街の散策
話が進み、テーブルには三品目の料理が運ばれてきた。
三品目は魚料理であった。運ばれてきたのは、フォレと呼ばれる川魚にスパイスの効いた衣をまとわせ、香ばしく焼き上げたオーブン料理だった。
海から遠いこの地域では、魚といえば川魚が重宝される。フォレの切り身は鮮やかなオレンジ色をしている。身には臭みがなく、ほどよく脂が乗っていて、衣のサクサクとした食感とスパイスの香味と絶妙にマッチしていてとても美味しかった。
「君の能力が単なる破壊魔法なのだとしたら
――どうして私の呪いを打ち消すことができたのだろう。」
ユリウスは、初めてフェンネルと出会った日のことを思い返すように考え込んでいる。
「たしかに、ユリウス様に最初にお会いした際にも……
何かの拍子で、私の能力が発動した気配がありました。」
そう。あのとき、ユリウスに触れた瞬間、私の魔法が、彼の中の“何か”を破壊したような感触があったのだ。
「あの……聞いてもよろしいのでしょうか?
ユリウス様の“呪い”とは、一体……?」
本当は、この話を自分から持ち出していいのか迷った。
けれど、この際だからこそ、聞いておきたかった。
ユリウスは一瞬だけ沈黙し、どこか葛藤を浮かべた表情を見せた。
「……たしかに、いつかは君にも話さねばならないと思っていた。」
そして、彼は静かに言葉を続けた。
「君は自分の能力のことを私に打ち明けてくれた。だから、私も婚約者である君にすべてを話そう。
私はここへ赴任してしばらくしてから、ある“呪い”に侵されるようになった。それは、不本意に他人へ危害を与えてしまう、危険なものだ。」
わたしは、先日の夕食の席で怪我を負ったメイドのことを思い出していた。確かに、彼ら危険な存在だという噂は本当だったのだ。
「屋敷に戻ったら、君に見せたいものがある。
今はまだその時ではない。長い話になる……だから、少しだけ待っていてほしい。」
私は静かに頷いた。彼の抱える“呪い”のことで、もし自分にできることがあるならその力になりたいと、心からそう思っていた。
「ありがとう。
ところで、食事が済んだら、少しこの町を一緒に散策しないか?ここには、君のまだ知らないものがたくさんある。物珍しいものも多いだろう。」
「はい、是非色々見てみたいです!」
そう言うと、ユリウスは小さく微笑んだ。
* * *
食事がすみ、私たちは街の散策に出かけた。
屋敷を出るとき、ユリウスはおもむろに私へ片手を差し出した。なぜだかその手は、ほんの少しだけこわばっているように思える。
私はためらいがちに彼の腕を取った。やはり以前と同じで、ユリウスに触れても私には何の異変も起こらない。ユリウスは、それを見て淡い紫の瞳をわずかに見開いたが、それ以上は何も言わず、静かに私をエスコートして町を歩き出した。
二人が並んで歩き出すと、通りを行く従者たちや町の人々が振り返り、驚いたように目を見開く。
街の人達の間では、あの若い公爵が婚約者を連れて仲睦まじく歩く姿など、今まで一度も見たことがなかったのだ。
通りには露店が立ち並び、軒先には食べ物や生活用品のほか、見たこともない珍しい品々が所狭しと並んでいる。パンやビスケットの香ばしい匂いが漂い、狩りで得た毛皮や、この地方特有の模様を施したキルトの布小物も売られていた。故郷では見たことのないものばかりで、私は目を輝かせながら通りを見渡した。
そんな私の様子を見てユリウスは穏やかに微笑みながら、通りに並ぶ伝統の品々や食べ物について、一つひとつ丁寧に説明しながら教えてくれた。
「それにしても……君が見事に倒木を片付けたことには驚いたな。」
通りを歩きながら、ユリウスが思い出したようにぽつりと呟いた。
「先ほど、君を馬車で連れ出した御者に聞いたのだ。君は倒木をただ破壊しただけではなく、薪の形に粉砕して村人たちに与えたと。」
「はい。そのまま倒木を粉砕するのは、周りに危険が及ぶかもしれないと思い……。
魔力を操る経験は浅いですが、小さい頃からじぶんなりにいろいろ試行錯誤していたんです。」
私は少し照れながら答えた。
「見事だな。独学でそこまで操れるのであれば、君には素質があるとおもう。」
ユリウスは短く言い、素直に感心したように微笑んだ。
「すでに聞いているかもしれないが、私はいくつかの魔力を操ることができるのだ。同じ魔力を持つ者として、何か力になれるかもしれない。
それに、屋敷には魔法や能力に関する書物がたくさんある。今度、案内してあげよう。」
「あ、ありがとうございます!」
フェンネルは、自分の魔力を理解してもらえたこと、そして自分の魔力を理解してくれる存在ができたことをとても心強い、安堵した。




