呪われた公爵
「誰だ、ここで一体何をしている。」
_突然低く鋭い声が背後から響いた。
驚いて振り返ると、そこには見知らぬ人物が立っていた。
玄銀の長い艶やかな髪。宝石のように澄んだ淡紫の瞳――。
白い陶器のような肌をした、整った顔立ちの男性。
着ている衣服の上等さから、彼が使用人ではないことはすぐにわかった。
自分より少し年上だろうか。背はすらりと高く、切れ長の瞳には鋭い光が宿り、睨みつけるようなその眼差しに思わず息をのむ。近寄りがたい威圧感を放つ一方で、あまりに整いすぎた眉目秀麗な顔立ちは、目を奪われるほどだった。
「あ、あの……。私は昨日こちらに参りました。
エポワール男爵家の長女、フェンネルと申します。」
ぼうっと、見とれてしまっていたわたしは、慌てて自己紹介をする。
「……君がフェンネルか。
縁談の話に乗じて、この屋敷へやってきた私の新しい婚約者というのが君だな」
男はわずかに目を見開いた。
婚約者、と聞いてフェンネルはハッとした。
「あなたが、この屋敷の主人_ユリウス様でいらっしゃいますね。」
彼は名前を名乗らなかったが、この風貌を見てピンときた。
でも、主は外出中で不在ではなかったのか_?
不思議に思いながらも、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。と私は恭しくお辞儀をする。
しかし、彼はそれには答えず、まるで値踏みをするようにフェンネルを見つめ返した。
「遠路はるばるやってきたところ申し訳ないが、ここでは私は君に何も期待していない。
この縁談は父が勝手に決めたことだ」
いきなりの冷たい歓迎に、胸が痛くなる。
確かに、昨日使用人が言っていたように、本来であれば妹との縁談を望んでいたらしい彼がそのようにいうのも無理はなかった。
「はい、存じております。
不束かものではございますが、よろしくお願いいたします……ユリウス様。」
彼の冷たい対応に少し胸がちくりと傷んだものの
仕方なく、私は当たり障りのない返答をしてその場を受け流した。
「それで――君はここで何をしていたんだ?」
「はっ……。
実は庭園を散策しているうちに、道に迷ってしまいまして。」
そうだった、道に迷ってしまったことを忘れてしまっていた。
「まったく。客間は向こう側だ。
君付きの使用人は一体何をやっているんだ」
ため息を付いて、彼は庭の裏手を指さす。
私は彼の指差す方を見上げたが、フェンネルはここで更に一つ疑問が浮かんだ
――使用人たちの噂にあった「呪い」とは一体何なのだろう。
目の前の公爵は特に変わった様子もなく、意外にも、彼は想像より若々しい青年のように見える。
もっと年老いた人物を想像していたので、私は拍子抜けしてしまった。
興味本位でしげしげと見つめる私に、ユリウスは訝しむような視線を投げかける。
「ユリウス様は、屋敷へはお戻りにならないのですか?
執事から、あなたは外出中で不在だと伺っていましたが」
「ああ、昨日まで隣町に出向いていた。たった今戻ったところだ」
「そうでしたか。
お邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした。」
フェンネルは頭を下げ、すごすごと引き下がる。
再び恭しく頭を下げてその場を去ろうとしたとき
_不意に背後でユリウスが苦しそうなうめき声を上げ、その場にかがみ込んだのが目に入った。
「ユリウス様、どうされたのですか!」
突然のことに呆気にとられた私は、慌てて彼のもとへ駆け寄った。
その肩を支えようと手を伸ばした瞬間――。
「私に触れるな!」
凄むような形相で怒鳴られ、私は思わず立ち尽くす。
しかし、そう言っている間にもユリウスは再び顔を歪め、その場で身を縮めて蹲ってしまった。
まるで目に見えない何かと必死に抗い、耐えているかのように見えた_。ただならぬ気配を察した私は、彼の制止を振り切って"彼の肩に手を触れた"。
彼に指先が触れた瞬間__突然、ビリッとした軽い衝撃が走る。
そして、念じた覚えもないのに、私の掌の中で破壊の魔法が勝手に発動したような感覚があった。
ユリウスさまが苦しんでいる何かを、私の魔法が打ち砕いているとでもいうのだろうか。
初めてのことでわからないが、直感的にそう感じた。
(勝手に破壊魔法が発動するなんて_一体、何が起こっているの…?)
私は混乱していたが、それでもしばらく彼の肩に手を回して、そのまま魔力が発動するのに任せて彼を支え続けた。すると、彼の発作は次第におさまっていった。
やがてユリウスは落ち着きを取り戻し、ようやく顔を上げる。
「……君、一体、私に何をした」
その声にはまだ疲労がにじんでいたが、先ほどの苦痛はもう見られなかった。
「わ、私にも……何がなんだか……。」
私はうろたえた。
本来であれば私は魔力を持たないことになっているし、そもそも魔力を使うことを禁じられている。よってここで自分の魔力について正直に語るわけにはいかなかった。初っ端から面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
「君、凡人だと聞いていたが……魔力を持っていたのか。」
私は顔から血の気が引いていくのを感じた。どう言い訳をすべきか迷う私に、ユリウスは続けた。
「今まで、この呪いを抑えられた者などいなかった。
一体どうやって……君は何者なんだ」
彼の言葉に、私はただ唇を噛みしめる。
――妹のような癒やしの力は、私にはない。あるのは、破壊するだけの魔法。
それなのに、どうして今、彼の発作を静めることができたのだろう。




