺れる鈴の音が如く木霊する。
暴食が腕を止めて、頬を拭った。化け猫が一度、空へ鳴く。
「開いた眼が……閉じぬ様に。生ずる熱は……消えはしない。故に私が、目を開ける」
エリーシアが空を見た。煌く星が――――否、黒く輝く星が落ちてくる。その星が熱を以て砕ける前に、エリーシアの眼前に黒曜の髪が広がった。
「この、声は……!―――憤怒!」
リベカである。彼女は胸の震えと共に、その星の正体を見破った。肌で伝わる怨嗟の温もりを覚えていた。その心を絡めとった冷たく穏やかな瞳を覚えていた。だからこそ、愚者である魔女の胸は震えている。
「七つの大罪が一人、……我こそが憤怒のサタン」
穢れの猛風と共に、その男は枯花の丘に降り立った。長いローブがはためこうとも、その顔を見る者は無く。エリーシアを前にしようとも、その男は顔色一つ変えた気配を見せない。
「何しにきたの?コレは僕の食事なんだけど?」
「わかっている。故に、来た」
「え!?えー!?ってことは、ってことでしょ!?嬉しいけど、嬉しいけどぉ!ご褒美は僕だけが貰いたかったぁ!」
「私に褒美は必要ない。……さあ、暴食。食事を続けよう」
憤怒と名乗る男が、暴食を撫でつけた。嬉しそうに喉を鳴らした刹那、その化け猫は涎の垂れる大きな牙を見せつける。
エリーシアは拳を握り締める。早くなる胸を、殴ってしまいたかった。
「泉……祝福を殺したのね……―――っ!目覚めた大罪は四人、つまり」
「世界の均衡が崩れ始めた。ヤバイよエリーシア。……あの子、世界を壊すつもりだ」
リベカの言葉の意味。その意味が、脳に染みわたり意識に渡る前。丘に立つ者全てが、ある間隔を共有した。
それは、王都を取り囲んだ邪悪なる気配。赤、青、橙――そして、灰の香り。それは、炎。目の前に立つ男。王都を囲む、業火!
「巫女!巫!お前達は聖堂へ走れッ!!早くッ!!」
誰よりも早いシリウスの声。突き動かされた二人は、走り去る道の途中で理解が及ぶだろう。シリウスが叫んだ言葉の意味を、彼らがなさなければ成らない行いを。
「……っ、暴食!憤怒!泉を止めて!王都を崩せばいずれ、人間界にも影響が及ぶわ!!泉の世界も壊れてしまう!」
「……――――陛下は、それを望んでいる」
「望んでなんかいない!わたしは、」
「我らに声を掛けられたのは、あの方」
「そう。僕らを起こしたのは、人形の陛下。―――へへ、だから僕らは僕らの陛下の御願いを聞くんだよ」
エリーシアは、目の前に立つ二人の大罪の言葉に絶句した。彼らは言う。彼らにとっての王とは、エリーシアでは無く泉なのだと。泉が望むから、叶えるのだと。
泉とエリーシアは、同じ魂を共有する別人なのだとエリーシア自身がそう思っていた。記憶が無いのならばそれは己では無いと、胡坐を掻いていたのだ。浮上することの無い泉の水底で、永遠に瞳を閉じているものだと思っていたから。悲しい記憶はわたしだけの両腕に抱いて、ずっと眠っていようと諦めていたから。
それなのに。
急にわたしの腕を掴む者が、いたんだもの。
抵抗する力も無いわたしを、引き上げる男がいたんだもの。恐ろしい力で、恐ろしい速さで。わたしを捉えた瞳は、わたしを離さなかった。
水上に出たわたしには、私を見つめる他になかった。沈めていた欲望が、溢れて溢れて零れてこの身体を濡らしたから。止められない。止まらない。
「上山泉は……わたしだわ……」
ぽつりと落とした言葉に、リベカが振り向いた。猫は大きな口を三日月の様に歪めて――――。
笑った。
「リアラ!エリーシアのこと頼んだ!」
「――っ!リベカ、何をするつもりなの!?」
突然、リベカに突き飛ばされた私をリアラが受け止めた。リアラの息の音を聞きながら、わたしが先に言葉を出してしまう。目の前に落ちてきた化け猫の尾に足を掛けたリベカは、真っ直ぐに憤怒を見据えていた。
「わかってんでしょ。……憤怒は、あたしが鎮める。一度はあたしがあの男の手を取ったんだから!次こそは、自分の手で終わらせる!」
駆け出す魔女を追う身体は緑の侍女に阻まれ行けない。伸ばした手を遥か遠くへ遠くへと魔女は駆けていく。振り向きざまに広がる黒の髪先に覗く瞳が――迸る力を漲らせて微笑んだ。
「あたしは愛を知った!あたしは愛を視た!――だからあたしが、あんたを眠らせてやる!!」
波打つ尾を台にして大きく空へ飛翔するリベカは、丘に染み湧く負を穢れの剣として空中に無数に生み出した。落ち行く中に狙いを定める為、猫の尾に負けない禍々しき蛇の頭に乗り突撃するかの如く大罪に向かう。
「援護するしかないっ……アルピ、……っ!やっぱり、わたしが」
弓を放てるアルピリを探す――しかし、暴食が現れてから対処をする内にアルピリは彼方に囚われてしまった。アスティンは戦えない、リアラには鏡子を守らせている。鏡子は力を消耗しすぎている。人間の身体に負荷を与え過ぎてはいけない。それならば、やはりわたしが出るしか無い。
「俺が出よう」
「……陛下」
身体が硬直した。呪いを解いたのは、驚きを混ぜたアスティンの声。引き攣る頬を隠せずに、わたしはその声の――シリウスを見た。
「円卓をこの様に堕したお前が大罪に太刀打ち出来るものか‼」
「……で、あれば愚者であるお前に大罪が対処出来るのか」
シリウスは倒れた円卓を一瞥すると、静かにそう述べた。鈍い痛みが脳天を突き抜けるように、わたしは目を見張るしか出来ない。悔しい、悔しい!何もかも、お前のせいなのに!
溜息。……溜息?
シリウスは、溜息を吐くと剣を抜いてわたしに背を向けた。そしてわたしの返答を待たずに、駆けていく。此方を一度も振り返らずに……残されたわたしには、肩に触れるアスティンの温度しか感じられず。耳に木霊するあの男の落胆の音しか、木霊しない。
「響け、響け―――福音よ!!清浄なる内側、穢れを突き破る制裁の雨!!」
穢れが満ちる空間は、リベカにとって無限の魔力の貯蔵庫と同義である。狂気に焼かれ憎悪の炎に導かれて生まれた魔女にとって、この浸みは故郷の空気を吸う懐かしさが伴う。鳥が生まれた地の空へ還る様に、蝶が再び生まれた緑へ還る様に。
しかし、一点だけ魔女は変質していた。
負素の中にある一筋の光。汚物に紛れた宝石。それは、ユースティティアが灯した愛の焔だった。
聖と邪は相反する定め。されど、愛によって落ちた彼女が愛を胸に灯すことに何の矛盾も無い。
愛とは欺瞞なものであると断じた少女は、泣きたくなるような真実の愛を知った。
愛とは傲慢なものであると断じた少女は、柔らかく包み込む愛を知った。
――――故に、少女の愛は二層となった。相反するものを受け入れるものとした。融和させることなく、どちらも"ある"と知ったから。
「うううううううううう!!憤怒憤怒!こいつ、なんなの!切り裂けない!掴めないんだけど!」
暴食が撒き散らす負の霧に紛れて生まれた鎖に、首を蒔きつけられた。負から生じた者に負は害を与えない。だから暴食は右手を振り上げたのだ――――が、違和感。喉に、違和感。じわじわと侵していくように、広がる、これは。
浄化の。
「憤怒――――っ、ああああああああああああ!!」
憤怒が浄化の飛沫に触れないように、暴食は己の身体を捻り振った。リベカも飛び上り、憤怒も飛び上る。地上に近いリベカとは違って、憤怒は暴食の頭上に居た。狙いは定まった。一度は触れた少女だ。勝手は誰よりも承知している。その心の弱い所を、突いてあげよう。
「―――⁉」
不意に耳元に感じた、誰かの息遣い。振り向き描き殴られた風景に残る――紅の瞳が。
「うっ……!」
肩口に深く刺しこまれた紅蓮の剣が、硝煙を上げる。穢れに反応して、騎士であった王の剣は脈打った。このまま止めを――そう思った時、聖堂付近に強い殺意を感じたシリウスの瞳は憤怒を退けた。
拡大される聖域。そこに微かに見えた、穢れの渦。彼方には確か、――巫女と巫がいる!
シリウスは憤怒を剣ごと引き寄せた。痛みに顔を歪めた男の腹を踏み台にして、高く高く飛び上る。追尾するのは赤く黒い穢れた血。シリウスは一度だけ、深刻な表情を刻む愚者の少女を見て……聖堂へと、再び目を向けた。
リベカは地上にて憤怒の姿を探した。砂塵が想像よりも酷く、視界が悪すぎる。咳と共に息を吐けば、より深く己の影を染める色が現れた。
「憤怒……!捉えた!」
その声に、憤怒は真下を見た。小さく「暴食」と名を呼ぶと、小さな鳴き声を挙げて身を固めていた猫が耳を震わせた。
「暴食、聞こえるだろう」
落ちる。魔女の釜が、ぐつぐつと熱を煮えたぎらせて待っている。
「陛下が、泣いておられる」
「――‼」
地響き。暴食が大きく、鳴いた。
傷付いた巨体を起き上がらせる。揺れる。痛みに嘆く尾が地面を忌々しいと叩く。揺れる。
案の定、魔女は体勢を保てずに地に手を付けた。横切る尾を空にて掴み、憤怒は再び上空へ高く舞う。
「くそっ……!!グリームニル卿!いるんでしょ!?手伝ってよ!!」
返答はない。いや、例えあったとしてもこの渦中で届くはずがなかった。愚かな、あたし。先を急いだって良い事なんて無いんだ。追って追って、追い詰めて!!
その上で、笑えばいい!!
身を引き締めて、息を止めた――その刹那。魔女の視界に銀色の蝶が舞った。蝶は舞うと、一匹、二匹と鱗粉より増えていく。全てが蝶になるわけではない。蝶と成らずに滴る粉は、雨のように銀色の溜まりを作り発光する。
それは正に幻想のようだった。
「……視界を開けます。今の僕には、これしか出来ない」
「……十分!!お願い、グリームニル卿!!」
「――はい」
水辺を模した水銀の取り取りが、蝶が、一斉に飛び上った。それらは穢れの砂塵に触れると一気に霧散し、蒸発してその場を明けていく。見える、――見える!次々に開けていく道、銀色の蝶が魔女を大罪へ導いていく。
ひらりと肩に乗った一匹の蝶が、気づいてほしいと羽根を震わせた。駆けていく最中、リベカが指に蝶を乗せるとそれは瞬きの内に銀製のナイフへと変わる。
銀のナイフ、これが意味することは―――。
魔女は微笑んで、一気に腕を振り上げた。そしてそのまま飛びついた巨体へ真っ直ぐと、剣を振り下ろしたのだ。
最近は凋叶棕の曲をガンガン流しながら書いています。「鳥よ」を生で聞けた人類がいるらしい。なんという幸運なんだ……。読者の皆さんもよかったら聞いてみてネ。鳥よ、鳥よ、何故に今になって……。




