表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

【第1話】揺れる灯し火、暗闇の境界にて


 (とお)くに、いくつかの(とも)()があった。


 それぞれが(はな)れた場所(ばしょ)で、(かす)かに()れている。


 そこは、(よる)(そこ)()まった(おり)のような、(しず)かすぎる世界(せかい)だった。


 (つめ)たい空気(くうき)が、(はだ)(やさ)しく、けれど執拗(しつよう)()でていく。


 (わたし)は、自分(じぶん)何処(どこ)にいるのかさえ、もう正確(せいかく)には理解(りかい)できていなかった。


 さっきまで、自分(じぶん)部屋(へや)(うずくま)っていたはずだった。


 時計(とけい)秒針(びょうしん)(きざ)(おと)さえ、心臓(しんぞう)直接(ちょうせつ)(たた)(つち)のように(ひび)き、(いき)をすることさえ(むずか)しくなっていた。


 明日(あした)がくるのが(こわ)い。


 今日(きょう)をやり()ごしたあとの、(なに)解決(かいけつ)していない朝日(あさひ)をむかえることが、(なに)よりも(おそ)ろしかった。


「ここ、どこなの……?」


 (しぼ)()した(こえ)は、(きり)()こうに()えていった。


 返事(へんじ)はない。


 あるのは、足元(あしもと)(ただよ)不透明(ふとうめい)(もや)と、()てしなく(ひろ)がる群青色(ぐんじょういろ)(そら)だけだ。


 (ふる)える(かた)自分(じぶん)(うで)()()める。


 指先(ゆびさき)(こおり)のように(つめ)たく、自分(じぶん)体温(たいおん)さえ(かん)じられない。


 孤独(こどく)だった。


 この世界(せかい)に、ただ 1人(ひとり)


 (だれ)味方(みかた)がいないような、そんな感覚(かんかく)(こころ)侵食(しんしょく)していく。


 その(とき)背後(はいご)暗闇(くらやみ)が、わずかに()れた。


 ザッ、ザッ。


 重力(じゅうりょく)(かん)じさせない、けれど確実(かくじつ)(おも)みを()った足音(あしおと)


 恐怖(きょうふ)()()がりそうになる心臓(しんぞう)(おさ)え、(いきお)いよく()(かえ)った。


 そこに、(かれ)()っていた。


 銀色(ぎんいろ)(かがや)(かみ)は、(つき)(ひかり)(いと)にして(つむ)いだかのように(うつく)しい。


 背中(せなか)には、(とり)(はね)とも、あるいは(ひかり)結晶(けっしょう)とも見える、(しろ)巨大(きょだい)(つばさ)(しず)かに(たた)まれている。


 (かれ)は、(わたし)(こわ)がらせないように、適度(てきど)距離(きょり)(たも)って()()まった。


(よる)旅人(たびびと)さん、(おどろ)かせてしまいましたね」


 (かれ)(こえ)は、不思議(ふしぎ)(ひび)きを()っていた。


 (ふか)(もり)(おく)(ひび)(すず)()のように、透明(とうめい)で、それでいて(あたた)かい。


「あなたは……だれ? ここは、どこ?」


(ぼく)は、(とも)()(はこ)(もの)です。」


 (かれ)(しず)かに()った。


 その()には、(ふる)びた、けれど気品(きひん)のある角灯(かくとう)(にぎ)られている。


 (なか)()れているのは(ほのお)ではなく、(いのち)欠片(かけら)のような、やわらかな黄金色(こがねいろ)(ひかり)


「ここは、現実(げんじつ)(ゆめ)狭間(はざま)(ひと)が、(こころ)(おも)さに()えきれなくなったとき、しばしば(まよ)()場所(ばしょ)です」


 (かれ)は、(わたし)()つめていた(とお)くの(ひかり)一緒(いっしょ)(なが)めた。


「あの(とも)()が、(はげ)しく()れているのが()かりますか?()れるというのは、不安定(ふあんてい)さの(あらわ)れです。(いま)にも()えてしまいそうな、(あや)うい(こころ)状態(じょうたい)(うつ)しています」


「……やっぱり。(わたし)(こころ)みたいに、もう()えちゃいそうなのね」


 (わたし)絶望(ぜつぼう)(かた)()とすと、(かれ)(くび)(よこ)()った。


「いいえ。(ぎゃく)ですよ。これほど(はげ)しく()れながらも、それでも()えない。それは、(なに)かがその(ひかり)必死(ひっし)(ささ)えているからです。()えそうな瞬間(しゅんかん)こそ、(ささ)えの存在(そんざい)がもっとも際立(きわだ)つのですよ」


(ささ)え……? (わたし)に、そんなものあるの?」


「きみが(いま)、ここで(いき)をしようと(くる)しんでいること自体(じたい)が、きみを()かそうとする(ささ)えの(ちから)です。本当(ほんとう)()えてしまったなら、()れることさえ出来(でき)ませんから」


 (かれ)は、自分(じぶん)()にある角灯(かくとう)を、(わたし)足元(あしもと)にそっと()いた。


 すると、(わたし)(かこ)んでいた(ふか)(きり)が、ほんの(すこ)しだけ(あか)るく()(とお)る。


「きみは、(ひかり)そのものになろうとしなくていいのですよ。不安定(ふあんてい)()れながら、それでも()えずにそこに()る。それだけで、きみは十分(じゅうぶん)に、この(よる)(たたか)っています」


 (かれ)言葉(ことば)()きながら、(わたし)自分(じぶん)(むね)()()てた。


 ドクン、ドクンと、不規則(ふきそく)に、けれど(たし)かに(みゃく)()鼓動(こどう)


 この(ふる)えこそが、(わたし)がまだ、自分(じぶん)(あきら)めていない証拠(しょうこ)なのだと、(かれ)()ってくれている。


 そして、角灯(かくとう)(なか)からひとすじの(ひかり)指先(ゆびさき)(すく)()り、(わたし)(むね)のあたりに、そっと()れた。


「あ……」


 (あたた)かい。

 まるで、ずっと()てついていた(こころ)(かたまり)が、(はる)日差(ひざ)しを()びて()()したかのようだった。


 ()まっていた(なみだ)が、(せき)()ったように(あふ)()した。


 (かれ)は、自分(じぶん)(しろ)(はね)(おお)きく(ひろ)げ、(わたし)(うえ)屋根(やね)のように()()けた。


 (はね)()れる感触(かんしょく)は、最高級(さいこうきゅう)(きぬ)よりも(やわ)らかく、(やす)らぎに()ちていた。


「……(すこ)し、(つか)れちゃった」


「ええ。(やす)みましょう。今日(きょう)(よる)は、もう十分(じゅうぶん)(なが)かったでしょう」


 (かれ)は、(ふたた)(しろ)巨大(きょだい)(はね)(ひろ)げ、(わたし)意識(いしき)(つつ)()むように(かぜ)(おく)った。


 (ひかり)粒子(りゅうし)(ゆき)のように()(そそ)ぎ、(わたし)視界(しかい)()(しろ)()まっていく。



 ……。



 時計(とけい)のアラームが、無機質(むきしつ)(おと)()てていた。


 ()()けると、そこには相変(あいか)わらずの天井(てんじょう)と、()らかった部屋(へや)があった。


 身体(からだ)はまだ(おも)く、気持(きも)ちが()れやかになったわけでもない。

 (まど)(そと)からは、通勤(つうきん)(くるま)(おと)(いそ)がしく()こえてくる。


 (なに)ひとつ、昨日(きのう)()わらない、退屈(たいくつ)息苦(いきぐる)しい日常(にちじょう)だ。


「……()かなきゃ」


 (わたし)(おも)(こし)()げ、(かがみ)(まえ)()った。


 顔色(かおいろ)(わる)く、(ひとみ)(した)には(くま)がある。


 (かがみ)(なか)自分(じぶん)をじっと()つめると、その(おく)で、(ちい)さな(ひかり)()れているのが()えた()がした。


 (はげ)しく、(たよ)りなく()れている。


 けれど、どれほど(つよ)(かぜ)()いても、()える気配(けはい)だけはなかった。


 (わたし)自分(じぶん)不格好(ぶかっこう)()らぎを、今日(きょう)だけは否定(ひてい)せずに、洗面台(せんめんだい)蛇口(じゃぐち)をひねった。


 (つめ)たい(みず)が、現実(げんじつ)()(もど)すように(ほほ)(たた)く。


 解決(かいけつ)したことなんて、(なに)ひとつない。


 (すく)いに()ちた結末(けつまつ)なんて、どこにもない。


 ただ、この()わらない日常(にちじょう)(なか)を、また一歩(いっぽ)()()しただけだ。


 (かばん)(つか)み、玄関(げんかん)のドアを()ける。


 (まぶ)しいばかりの朝日(あさひ)が、容赦(ようしゃ)なく(わたし)()らした。


「……()ってきます」


 (だれ)()うでもない挨拶(あいさつ)(くち)にして、(わたし)雑踏(ざっとう)(なか)へと()えていく。


 背中(せなか)に、あの(しず)かな羽音(はおと)(かん)じたような()がして、一度(いちど)だけ(そら)見上(みあ)げた。



(だい) 1()(かん)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ