二人の生い立ち
そう思いながら、私が一人馬車の窓辺から外の景色を眺めていると。
「ねえ、お姉様。わたし未だに今日がお姉様とのお別れの日だなんて信じられないわ。
これからもお姉様のことをいつもそばで感じられるように、なにかお姉様のものを私にくださらない?」
「えっ?」
顔を上げれば、向かいに座っているエルミールは上目遣いでこちらを覗き込んでいた。
「でも、今更わたしにあげられるものなんてなにも……」
わたしは困り果ててしまった。
馬車に積んでいるわたしの荷物には、身の回りの最低限のものしか持ってきていない。遠い地への嫁入りだと言うのに、高価な嫁入りの一つも持たせてもらえなかったわたしには、妹に上げられるようなものなんて持ち合わせてはいなかった。
「そうね、じゃあその古い指輪がほしいわ。お姉様の代わりと思ってわたしにくださらない?」
エルミールが指さした先には、私が肌見放さず身につけていた指輪が光っていた。
これは母の形見での指輪で、古い形ではあるものの、小さな上等の宝石がはめ込まれている。
「でも、これは_」
「良いではないか、せっかくエルミールが好意に言ってくれているのに。
無下に断るつもりなのかね。なんて恩知らずな。」
普段から男爵は妹のエルミールを贔屓にして彼女の言う事を疑わない。
私は、反論しようとしたのを諦めて、半ば強制的に彼女に指輪を差し出した。
エルミールに自分の大事なものを差し出すのは、これで何度目だろうか。
私がこんな不遇な境遇に置かれるようになったきっかけは、二人がまだ幼い頃にまで遡る_
* * *
私とエルミールには、どちらにも母がいない。
父は二度結婚したが、最初に結婚した私の母も、その後に結婚したエルミールの母も、若くして亡くなってしまった。だから私たちは姉妹でありながら、半分だけ血の繋がりのない存在だった。
顔も全然似ていない。
私はこの国では珍しい薄い翡翠色の髪に、新緑色の瞳。一方のエルミールは、王道の黄金色の髪色にサファイアみたいな透き通った青い瞳をしていた。どちらが世間一般的に見て、魅力的が外観かと問われれば言うまでもない。
しかし、お互い母親は不在であったけれども、二人はなんの隔たりもない、同じ家に生まれた姉妹であったはずだった。
_始まりは些細な異変からだった。
それは二人が幼い頃。いつものように屋敷の裏庭で遊んでいたときのことだった。
私達は、父が所有する郊外の屋敷に避暑に訪れていた。
エルミールは小さな頃からお転婆で、使用人の目を盗んではすぐにどこかへ駆け出してしまう。そんな妹の尻拭いをさせられ、連れ戻すのがいつも私の役目だった。
「エルミール、もう戻らないと……またお父様や婆やに叱られてしまうわ!」
屋敷を飛び出し、そのまま裏庭のさらに奥へ走っていく妹を追いながら、幼い私は必死に呼びかけた。
「だって、お屋敷でお勉強なんて退屈なんですもの!」
エルミールは私をからかうように振り返り、足を止めようとしない。
「ここは人気もないし、危ないのよ!」
私は小さくため息をついた。――いつもこうだ。
退屈で勉強や習い事を勝手に抜け出すのは妹なのに、私まで一緒に尻拭いをさせられる
仕方なく妹を追いかけていた時、
不意に前方でエルミールが悲鳴を上げた。
「きゃっ!」
顔を上げると、茂みから飛び出してきたのは、大きな狼のような見た目をした魔犬
この世界には、魔物と呼ばれる動物より凶暴な生物が存在する。
それらは様々な種類がいて、小物のものから巨大な主のような魔物まで様々だった。
間の前にいる魔犬は、小物ではあるけれど、俊敏な足と、鋭い牙を持つ。
それは唸り声をあげ、牙を剥いて目の前にいたエルミールを威嚇する。泣きそうになりながら、妹はその場に立ち尽くして動けないでいた。
「エルミール、危ない!」
私は無意識のうちに叫んで、妹の方に手を伸ばす。
すると次の瞬間、私の手から衝撃波のような力が発されてウルフハウンドを直撃し、魔獣は気絶して倒れ込んだ。
突然のことに何が起こったのかわからない私達は呆然と立ち尽くしていた。はっと気がついたように私は駆け寄って妹に駆け寄る。
「お、お姉様……今の、一体……?」
震える声で尋ねるエルミールに、私はなんて説明したらよいかわからなかった。そこへ悲鳴を聞きつけた使用人たちが駆けつけてくる。
「お嬢様、いったい何が!」
地面に横たわるウルフハウンドを見て、使用人たちは顔を青ざめさせる。私が事情を説明しようとしたその時――。
「婆や!どうかお姉様を罰しないでください!
きっと魔力が暴走して、制御できなかったのですわ!」
エルミールが泣き出し、私の言葉を遮った。
(えっ…何をいっているの?)
耳を疑った。だって私はエルミールを守ろうとしただけなのに。それに、エルミール自身が傷ついたわけでもない。
「これは……フェンネルお嬢様が?」
困惑する使用人たちに、エルミールはさらに言葉を重ねる。
「そうなんです!お姉様は呪いのような力で、この狼を殺そうとして……。なんて恐ろしい……でも取り乱していただけなの。どうか許してあげて!」
「ち、違う!私は妹を助けようと――」
必死に否定しようとしたが、またしてもエルミールが大声で泣き叫んだ。
「お姉様は、自分の力が暴走しているように見えました!
それに、私にまで呪いを放とうと……。皆さまが駆けつけてくれなければ……!」
婆やは困惑しながらも、結局エルミールの言葉を信じ込んでしまった。
妹がどうして私を陥れるようなことを言ったのかはわからない。でもこの事件をきっかけに、私のその忌まわしい魔力の噂は瞬く間に屋敷中に広まってしまう。
――その日から。
私は周囲の者たちから「危険な存在」として忌み嫌われるようになった。
父もまた当然の如く全面的に妹のいうことを信じて、私を危険な存在とみなした。
私は自分のものを全て取り上げられ、私は屋敷の外れの、薄暗い部屋の一室に閉じ込められた。




