婚約破棄
本日から投稿開始します!! 毎日更新予定。
※公爵は5話から登場予定です。しばし前置きをお楽しみください。
「フェンネル、君にはほとほと愛想が尽きた。
今度ばかりは、私も見逃すわけにはいかない。
残念ながら、君との婚約は破棄させてもらう。」
ミリセント伯爵家の子息、エドワードは冷たく言い放った。
「そ、そんな……待ってください!」
私は絶望に顔を歪め、必死に言いすがった。
けれども、エドワードは背を向け、無情に歩き去っていく。
「まあお姉様、お可哀想に_。
なんとかならないものかしら。」
妹のエルミールが私を憐れむような視線を投げかける。しかしその一方で、立ち去るエドワードの背中に、熱っぽい視線を投げかけていたことにも私は気づいていた。
「まったく……せっかく私が取り付けた最後の縁談の話だったのに、こうも無碍にしてしまうなんて。」
父である男爵もまた、目を吊り上げて冷たく言い放った。
こうなってしまっては、私も返す言葉もない。
「もうこれ以上、お前の面倒を見てやるわけにはいかない。この屋敷から出て行っておくれ。
明日の朝一番の汽車で、お前は北の隣国へ渡ってもらう。」
その言葉に、私は眼の前が真っ白になった。
「まあ、お父様……さすがにそれはやりすぎでは?」
絶望する私を見て、さすがのエルミールも、父に非難するような視線を向けた。
けれども男爵は取り合わない。
「エルミール、お前は人が良すぎるんだ。
今までこの愚姉に、どれほど苦労をかけられてきたと思う。尻拭いをするのはもうこれきりだ。」
男爵は憤然とした様子で応じ、「それに」と更に続けた。
「エドワード伯は、もともとフェンネルよりもお前を気に入っていたのだぞ。」
「え…それはほんとうですの?」
その言葉を聞いた途端、エルミールの瞳がきらりとひかる。
「ああ、そうだとも。けれども、このようなことになっては、おまえも姉のお古を差し出されるのも癪だろう。今回の伯爵との縁談は断ろうと思っている。」
「いいえ! なんてことはありませんわ。」
エルミールは少しがっつきすぎるくらいの勢いで否定する。
「せっかくですし、私エドワード伯と、もっとよくお知り合いになってみたいですわ。
決めるのはそれからでもよろしいでしょう?」
「おお、可愛いエルミール。お前は、なんという天使のような娘だ。お前のおかげで、我が家の面目は保たれるよ。」
私が打ちひしがれている横で、妹と父は勝手に盛り上がっていた。
私がこんな不遇な境遇に置かれるようになったきっかけは、二人がまだ幼い頃にまで遡る_。
* * *
私とエルミールには、どちらにも母がいない。
父は二度結婚したが、最初に結婚した私の母も、その後に結婚したエルミールの母も、若くして亡くなってしまった。だから私たちは姉妹でありながら、半分だけ血の繋がりのない存在だった。
顔も全然似ていない。
私はこの国では珍しい薄い翡翠色の髪に、新緑色の瞳。一方のエルミールは、王道の黄金色の髪色にサファイアみたいな透き通った青い瞳をしていた。
お互い母親は不在であったけれども、二人はなんの隔たりもない、同じ家に生まれた姉妹であったはずだった。
_始まりは些細な異変からだった。
二人が幼い頃。いつものように屋敷の裏庭で遊んでいたときのこと。
エルミールは小さな頃からお転婆で、使用人の目を盗んではすぐにどこかへ駆け出してしまう。そんな妹の尻拭いをさせられ、連れ戻すのがいつも私の役目だった。
「エルミール、もう戻らないと……またお父様や婆やに叱られてしまうわ!」
裏庭のさらに奥へ走っていく妹を追いながら、幼い私は必死に呼びかけた。
「だって、お屋敷でお勉強なんて退屈なんですもの!」
エルミールは私をからかうように振り返り、足を止めようとしない。
「ここは人気もないし、危ないのよ!」
私は小さくため息をついた。――いつもこうだ。
抜け出すのは妹なのに、連れ戻すと私まで一緒に叱られるのだ。
仕方なく妹を追いかけていた時、
不意に前方でエルミールが悲鳴を上げた。
「きゃっ!」
顔を上げると、茂みから飛び出してきたのは、大きな狼のような見た目をした魔獣"ウルフハウンド"
それはは唸り声をあげ、牙を剥いて目の前にいたエルミールを威嚇する。泣きそうになりながら、妹はその場に立ち尽くして動けないでいた。
「エルミール、危ない!」
私は無意識のうちに叫んで、妹の方に手を伸ばす。
すると次の瞬間、私の手から衝撃波のような力が発されてウルフハウンドを直撃し、魔獣は気絶して倒れ込んだ。
突然のことに何が起こったのかわからない私達は呆然と立ち尽くしていた。はっと気がついたように私は駆け寄って妹に駆け寄る。
「お、お姉様……今の、一体……?」
震える声で尋ねるエルミールに、私はなんて説明したらよいかわからなかった。そこへ悲鳴を聞きつけた使用人たちが駆けつけてくる。
「お嬢様、いったい何が!」
地面に横たわるウルフハウンドを見て、使用人たちは顔を青ざめさせる。私が事情を説明しようとしたその時――。
「婆や!どうかお姉様を罰しないでください!
きっと魔力が暴走して、制御できなかったのですわ!」
エルミールが泣き出し、私の言葉を遮った。
(えっ…何をいっているの?)
耳を疑った。だって私はエルミールを守ろうとしただけなのに。それに、エルミール自身が傷ついたわけでもない。
「これは……フェンネルお嬢様が?」
困惑する使用人たちに、エルミールはさらに言葉を重ねる。
「そうなんです!お姉様は呪いのような力で、この狼を殺そうとして……。なんて恐ろしい……でも取り乱していただけなの。どうか許してあげて!」
「ち、違う!私は妹を助けようと――」
必死に否定しようとしたが、またしてもエルミールが大声で泣き叫んだ。
「お姉様は、自分の力を制御できないように見えました!
それに、私にまで呪いを放とうと……。皆さまが駆けつけてくれなければ……!」
婆やは困惑しながらも、結局エルミールの言葉を信じ込んでしまった。妹がどうして私を陥れるようなことを言ったのかはわからない。でもこの事件をきっかけに、私のその忌まわしい魔力の噂は瞬く間に屋敷中に広まってしまう。
――その日から。
私は周囲の者たちから「危険な存在」として忌み嫌われるようになった。
父もまた当然の如く全面的に妹のいうことを信じて、私を危険な存在とみなした。
私は自分のものを全て取り上げられ、私は屋敷の外れの、薄暗い部屋の一室に閉じ込められた。




