異 唸れ!猛者共のバレーボール
ハイキュー回です。嘘ですちゃんと本編です!
「ひえ……」
瞳の傍を掠めた剛速球の人の数多程の球。それは誰一人の反応を許すことなく床に叩きつけられた。摩擦による熱でも生みそうな程回転し、止まった。
「……ふ、ノーバウンド。安倍家の者ならば当然です」
「嘘でしょ……!?」
「―――⁉!?!?あの転校生すげええええええ!?」
どっ、とお湯でも沸かしたかのような熱気が体育館を包む。相対する私は唖然とするほかないのに、観客たちはプレイヤーを置き去りに興奮に身を委ねた。
いや、いやいやいや!
なんで高校生の体育の時間のバレーボールでこんな球が出るんだ!超次元なテニスとかサッカーとかしてるわけじゃないんだよ!いたって普通のバレーボール!隣でバスケをやってる男子だって普通のバスケしてるもん!鏡子ちゃんを応援してるけど!男子達は!
「……ふふ、ふふふふふふ」
右後ろで―――不敵な笑みが、咲いた。
冷や汗と共に後ろを見ると……実花が肩を揺らしながら笑っているではないか。これは、これはー……嫌な、予感。
ピッ、と審判の笛が鳴る。鏡子ちゃん達の方にサーブ権が移り、笑う実花を余所に私は腰を低く落とした。幸いにもサーブするのは鏡子ちゃんでは無いし、あの子はどちらかというとバリバリ運動マンではないから余程のミスがない限り繋ぐことは出来る。
ボールが飛ぶ。アーチの様な軌道を描きながら、緩やかに落ちてくるこのボールは……。
「チャンスボール!」
私が叫ぶと、左後ろで構えていた女子がボールを拾う。セッターの位置を任されている私は、視界を通り抜けた栗色目掛けて――ボールを放った。
軽快なゴムが擦り切れる音と、豪快なボールゴムが弾けた音。近くから聞こえる空気を切る息の音に皆が、視線を奪われる。
「……の、ノーバウンド……!?あっ、一点!加点して!サーブ権移動!!」
「お、おいおいおいバスケしてる暇ねぇよ女子やべぇえから‼‼!あっち行こうぜ!!」
「ふふん、あたしだってこのくらい出来るもん!」
実花が胸を張ると、私を覗くチーム全員が歓喜の声を上げた。勝ちが見える試合の行方に、喜びが隠せないのだ。同じレベルで張り合われた鏡子ちゃんは、すまし顔で汗を拭った。
「初めて面白い試合が出来そうで、鏡子、とても嬉しく思います」
「光栄だなぁ~!じゃあ、張り切っちゃうね!」
実花のその声が、皆に試合開始の合図をもたらしてしまう。
私一人リズムが遅れて、急いでネット側へ後退した。こちら側のサーブが鋭角に入った瞬間に、実花の笑顔が汗とキラキラとマッチングして昇華した瞬間に……、
「明日は筋肉痛……ですね」
死を、覚悟したのだ。
――――なんて口から血を一筋垂らした様な雰囲気を演出してみたが現実は私を待ってくれない!
次なる実花のサーブに、流石の相手チームの一人が凄まじい靴の音とローリングを披露し真上に打ち上げた。相手チームのセッターにボールは渡っていない!同じく後衛の一人がアタッカーに繋ぐために再び真上に打ち上げる。言わば甘いアタックの合図、否!体育レベルのバレーボールならばレシーブで返って来ても可笑しくはない!!だからみな、無意識に一歩前に進み出る。私はボールを追う人間を探した。彼女か、あの子か……やっぱり、鏡子ちゃん!
前衛の彼女がその位置でアタック!?やめてやめて諦めてとりあえずの繋ぎをこちらに渡せばいいのに!頑固な鏡子ちゃん!チッ……、これは油断を禁じえないぞ!
「来るよ来るよ注意注意!!」
私の声の張り上げに数名が、後ろに下がる。幸いバレー経験者は間合いを読めるようで、鏡子ちゃんが狙って来るだろう位置に身体の軸をずらしている。
鏡子ちゃんが身体を回しながら飛び上る。うっっそでしょどこの少年漫画だ!と思わずツッコミを入れたくなるような身体能力に、もはや観客の歓声は消え失せた。
レーザービーム!もしかしてテニス漫画なの!?と涙目で訴えても許される!
「ナイスカット!――実花ぁ!」
嗚呼、嗚呼、痛いよ痛いよね今の音!
鏡子ちゃんの殺人アタックを見事防いだ女子の手首から、筋が切れたような音がした。どうやら手をひらひら降って「いったー」と顔を顰めているだけなので大丈夫だと信じているが、そう!信じているからこそ、彼女の繋いだボールを必ず実花にとどけてみせる!
はぁ!?なんで実花さんもう飛び上ってらっしゃるの!?
実花へ視線を移すと既に空の中に居た。結ばれた髪がつるりんと宙を漂い、獲物を追う目が私を見ている。わかってる、そっちへ行くよ!と目を漲らせると、私は指の力を抜いたまま腕を伸ばした。
ふわりとアーチを描いて実花へ繋ぐ球。――負けられないと、実花の呼吸が告げる。
げ、と落ちていく最中に目を細めた私。仕方あるまい!実花の手に吸い込まれるようにして行ってしまった幼気なボールちゃんは、その形を変える程の打撃を受けたのだから!
ロケットが打ち放たれる様に、ぼしゅんっと発射した弾は実花が覇気を出したかの如く威圧を放つ。誰もが――……と言いますか、私がこれは取れないな、と思い込み着地後に汗を拭うと、スタッカートの様な歓声が耳を刺した。
「何何何!?」
驚きに皆の視線の先を探ると、相手側の空中にボールが見えた。サーブか!?と得点版に目を寄越せば、私のチームに加点が……いや違う!さっきのアタックで得点が入っていれば此方がサーブしているはず!じゃあ、じゃあ、―――さっきの殺人アタックをカットしたっていうこと……!?
「下がって泉!!鏡子ちゃんが‼」
実花の鬼気迫る声に、私は咄嗟に構えた。顔を上げた時、目に入る光景は―――、
私を見て、空中にてボールを打つ鏡子ちゃんの姿。
人間の本能というものが、目の前の球の速度を殺しながら私に告げる。狙うのは鏡子ちゃんで、狙われたのは泉だと。私以外が速度を奪われた世界の中で、―――いや、私も、動けない。
「泉―――――――ッ!‼!」
「ナイス泉!繋げ繋げ!」
何が……ナイスだよ……。
「サーブ権移動!移動!って、大丈夫!?保険委員来て!ちょっとタイム!」
目の前に広がる体育館の天井に、ボールが挟まっているのが見える。あ、バドミントンの羽根も……ある……や……。
「死ぬわ……これ」
そうして私は、湊によって保健室へと連れていかれた。湊が言うことには、私を連れ出した後もあの化け物達は楽し気に打ち合っているらしい。
今も尚、私の鼓膜にはボールのゴムの弾ける音がこびり付いている。
「顔面でレシーブとか……大丈夫か?」
「痛すぎる……大丈夫とかそんなもんじゃない……私の顔面崩れてる絶対崩れてるもぉ……」
案の定鼻血を噴き出した私は、ティッシュを詰めて氷を当てていた。顔面がヒリヒリする。火が点いてる気分だ。
保健室の先生が珍しく居ないので、湊が授業に戻らずに面倒を見てくれるようだ。冷やしたタオルを首にあてがって、保健室の備品を見て回っている。
「うっ……」
「ん?」
「いや、血が止まんない。久しぶりの鼻血だから、元気に出血してるみたい」
新たなティッシュに手を伸ばすと、引き抜いた瞬間に落ちてしまった。拾おうと腰を曲げる私を手で止めた湊は、しゃがみ込んで私を見上げる。
「……」
数秒の瞬き知らずの間。
微笑んだのは、湊だった。
「ほらよ、お姫様」
「……鼻血のお姫様かあ、真っ赤に染まってて猟奇的じゃんか」
膝に乗せられたティッシュに、血が垂れる。止まらない、と眉を顰める上を向くと次に湊の顔が上にあった。
「喉に垂れると不味いぞー、血はなぁ」
と、強制的に顔が元の位置に戻る。
むぅー、と眉間の間に氷を当てながら、私はふと、唐突に、何の脈絡も無く、聞いてみた。
「湊」
「なんだよ。止まるまで出ていかねぇーから」
すとん、と胸に落ちた言葉。
ぽつりと波紋を出して広がって、暖かい温度がこの胸に広がる。とても、暖かい。熱いと感じられた身体は、この暖かさを求めていた。
ただ、大学どこ受けるの?って聞こうとしただけなんだよ。
ただ――――それだけ…………。
「あははは……!」
お腹を押さえて笑うと、湊が新しい氷袋を私の顔面に押し付ける。
「つべだッ!!」
「試合が終わったら実花達が来る。それまでに止めとけよ」
笑顔と共に、湊が窓を開ける。冷房の冷たさと、風が運ぶ冷気が混ざり合って少し気持ち悪い。だけど……。
風に揺れる湊の髪と、遠くを見るその目が――――。
私は、好き……なんだ、と、思う。
「……っ~~~暑い!」
ぐっ、と湧き上がる熱に顎を上げると、にゅるりと血が喉へ侵攻した!嗚咽に顔を顰める刹那、廊下の奥でゴジラの様な足音が聞こえてくる。
「来たか‼」
湊が急いで私の前にやって来た。私は何事かと血を呑み込む。
外れるかと思うくらいに勢いよく開け放たれた奥に、実花と鏡子ちゃんは立っていた。
「ひえ……」
猪突猛進、とはこのことを言うのだろう。
真っ直ぐに私へ向かう実花を湊は食い止め、鏡子ちゃんは胸を撫で下ろしている。
バリケード湊から必死に手を伸ばす実花を余所に、頭を下げ続ける鏡子ちゃんに比例して私は首を振り続けていた。
さあ、着替えて帰る準備でもしよう。
アスティン先生に挨拶して、四人で帰る。それが私達の日常、なのだから。
湊もバスケで大活躍してたのに、ゴール決めて振り返ったらギャラリー達全て女子バレーを見ていた、という悲劇。ちゃんと男友達から黄色い歓声を頂いてます。お情けで。
作者ハイキューの舞台で……伊達高戦ですね、それを生で見てぎゃん泣きしました。漫画では烏野に心を完全に寄せてたのでそのまま読み飛ばしてたんですが、舞台でまさか伊達高に精神を引っ張られるとは。驚き生。リアルの希少価値をそこに見たと思います。なげぇな。締めます。良いお盆を!海には気を付けて!クラゲがでます!なげぇな!




