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【第6話】指先から想望を具現へ


 (とお)くに、いくつかの(とも)()()えた。


 それは規則正(きそくただ)しくはないけれど、()せては(かえ)すさざ(なみ)のように、(おだ)やかに、ゆっくりと()れていた。


 そこは、(ふか)(ねむ)りの(そこ)のような、心地(ここち)よい(おも)みに()ちた場所(ばしょ)だった。


(おも)身体(からだ)()()るようにして、(わたし)自分(じぶん)部屋(へや)へと辿(たど)()いた。


 時計(とけい)(はり)午前(ごぜん)二時(にじ)(まわ)っている。


 十九歳(じゅうきゅうさい)(ふゆ)


 (あこが)れの都会(とかい)美容師(びようし)見習(みなら)いとして(はたら)(はじ)めて半年(はんとし)()ぎていた。


 毎日(まいにち)、たくさんの(ひと)(かか)えている(つか)れや、言葉(ことば)にならない(おも)いまでも、そっと(なが)せたらと(かみ)(あら)う。


 薬剤(やくざい)()ぜ、(ゆか)()く。


 (かがみ)(うつ)世界(せかい)(はな)やかだけれど、その裏側(うらがわ)にある自分(じぶん)日常(にちじょう)は、湿(しめ)ったタオルの(にお)いと、()えない()(いた)みに支配(しはい)されていた。


 電気(でんき)()ける気力(きりょく)もなく、(くら)部屋(へや)(なか)(すわ)()む。


 (まど)から()()街灯(がいとう)(ひかり)が、(わたし)()()てた指先(ゆびさき)(つめ)たく()らし()した。


 節々(ふしぶし)(あか)()れ、ひび()れた皮膚(ひふ)は、まるでもう自分(じぶん)身体(かはだ)ではないような感覚(かんかく)だった。


 明日(あした)もまた、この()(あつ)いお()(ひた)さなければならない。


 (だれ)かの幸福(こうふく)()()げるために、自分(じぶん)という(いと)(ほど)()ってしまう。


 (つくえ)(うえ)()いてあった、(ちい)さなオイルランプに()(とも)す。


 その(ちい)さな(ひかり)は、(ふる)える(わたし)(こころ)(うつ)したように、青白(あおじろ)く、いまにも()()えそうなほど(ほそ)()れていた。


 理由(りゆう)のない(なみだ)が、(ほお)(つた)って(ゆか)()ちた。


()(ぬく)もりを()(あた)える仕事(しごと)は、自分(じぶん)(ねつ)(けず)仕事(しごと)なのでしょうね」


 不意(ふい)に、背後(はいご)から(おだ)やかな(こえ)がした。


 (おどろ)きよりも、その(こえ)(やさ)しさに身体(からだ)強張(こわば)る。


 ()(かえ)ると、そこには銀色(ぎんいろ)(かみ)(なが)(のば)した青年(せいねん)()っていた。


 (かれ)背中(せなか)には、(よる)(やみ)(はら)退(しりぞ)けるような、巨大(きょだい)(しろ)(つばさ)(そな)わっていた。


 部屋(へや)(せま)さを(わす)れさせるほど、その(つばさ)気高(けだか)く、そして(やわ)らかな(ひかり)(はな)ッていた。


(だれ)……? どうして、ここに……」


(わたし)(かす)れた()いに、(かれ)はただ(しず)かに微笑(ほほえ)んだ。


(すこ)しだけ、(かた)(ちから)()いてくださいね。今夜(こんや)は、きみ自身(じしん)(あま)やかしていい時間(じかん)なのですから」


(かれ)(つばさ)(おお)きく(ひろ)げると、停滞(ていたい)していた部屋(へや)空気(くうき)が、まるで(はる)(おとず)れのように一変(いっぺん)した。


 (しろ)(つばさ)表面(ひょうめん)から、黄金色(こがねいろ)(ひかり)(こな)(ゆき)()()り、(わたし)()れた()を、(きず)ついた(こころ)を、(やさ)しく()だまりのように(つつ)()だ。


「あ、あたたかい」


 (かれ)(まよ)うことなく(あゆ)()り、その(おお)きな(つばさ)(わたし)背中(せなか)(まわ)し、(まゆ)のように大切(たいせつ)()きしめた。


 (つばさ)感触(かんしょく)は、現実(げんじつ)のものとは(おも)えないほど(やわ)らかく赤子(あかご)(ほお)()れるような、あるいは()だまりに()ける(くも)(おお)われているような。


 (なに)よりも、その圧倒(あっとう)的な(ねつ)が、(わたし)(しん)まで()()った身体(からだ)をも(とか)していく。


 薬剤(やくざい)強張(こわば)っていた指先(ゆびさき)も、無理(むり)姿勢(しせい)(かた)まっていた(こし)も、(かれ)(つばさ)()れた瞬間(しゅんかん)(こおり)()けるように(かろ)やかになっていった。


(くる)しかったですね。自分(じぶん)(あこが)れた場所(ばしょ)にいるはずなのに、自分(じぶん)(けず)られていくような毎日(まいにち)(だれ)にも()えず、一人(ひとり)(かがみ)(みが)(つづ)けたきみの孤独(こどく)を、この(つばさ)()っていますよ」


(かれ)耳元(みみもと)(ささや)きながら、一層(いっそう)(つよ)く、(わたし)(つばさ)()()せた。


 (しろ)いダウンのように豊潤(ほうじゅん)羽毛(うもう)(たば)が、(わたし)()()めた神経(しんけい)一本(いっぽん)ずつ(ほぐ)していく。


 首筋(くびすじ)()れる一筋(ひとすじ)(はね)さえもが、(あい)()った(ぬく)もりとして浸透(しんとう)していく。


「ふれられることがこんなに(あたた)かく、(やす)らぎになるなんて」


 (なみだ)自然(しぜん)(こぼ)()ちた。


 (かれ)(なか)で、(わたし)自分(じぶん)(おも)っていたよりもずっと(ちい)さく、(ふる)えている存在(そんざい)であることを(みと)めた。


 都会(とかい)一人(ひとり)大人(おとな)()りをして(わら)っていた「(つよ)がり」が、(つばさ)(あたた)かさに()てられて、(くず)()ちていく。


「いいんですよ。この(つばさ)(なか)では、完璧(かんぺき)なアシスタントである必要(ひつよう)はありません。きみの(よわ)さも、(いた)みも、すべてこの(つばさ)()()り、()()りますから」


 (かれ)(いと)おしげに(わたし)(ほほ)()で、(ひたい)(しず)かに(かさ)()わせた。


(だれ)かの(ため)()くさんとする無言(むごん)激励(げきれい)は、(けだ)し、不言(ふげん)誠実(せいじつ)として相手(あいて)胸中(きょうちゅう)(ひび)(わた)るものなのですよ」


 (つばさ)から(あふ)()幾千万(いくせんまん)粒子(りゅうし)が、(まばた)きの合間(あいま)意識(いしき)(しろ)()()げていく。


 そのとき、(つくえ)(うえ)(ふる)えていた青白(あおじろ)(とも)()が、変化(へんか)(はじ)めた。


 それは(はげ)しく()えるのではなく、人間(にんげん)(しず)かな呼吸(こきゅう)のように、(ゆた)かに、(おだ)やかに、(たし)がな(ねつ)()って()れていた。


「……ありがとう。(わたし)、まだ頑張(がんば)れるかもしれない」


(なみだ)()れながら、自分(じぶん)体温(たいおん)()(もど)し、(かす)れた(こえ)(つぶや)いた。


 すると(かれ)(ふたた)(つばさ)(おお)きく()ばたかせ、(あわ)黄金色(こがねいろ)(ひかり)(つぶ)部屋(へや)全体(ぜんたい)()りまいた。



 


 ……。


 



 (あさ)、アラームの(おと)()()ます。


 (かがみ)()かうと、そこには昨日(きのう)までと(おな)じ、未熟(みじゅく)自分(じぶん)がいた。


 けれど、()(あか)みは()き、指先(ゆびさき)には(たし)かな(ちから)宿(やど)っていた。


 (こころ)(なか)(とも)った琥珀色(こはくいろ)()が、()えることなく(ちい)さく()れているのがわかる。


「……()こう」


 自分(じぶん)でも戸惑(とまど)うほどの柔和(にゅうわ)(こと)()が、(はる)気流(きりゅう)(はこ)ばれる花香(かこう)のように、(かす)かな(かお)りを(のこ)して空間(くうかん)へと()()っていった。


 その(ぬく)もりは、(かれ)(つばさ)(のこ)した勇気(ゆうき)そのもの。


 (わたし)(こころ)(とも)った(ちい)さな(ひかり)(たや)さないように、今日(きょう)もまた、(だれ)かの笑顔(えがお)()むために、(おだ)やかな一歩(いっぽ)()()した。



(だい) 6()(かん)



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