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【第19話】 無彩色な喧騒に灯る熱


 (とお)くに、いくつかの(とも)()()れていた。


 (あさ)泥濘(ぬかるみ)(そこ)(しず)んだ()(がら)(すく)()げたような、(ちから)(うしな)った(ひかり)


 それは燃焼(ねんしょう)する(ねつ)さえも(わす)れ、ただ湿(しめ)った静寂(せいじゃく)(なか)(よわ)明滅(めいめつ)している。


 ()けば()えるほど(あさ)いその(またた)きは、(さけ)ぶことさえ(あきら)めて摩耗(まもう)()った、(わたし)(たましい)残照(ざんしょう)だった。


 三十(さんじゅう)(だい)人生(じんせい)(さか)りであるはずの季節(きせつ)は、いつの()にか(いろ)のない砂漠(さばく)へと()わっていた。


 深夜(しんや)のオフィスに(ひび)無機質(むきしつ)打鍵(だけん)(おん)謝罪(しゃざい)謙遜(けんそん)()(かえ)すだけの機械(きかい)(てき)なメールの羅列(られつ)


 (だれ)かの期待(きたい)(こた)え、組織(そしき)(ほころ)びを()める消耗(しょうもう)(ひん)として()()毎日(まいにち)


 上司(じょうし)不機嫌(ふきげん)(なだ)め、部下(ぶか)(まえ)では(たの)もしい先輩(せんぱい)(えん)じるたびに、(わたし)内側(うちがわ)には(つめ)たい空洞(くうどう)(ひろ)がっていった。


 午前(ごぜん)二時(にじ)、コンビニの弁当(べんとう)(ひと)りで()()食卓(しょくたく)には、(ぬく)もりなど微塵(みじん)もない。


 (かがみ)(のぞ)けば、(ひとみ)(おく)だけが(くさ)()ちたような(おとこ)が、口角(こうかく)だけを器用(きよう)()()げて(わら)っている。


 (わら)えば(わら)うほど、本当(ほんとう)自分(じぶん)(なに)(のぞ)んでいたのかさえ(おも)()せなくなる。


 (はい)(おく)()まった(どろ)のような疲弊(ひへい)が、(さけ)びたい衝動(しょうどう)さえも(おも)()(つぶ)し、ただ(いき)()うことさえ苦痛(くつう)(かん)じていた。


 出口(でぐち)のない暗闇(くらやみ)(ひざ)()き、(かわ)いた嗚咽(おえつ)さえ()なかったその瞬間(しゅんかん)背後(はいご)から氷解(ひょうかい)のような静謐(せいひつ)さが(しの)()った。


「……(よる)旅人(たびびと)さん。貴方(あなた)背負(せお)っているのは、世界(せかい)という()のあまりに冷酷(れいこく)重圧(じゅうあつ)ですね」


 ()()えると、そこには銀髪(ぎんぱつ)七色(なないろ)(ひかり)宿(やど)した青年(せいねん)が、(かな)しみを(たた)えた眼差(まなざ)しで(たたず)んでいた。 


 (かれ)(たずさ)えた角灯(かくとう)(はな)(あわ)(ひかり)が、()(たた)まれた白銀(はくぎん)巨大(きょだい)(つばさ)をおぼろげに()かび()がらせている。


 銀髪(ぎんぱつ)青年(せいねん)(けっ)して()()みすぎない距離(きょり)で、(こお)()いた(わたし)(こころ)()かすような、()(とお)った(こえ)(ひび)かせた。


貴方(あなた)()かべるその空虚(くうきょ)笑顔(えがお)は、(だれ)にも(よわ)さを()せられなかった孤独(こどく)(たたか)いの名残(なごり)です。責任(せきにん)義務(ぎむ)という(くさり)(つな)がれ、自分(じぶん)(ころ)してまで(ある)(つづ)けてきた、その不器用(ぶきよう)なまでの誠実(せいじつ)さを、どうか(ほこ)りとして(いだ)いてください」


 青年(せいねん)言葉(ことば)は、(こころ)()()()()(ねつ)()っていた。


(から)っぽになっても、()()えても、貴方(あなた)(いま)ここに()るというだけで、それは奇跡(きせき)なのです。(いま)は、ただの(ひと)()人間(にんげん)として、(わたし)(なか)(ねむ)りなさい」


 青年(せいねん)(しず)かに(つばさ)(ひろ)げ、(わたし)(ふか)慈愛(じあい)(つつ)()んだ。


 最高級(さいこうきゅう)(きぬ)(はだ)()でるような感触(かんしょく)と、(ふゆ)()だまりのような圧倒的(あっとうてき)熱量(ねつりょう)


 その純粋(じゅんすい)(ぬく)もりに()れた瞬間(しゅんかん)(わたし)(しば)っていた「大人(おとな)」という()呪縛(じゅばく)粉々(こなごな)(くだ)け、(のど)(おく)から(せき)()ったような慟哭(どうこく)(あふ)()した。


 三十(さんじゅう)()ぎた(おとこ)が、他者(たしゃ)(まえ)(こえ)(ふる)わせ、(かた)()らして()きじゃくる。


 (つばさ)(なか)(ねつ)は、その無様(ぶざま)姿(すがた)をすべて許容(きょよう)し、()てついていた心臓(しんぞう)強引(ごういん)()かしていく。


 (なが)れる(なみだ)(ほお)(つた)い、(はい)(おく)()まり(つづ)けた(くら)汚濁(おだく)(あら)(なが)していった。


 やがて、世界(せかい)()(つぶ)すような(しろ)()ばたきが()きる。


 視界(しかい)眩暈(めまい)()こすほど白濁(はくだく)し、現実(げんじつ)という()騒音(そうおん)鼓膜(こまく)(たた)(はじ)めた。



……。




 ()()けると、無機質(むきしつ)蛍光(けいこう)(とう)(した)(すう)時間(じかん)(まえ)()わらない絶望(ぜつぼう)(よこ)たわっていた。


 ()()まない通知(つうち)()()げられた書類(しょるい)()わり()えのない苦役(くえき)のような日々(ひび)


 けれど、電源(でんげん)()ちた漆黒(しっこく)画面(がめん)(うつ)()自分(じぶん)(かお)()つめれば、(あか)()れた目蓋(まぶた)(おく)に、あの銀髪(ぎんぱつ)青年(せいねん)(とも)してくれた(かす)かな()が、(しず)かに脈動(みゃくどう)しているのが()かった。


 (わたし)指先(ゆびさき)で、強張(こわば)っていた(ほお)をそっと(ゆる)めてみる。


 それは(だれ)のためでもない、(わたし)自身(じしん)(いた)みを(いつく)しむための、本物(ほんもの)表情(ひょうじょう)だった。


「……(はじ)めよう」


 その一言(ひとこと)は、(ふる)えながらも(たし)かな質量(しつりょう)()って、白々(しらじら)()()める室内(しつない)空気(くうき)(ふる)わせた。


 (わたし)(むね)宿(やど)った余熱(よねつ)()さぬよう()()め、(まど)から()()仮借(かしゃく)のない(あさ)(ひかり)()()めながら、(ふたた)喧騒(けんそう)渦中(かちゅう)――液晶(えきしょう)(おく)へと、(しず)かに(たましい)(しず)めた。


 あの(よる)白銀(はくぎん)一本(いっぽん)羽根(はね)(むね)宿(やど)した(あたた)かな(とも)()が、世界(せかい)端々(はしばし)(しず)かな息吹(いぶき)となって()(わた)り、今日(きょう)という()彩色(さいしき)(とき)を、(しず)かな覚悟(かくご)(とも)(ふか)(きざ)(つづ)けていく。



(だい) 19()(かん)




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