エドワードとの縁談
しばらくして、私の魔力の正体が判明した。
私に宿っていたのは――破壊魔法。文字通り、物体を破壊することのできる力だった。
父は、その事実を知るやいなや顔をしかめて激昂した。
「なんということだ……敬虔な貴族の令嬢であるべき娘が、破壊魔法使いだったなどと。」
確かに破壊魔法と聞くと恐ろしく響く。けれど破壊魔法とはいっても、無用の力ではなかった。
魔獣を討伐するハンターが用いたり、人には扱えぬ物や害悪となるものを破壊・加工する――そうした場面で重宝される力でもある。
しかし、もともと魔力を持たない父は、魔法そのものへの理解が薄く、その力の響きだけで私を拒絶した。
「お前は金輪際、人前で魔法を使うことを禁じる! そのような悪しき力を持っていると知られれば、我が一族の威信に傷がつく!」
「それに比べて……エルミールは、なんと尊い魔法を授かっていることか。
お前も妹のように治癒の力を宿していれば、我が家も苦労せずに済んだものを。」
父は顔色を変えたように、妹へ熱い視線を投げかける。
そう、私が厄介者として屋敷の隅に閉じ込められている間に、エルミールは治癒魔法に目覚めていた。
怪我や病を癒やす力は人々にとっても人気で重用されており、父や屋敷の人々はそれを気に入り、妹を聖女のように尊んでいた。
「はい、お父様。私は授かったこの力を、人々のために役立ててまいりますわ。」
妹は誇らしげに微笑んでいた。
そんなわけで、当然ながら屋敷での私の立場はますます悪化していった。
「お前も今からでも鍛え直して、妹のように役に立つ力を身につけられないのか!」
父の蔑む視線に、胸が締めつけられる。
私は魔法教育を禁じられ、凡人として生きることを強いられた。隣では妹が本物の魔術師による魔力の高等教育を受けているのにたいし、私の扱いは更に粗雑なものとなった。
今では、屋敷の中での立場はすっかり逆転し、私は「お荷物」として扱われるようになったのである。
――破壊魔法だって、学べば活かせる道はあるはずなのに。
妹が英才教育を受ける姿を横目に見ながら、私はひとり人目を忍んで自力で力を磨いていくしかなかった。
* * *
やがて数年が過ぎ、私たちにも縁談の話が舞い込むようになった。
そのひとつが―冒頭で紹介したミリセント伯爵家のエドワード。
しかし、彼との結末が悲惨なものとなるのは、もはや必然だった。
表向きには「男爵家の娘」として縁談が持ち込まれる。けれど実際は治癒魔法を持つ妹、エルミールこそが目当てなことがほとんどだった。世間は私のことなど誰も期待などしていない。
なので私は、最初からこの縁談をことわるつもりでいた。家族のしきたりでは、まず年長の姉から縁談を持ちかけられるのが通例。なので、私が早々に断ってしまえば、妹に立場をゆずることができるのだ。
今回もそのはずだった。普段なら割り切って挨拶だけ済ませ、早々に縁談を辞退して帰るるつもりだったのに_。
* * *
エドワード伯の屋敷に招かれた初日。
この日、エルミールは魔法の手習いがあるので不在だった。仕方なく私が屋敷に一人で訪問すると
「フェンネル、今日は天気もいい。これから森を歩いてみないか。」
「えっ……ええ、ぜひ。」
私は遠慮がちに答えたが、正直気は進まなかった。
私はそもそも挨拶だけすませて、さっさと帰ろうと思っていた。しかし伯爵の誘いを断れるはずもなく、渋々従った。
広大な森には魔獣が生息していると言われ、エドワードは護身のために飼っている犬の魔獣"ダイヤウルフ"を連れてきていた。
薄暗い森をしばらく進むと、突然前方に大きな角鹿が現れた。鹿はこちらに気づくとすぐに逃げ出す。エドワードたちは面白がって鹿を追い立てた。やがて鹿は、逃げ惑いながら怪しげな洞窟の中へと逃げ込んでしまう。
「旦那様、深追いはおやめください!
中には、我々の手に負えない危険な魔獣が潜んでいるやもしれません!」
「ふん、臆するな。私にはダイヤウルフがいる。いざとなればこいつが相手をする!」
エドワードは、彼の忠告を無視し、ダイヤウルフを連れて洞窟の中へと入ってしまった。
家来たちが洞窟へ続くのを躊躇する中、私は思わず馬を降りて彼を追う。
――嫌な気配がした。
魔力を持つ私にはわかる。奥には魔力をもつ何かが潜んでいる気がした。
恐る恐る奥へ進むと、奥の方でダイヤウルフが激しく吠える声が響いた。
駆けつけると、そこには大きなトカゲの魔獣がいた。気絶したエドワードのすぐそばで、今にも襲いかかろうとしている。
「エドワード様!」
私は思わず叫んだ。
――このままでは彼の命が危ない。
私はトカゲと対峙した。
魔力を使うのは禁じられているので気が引けたが、そんな事は言っていられないと思い、私は決意して、力を解き放った。
掲げた手が眩く光り、轟音とともに振動が走る。
見えない衝撃波が魔物を直撃し、一瞬のうちに、巨体は彼方へ吹き飛ばされてしまった。




