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【第20話】 宵闇にのみ許された吐露


 (とお)くに、いくつかの(とも)()()れていた。


 それは(ひる)(よる)境界(きょうかい)()()う、(くら)紫紺(しこん)(そら)()かぶ、(あわ)琥珀(こはく)(いろ)(とも)()だった。


 (ひかり)(なに)かを(こら)えるように(こま)かく(ふる)え、周囲(しゅうい)濃密(のうみつ)(かげ)(ひた)されていく。


 (かぜ)もないのに(しず)かに明滅(めいめつ)するその(さま)は、まるで(だれ)にも(ゆる)されなかった言葉(ことば)が、ようやく(ゆる)しを()()()したかのようだった。


 (わたし)仕事(しごと)は、他者(たしゃ)(ほう)()無遠慮(ぶえんりょ)感情(かんじょう)()()め、()()たぬよう(ととの)える調整(ちょうせい)(やく)だ。


受話器(じゅわき)()こう(がわ)や、会議(かいぎ)(しつ)空気(くうき)(とお)して、理不尽(りふじん)不満(ふまん)(つぶて)となって(わたし)()つ。


(もう)(わけ)ございません」


 (こころ)にもない定型(ていけい)()(たて)にするたびに、(わたし)内面(ないめん)(けず)()られ、自分(じぶん)という存在(そんざい)(しん)摩耗(まもう)していくのがわかった。


 白日(はくじつ)(もと)では、(わたし)()()たない装置(そうち)でなければならない。


 けれど、(ひと)宵闇(よいやみ)(しず)むとき、濾過(ろか)しきれずに沈殿(ちんでん)した(どく)が、(ねつ)()って(あば)()す。


(わたし)だって(きず)ついている」


「なぜ、(わたし)だけが()えなければならないのか」


 暗闇(くらやみ)でしか、この(みにく)悲鳴(ひめい)()げることは(ゆる)されない。


 (しず)かな(よる)(そこ)()まった(よど)みこそが、(いま)(わたし)(かたち)(づく)唯一(ゆいいつ)真実(しんじつ)だった。


宵闇(よいやみ)(とばり)が、ようやく貴方(あなた)()つけ出したようですね」


 (ひそ)やかなさざめきと(とも)に、(かれ)(かげ)(なか)から(にじ)()るように(あらわ)れた。


 (ぎん)(ぱつ)一房(ひとふさ)一房(ひとふさ)月光(げっこう)(ふく)んだように(あわ)(かがや)き、背後(はいご)(しろ)巨大(きょだい)(つばさ)は、(よる)静寂(せいじゃく)(かたち)にしたかのように(おご)そかに(たた)まれている。


 (かれ)(かか)げる角灯(かくとう)(ひかり)は、()すような(するど)さを()たず、ただ(しず)かに(わたし)足元(あしもと)()らしている。


(よる)旅人(たびびと)さん。ここでは、(かざ)言葉(ことば)職業(しょくぎょう)という()(よろい)も、(なに)ひとつ必要(ひつよう)ありませんよ」


 (ぎん)(ぱつ)(かれ)角灯(かくとう)(しん)(しず)かに()つめ、()(とお)(こえ)(かた)りかける。


他者(たしゃ)(くら)衝動(しょうどう)無害(むがい)(いの)りに()えようとする貴方(あなた)日々(ひび)は、(けっ)して無為(むい)ではありません。内面(ないめん)(けず)りながらも微笑(ほほえ)みを()やさないのは、それが(だれ)かの(よる)(まも)るための、(しず)かな献身(けんしん)だからです。宵闇(よいやみ)(なか)でしか本当(ほんとう)(いき)ができないのは、それほどまでに貴方(あなた)(たましい)が、純粋(じゅんすい)(ひかり)(もと)めて(たたか)()いているという(あかし)なのですよ」


(いま)だけは、その(うつわ)(から)にして、(こころ)(ゆだ)ねてください」


 (わたし)脳裏(のうり)に、()てついた一日(いちにち)記憶(きおく)(よみがえ)る。


 何時間(なんじかん)もの(あいだ)受話器(じゅわき)()こうから()びせかけられた、人格(じんかく)さえも否定(ひてい)する罵声(ばせい)(あらし)


貴方(あなた)感情(かんじょう)のない機械(きかい)でしょう」


(わたし)()()らしの道具(どうぐ)になれて光栄(こうえい)だろう」


 指先(ゆびさき)(ふる)え、視界(しかい)(あつ)(まく)(おお)われそうになっても、(わたし)の声は完璧(かんぺき)(おだ)やかで、完璧(かんぺき)(つめ)たかった。


 終業(しゅうぎょう)合図(あいづ)(とも)(ひと)(すわ)()んだ(くら)室内(しつない)で、(わたし)自分(じぶん)名前(なまえ)()ぼうとして、その音節(おんせつ)(わす)れていることに愕然(がくぜん)とした。


 世界(せかい)平穏(へいおん)(かえ)すために、(わたし)自分(じぶん)という人間(にんげん)()(きざ)んで、()()(つづ)けてきたのだ。


 (だれ)にも(あい)されず、(だれ)にも(かえり)みられない犠牲(ぎせい)()てに、(わたし)透明(とうめい)虚無(きょむ)へと()()てていた。


 (かれ)(つばさ)(ひろ)げると、世界(せかい)(まった)静寂(せいじゃく)(わたし)(つつ)()んだ。


 最高級(さいこうきゅう)(きぬ)のように(なめ)らかで、()だまりのような圧倒的(あっとうてき)(ねつ)


 一(まい)(まい)羽根(はね)慈悲(じひ)(いろ)(たた)えて、(いし)のように(かた)まった(わたし)(こころ)(ほど)いていく。


「あ……、ああ……っ」


 (なが)(あいだ)(のど)()さっていた言葉(ことば)にならない(とげ)が、(かれ)(ぬく)もりに()れて(しず)かに()()した。


 自分(じぶん)さえも見放(みはな)した(みじ)めな孤独(こどく)を、(かれ)(つばさ)だけが(ただ)しく()()めてくれる。


 宵闇(よいやみ)にのみ(ゆる)された真実(しんじつ)(なみだ)(あふ)れ、不純(ふじゅん)(よど)みは、(しず)かな(ひかり)(みず)へと(かえ)っていく。


 しばらくして(ぎん)(ぱつ)(かれ)(ふたた)(おお)きく(つばさ)()ばたかせると、視界(しかい)(まぶ)しい純白(じゅんぱく)()まった。



……。



 追憶(ついおく)()(たま)まりのような微睡(まどろ)みを、(とお)くで(ひび)踏切(ふみきり)(おと)()()く。


 (よど)んだ空気(くうき)一掃(いっそう)され、(つめ)たく(するど)現実(げんじつ)(ひかり)(ほほ)()した。


 (えき)のホームに(すべ)()んできた電車(でんしゃ)(かぜ)が、(わたし)(ほほ)(つめ)たく()でる。


 周囲(しゅうい)無機質(むきしつ)足音(あしおと)と、(だれ)もが自分(じぶん)(まも)るために(まと)った沈黙(ちんもく)()ちていた。


 今日(きょう)もまた、(なに)ひとつ解決(かいけつ)しない喧騒(けんそう)坩堝(るつぼ)へと()(とう)じる時間(じかん)()る。


 電車(でんしゃ)(まど)硝子(がらす)(うつ)無数(むすう)(かお)の中に、(わたし)という(ひと)つの(かげ)()ざり()む。


 けれど、その(ひとみ)(おく)(ひと)(かけ)ら、宵闇(よいやみ)(みが)()げられた琥珀(こはく)(いろ)静寂(せいじゃく)(しず)んでいるのがわかった。


 (わたし)(かばん)(ひも)(にぎ)(なお)し、(なが)れる群衆(ぐんしゅう)(なか)へと(いっ)()()()す。


 宵闇(よいやみ)にのみ(ゆる)された真実(しんじつ)を、(だれ)にも(おか)されない(まも)(いし)のように(むね)()めて


 (わたし)(ふたた)び、()()のない日常(にちじょう)(なか)へと(しず)かに()えていった。


(だい) 20()(かん)


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