視界の端に、無機質な光が点滅していた。
網膜を滑り落ちる膨大な二進法の羅列。
絶え間なく更新される情報の奔流において、私の意識は座標を失った微細な回路の一部と化していた。
暗がりに浮かび上がる、青白い液晶画面。
そこは、設計思想なき電子の迷宮。
不純物を削り取った真空の中、定型のリズムだけが駆動する、無機質な論理の監獄だった。
不可視の対象から射出される不満や憤言を、デジタルコードという形式で終日受容し続ける。
既定の論理構造を持つ定型書式の背後に自己を隠蔽し、減衰していく感性を強制終了させる。
深夜三時。
暖房の切れた部屋で、指先だけが忙しくキーボードを叩く。
ディスプレイより流出する定義不能な負が、沈殿物となって内部領域を圧迫していた。
応答データの送信を完了するごとに、自己という容体の実効容量が漸次消失していく。
それは、決定的なシステム上のリソース枯渇だった。
私は暗転していく思考を繋ぎ止めることができず、機能停止に近い微睡へと沈み込んでいった。
「……処理すべきは記号ではなく、その深奥に潜む調和の欠片ですよ」
ノイズの混じらない、絶対的な正弦波を思わせる澄んだ声。
顔を上げると、青白い液晶の光を吸い込み、銀色の粒子を散らす青年が立っていた。
彼の輪郭は、熟練の設計士が描いた曲線のように淀みなく、その背に広がる白銀の翼は、微細な結晶が幾重にも連なる精密な幾何学構造を成している。
冷たく、それでいて視線を逸らせないほどに鮮明な美しさが、色を失った六畳一間を神聖な領域へと書き換えていった。
「今夜は、摩擦を失ったきみの世界に、聖なる光を同期させましょう」
彼が一歩踏み出すごとに、無機質な部屋の空位を埋めるように色彩の数式が浮遊し、私の意識を包囲する。
それは計算不能な光の情報量。
冷たく固着していた脳内の記録媒体が、荘厳な光のアルゴリズムによって再構成されていく。
枯渇していたリソースが、未知のエネルギーによって急速に充填されていく。
不協和音を奏でていた情動のノイズは霧散し、思考回路の隅々までが、黄金比に基づく清浄な熱を帯びる。
「誰かの負を引き受け、透明な秩序へと変換するきみは、この世界を支える美しき論理の一翼なのですよ」
意識が深い層へと再配置される。
私は、解を得て収束する数式のように、一切の摩擦を失った無音の安らぎへと溶け込んでいった。
……。
端末の起動音が、朝の静寂を貫く。
目を覚ますと、ディスプレイには最適化されたデスクトップ画面が広がっていた。
指先に宿る感覚は鋭敏で、思考の遅延は微塵もない。
昨夜、彼が空間に刻んでいった高潔な秩序の余韻が、胸の中で穏やかに振動している。
「……プロセスの再開を」
キーボードを叩く音が、心地よい律動となって響く。
今日もまた、無秩序な情動を清浄な論理へと置き換えるために。
私は研ぎ澄まされた一打を、静かに刻み始めた。
第 8話(完)