イスタシアン #1
森の中を歩くことしばらく。
めっきり戦闘の機会も減った、と感じる。
(やはり今の私からは強敵の気配がするか・・・)
なんて酔ってはみるものの、これが意外と困ってたりする。
一番は餌となる相手が見つからないこと。
気配を殺して、とか。一瞬で詰め寄って、とか。
手はあるもののある程度視認する必要があり、そして相手はこちらが視認する前にどこかに行っていることが多かった。
しかもこの身体になってから妙に腹が減りやすくなった気がする。
(しかしまぁ)
随分とゴツくなったもんだと自身の腕をさする。
ダリオラとの戦闘を経て進化を果たしたこの身体は、以前の何倍も頑強かつ俊敏に動かすことが出来る。
もはやボスすら余裕で倒せるだろう。そんな自信すらある。
今ならばあるいは・・・
(───いや)
首を振ってふいに湧き上がる好奇心を押し殺し、気持ち足早に歩を進める。
逸ってはいけない。慎重に、確実にだ。
山頂から離れて随分と歩いたが、いまだにイスタシアン?らしき存在はない。
異形でも受け入れるとはダリオラの言葉だったが、いや少しニュアンスが違った気もする。
(何はともあれ会ってみないと、だな)
以前の私とは違い、森の中をがむしゃらに駆けまわることはしない。
気ままに歩き、ときにはそこらの木の実をつまんだり、獣を狩る。
時には酷く渋い木の実に当たることもあるが、それも旅の醍醐味なのかもしれない。
最早、敵はない。
隠れる必要もなく、悠然と闊歩する。
焦る必要もない。
最終目標はあの女に勝つことだ。力を手にした驕りもあるが、今なら最悪逃げ切れるだろうと若干後ろ向きな思いもある。
(む───?)
不意に聞こえた甲高く、澄んだ音。
それが鉄を叩いた音───剣が奏でた音だと理解するのに時間はかからない。
足音を殺し、瞬く間に音の方へ駆け寄る。
(───っと)
影を捉え、付近の木の陰に身を潜める。
(あれは───人だな。そして大型の敵が1体)
狩りの最中なのだろう。
武器を携えた人間が5人。獣に対して攻撃を行っている。
(前衛が3で後衛が2か。片方は弓でもう片方は───おぉ、杖か。ってことは魔法を使うんだな)
人間との戦闘経験から、すでに彼らが不思議な力を使うことは知っている。
それを、とりあえず魔法と定義づけたがあながち間違っていないだろう。
思い描く魔法使いそのままに、杖持ちは杖を振るいこの世界に現象を引き起こす。
(土の弾を飛ばす魔法か・・・弾速はそこまでないが、重さはありそうだな)
着弾間際に前衛が素早く離れることから、彼らは相当長い間共に戦ってきたことが分かる。
間一髪、獣は岩の塊をかわすも。動作が大きくなり隙が生じる。
それを見逃すことなく、素早く詰め寄った前衛の1人が剣を振り下ろす。
鮮血と悲鳴。
勝負は決し、あとは畳みかけるだけだった。
当然、その結末に興味はない。
私の視線は件の魔法使いに向けられていた。
(あれを打った後、大きく肩で息をしている・・・魔法を使うにはかなり体力がいるのか。
それに、あれを打てるなら最初から打てば良かった。やはりチャージ───詠唱みたいなのが必要なのか)
一通り、考えをまとめ直した私は木の陰から顔を出す。
ギョッとした顔を向ける5人は、しかし呆けることは無く剣をこちらへ向ける。
(さて、問題はこいつらがイスタシアンかどうかだが・・・)
違いを聞きそびれたことを思い出し、内心で舌打ちをする。
会話の内容から察するに、おそらく見た目にそう違いはないが、特徴的なものはあるはず。
(見た目は・・・人間だな)
しかし、内面は違うかもしれない。
敵意はないとアピールしながら近づく───
ヒュン、と放たれた矢が頬を掠める。
ジロリと視線を向ければ、おびえた様子で、それでも戦意を失うことなくこちらを睨みつける目があった。
人間たちが怒号を発し駆け出す。
仕方ない、と内心で肩を落とし嘆息する。
(あとは実戦の中で試していこうか)
◇◆◇
(う~む。結局分からずじまいか)
刈り取った首を齧りつつ、何度目かのため息をはく。
解剖学に詳しいわけではないが、調べても記憶にある人の構造とまるで同じだった。
(言語が分からないのが面倒くさいな・・・)
残ったそれを腹に収め、再び歩き出す。
人を殺したことに、もはや罪悪感はない。
心のどこかにあった同族感も既に消え去っている。
そのくせ元人間と言う自覚はあるのだから、おかしな話だ。
(人の意識がある化け物、か)
フッ、と自嘲気味に笑う。
ゴブリンとは自分で名乗った名前ではあるが、存外に気に入っていた。
醜悪な獣───己の利のために貪る怪物。
ピッタリじゃないか。
(しかし、こんだけ敵視されるが・・・イスタシアンはどうなんだ?)
山を下ってからすでに人間との間で数度の戦闘があった。
いずれも殺意を向けられて始まったものであり、友好を築こうという考えはまったく読み取れなかった。
いや、もちろん自分の見た目が化け物なのは理解出来ている。
向こうからすれば殺らなきゃ殺られる状態だったのだろう。
(敵意無いアピールで両手をバンザイしながら歩いてるんだが・・・見た目か?やはり見た目なのか?)
熊が万歳で迫ってくるのを見れば誰でも恐怖を感じるだろ、というのは客観的意見で。
当の本人はそれに気付くことなく、内心で考えを巡らす。
(見た目は人間に近い。肌の色が違うとか、耳の形が違うとか。そんな分かりやすい特徴があれば良いんだが)
この見た目に対して敵愾心を抱かない。そんなやつは文字通り、同族でしかないだろう。
(ダリオラは私のような存在は見たことがないと言っていたな・・・)
この世界のどこかにはいるかもしれない。
そう考えた瞬間、わずかに顔を顰める。
(会いたいような、会いたくないような・・・)
話しの通じる相手であれば良いが、十中八九そうではないだろう。
良くも悪くも欲望に忠実だった。
扱いやすくはあったが、一からとなると少々面倒くささが勝る。
(逃げ切ったのは私だけなのか果たして・・・)
戻って確かめる勇気はないし、確かめる気もない。
全滅したのであればそれまで。仲間意識はまるでなかった。
だがもしも生き残りがいたのであれば。
(・・・)
さて、私はどのような選択肢を取るのだろうか。
◇◆◇
更に数日が経った。
森林地帯はとうに抜け、道も随分と平坦なものに変わった。
大きな発見と言えば、先日街道らしきものを発見したことか。
残念ながら人影はなかったが、路面の跡から今もなお使われている道であることは分かった。
ここで敵対されても面倒だ。
そう考えた私は慎重に進むことに決める。
(あれは───)
そうしてようやく見えてきたもの。
大きな壁だ。横いっぱいに広がっているのが遠目でも分かる。
明らかな人工物に嫌でも高揚感が増す。
(城塞都市ってやつか・・・初めて見た)
前世では知識として持っていた。
目を凝らしてみると、壁の下の方には門があり、そこでは数人の人影がある。
剣を携え、鎧を着こんでいる格好からしてこの街の衛兵だろう。
(う~む。マジで分からん・・・)
遠目から見る限りは完全に人間。
これ以上はもう少し近づかなければ駄目か、とため息をはく。
しかし、これ以上は流石に気付かれるだろう。
遮るものがない平原の真ん中だ。
あるいはすでに気付かれていて見逃されているだけかもしれないが。
(行くしかないか・・・)
街道沿いに歩いていく。
門の前にいた人影が動く。気付かれたか。
両腕を高く挙げながら、構うことなく更に進む。
戦闘の準備は出来ている。あとはどう転ぶか。
相手側からのアクションはない。
ただそれぞれが武器を構え、こちらをジッと見つめてくるだけだった。
距離がまだ開いているからなのか、それとも見極めているのか。
彼我の差が100mを切った程だろうか。
「■■■!」
声が聞こえてきた。
先頭にいた男がこちらに槍を向けて何かを怒鳴っている。
大方、止まれ、だろうか。
しかしすぐに戦闘する気はないようだ。襲ってくる気配はない。
少しだけ安堵しつつ、私は足を止める。
ついでに彼らの様子をよく観察する。
すると、成程。人間とは大きく違う特徴が1つだけあった。
目や顔は人間と全く同じ。背格好にしてもそうだ。
ただ彼等には一様に、大きな角が頭部から伸びていた。
(まっすぐに伸びた角・・・鹿の角とも違うな。例えるなら───鬼)
童話の中でしか知りえない存在。
とはいえ角だけだ。他は全く人間と同じ。
あれこそ、イスタシアンと名乗る種族なのだろう。
こちらを怒鳴りつけた男の傍に、数人のイスタシアンが駆け寄る。
後方では更に数人のイスタシアンが声を掛け合っている様子が見て取れた。
「■■■■■■!■■■■■■■■■!」
先頭の男が再び怒鳴る。何かを問いかけているようなイントネーションだった。
(ふむ)
聞いてた話と違うんだが?
(アイツ!受け入れてくれるって話じゃねーのか!?)
いや、こちらは完全に化け物。相手の反応はもっともだ。
しかし、期待感があったただけに落胆は凄まじい。
とりあえずとばかりに両腕をまっすぐ上に伸ばす。
その動作とともにざわめきが強くなり、警戒が一層高まった気がした。
やらなきゃ良かったと後悔しつつ、とりあえずこの場が収まることを祈る。
ダリオラのように思考で会話が出来る奴が現れれば万々歳。
(思考で会話する術を習うべきだったな・・・)
ここに来るまで何度もした後悔だった。
そうこうしているうちに続々と兵が集まってくる。
全員こちらを一瞥し、顔を引き攣らせたのち武器を構えだした。
ここで戦闘がまだ始まっていないのが人間との大きな違いだろう。それが唯一の救いだった。
始まってしまえば、
(相手せざるを得ない、か───)
思考が冷や水を浴びたように、不意に冷静さが戻る。
目的を間違えてはいけない。
これはあくまでも魔力の習得。
出来ないのであれば、それまで。
(・・・いや、粘れるだけ粘ってみるか。届け私の思い───ッ)
仲良くなりたいだけなんですよオーラを全身で発する。(気持ちだけ)
それが良くなかったのか。ザワリと空気が揺れ、緊張感が一気に高まる。
(なんでだ───ッ。クッ───かくなる上は土下座か?)
問題は少しでも動いた瞬間、戦闘が始まる予感があること。
一旦退く?悪くはない、が警戒が更に高まりそうだ。
その時だった。
「■■■■!」
突如声が響き、兵たちがサッと横にどく。
出来た道の真ん中を、1つの影が悠然と進んでいた。
(お・・・?)
黒い角を2本生やした長身の男だ。
彼等の上に立つ人物なのだろう。明らかに身分の違いが分かる出で立ちだった。
背後からまた1人の男が止めようとする。それを押しのけ、男は兵たちの先頭に立ち、私と対峙する。
こちらに向けてくる眼光は鋭く、そこに油断はない。
敵意、ではない。こちらを計ろうとする目だった。
私もまた視線を返す。敵意はないと、そう伝えるために。
男の眉が小さく動く。
そして、声が響いた。
【私の声が聞こえるか?】
(───ッ!?)
驚いた。
同時に歓喜の気持ちが湧き上がってくる。
【あぁ】
急いで返答をする。
男は驚愕の表情を浮かべ、次いで納得するような表情を浮かべた。
【知性がある獣か。それも相当な・・・目的は?】
【・・・不思議な力を操ると聞いた。私はそれを学びに来た】
男の片眉が小さく跳ねる。
【聞いた?誰から?】
【ダリオラと名乗るドラゴンだ】
【ドラゴン・・・?】
そう聞いた男は首を傾げる。
どうやらドラゴンという単語は聞き馴染が無いらしい。
イメージを送るも、上手く伝わっていないようだった。
しばらく思案の顔を浮かべた後、何かに納得したように小さく頷く。
【お前が言う、不思議な力とやらには思い当たる節がある。しかし、当然だがそう簡単に教えることは出来ない。
そもそもお前は我々の敵かどうかの判断だ】
ごもっとも。
両の腕を挙げたまま、考えるように空を見上げる。
ないものの証明は難しい。とはいえ、今回は簡単に答えが出そうだ。
【───敵であれば、とうにお前らを滅ぼしている】
【・・・なるほど】
ハッタリではない。
これは私の心からの台詞だった。
直感的に理解したのだろう。男は眉を顰める。
【学ぶ目的は?】
片目を瞑る。
虚偽を吐くべきか。率直に告げるべきか。
判断は一瞬だった。
【倒したい敵がいる】
脳裏によぎる少女の影。
男の目が大きく開かれる。
どうやらアイツはかなりの有名人らしい。
そうでなくちゃな、と小さく笑う。
【・・・なるほど、なるほど】
その表情の裏にはどんな考えが巡らされているか、私には想像はつかない。
数十秒の間が空き、男が再度口を開いた。
【・・・目的は、ある程度一致しているわけか。
アレは、我々にとっても大きな障害だ】
(うん?)
敵対しているのだろうか?
こうも似ている種族だ。てっきり友好的な交流がありそうだが。
(いや逆か?似ているからこそ、受け入れ難い、とか?)
【・・・1つ、手合わせを願いたい】
【ん?】
果たしてどのような思考でその結論に至ったのか。
思念での会話が途切れ、男が背後に控えていた男───従者だろうか?───に何かを告げる。
慌てたような身振りを示す従者を一喝し、彼が持っていた武器を受け取ると後方へ下がらせた。
大振りの片手剣。ロングソードというやつか。
鈍い輝きを宿した切っ先は、私の方へ真っ直ぐに向けられていた。
周囲をサッと観察する。今すぐに飛び込んできそうな気配はないが、いざとなれば命を賭しても男を守るという気迫が感じられる。
(さて)
疑問はあるが、思考はすぐさま戦闘モードに。
殺すのは容易い。
男の実力は、見る限りいつか戦った熊よりは強い。しかしダリオラはおろか、ボスの実力にすら届いていないだろう。
だが、それは意味がない。
(ここはわざと負けるのが正解ルートか?)
ある程度の弱さをアピールすれば受け入れてくれるだろうか。
しかし、目の前の男の表情を見る限り、それは良い選択肢ではないように思える。
あくまで思えるだけなのだが・・・
どうしたものか、と悩んでいる間にも男が動き出す。
(───ッ!?)
思いのほか速い。
実力を見誤った?否───この変化は、そのレベルではない。
恐らくは彼等───イスタシアンや人間が使う不思議な力に依存したもの。
驚くべきは、その力の起こりがまるで感じられなかったことか。
幾度か交えた戦闘の最中で見られたモヤが男からは見えなかった。
(いや───)
思い返せば、あの少女からも同じようなモヤは見られなかった。
力の種類に違いがあるのだろうか。興味が増す。
意識を眼前の男に戻す。
男は───まさに剣を振りかぶっている最中であった。
スローモーションのように迫る男の剣を前に私は動かない。
(・・・)
ダリオラとの戦闘以降、意識を集中すれば体感時間を引き伸ばすことが出来るようになった。
戦闘の場面ではもはや無意識的だ。まるで水中で振りかぶられたように迫る剣をかわすことは児戯に等しいだろう。
半歩踏み出し、拳を前に突き出す。殺さないように。しかし、最低限のダメージを与えるように。
瞬間
「───ッ!?」
男の身体がブレ、拳が空を切る。
気付いたら男の身体は拳のすぐ横にいた。
男の腕が後ろへ引かれる。明らかな攻撃のモーション。
反射的に体が動き、突き出した拳を横に薙ぐ。
(しまっ───)
時間の流れが正常に戻る。直後、
「ゴ───ホ───ッ」
加減がされてない一撃が男の胴を叩く。
男の身体がくの字に曲がり、後方へ吹き飛ばされる。
力の抜けた手から剣があらぬ方向へ飛んでいく。
一瞬だった。一瞬で決着がついた。
その事実に、誰もが声を出せずにいた。ただ1人、私を除いて。
手を振り、先ほどの感触を振り返る。
肉を叩いた、というよりは薄い壁を殴ったような手応えだった。ダメージを与えている様子から、肉体を叩いたのは間違いないのだろうが。
(・・・不思議な力だ。ま、追々聞いていくとす───)
そうして今更ながら気付く。
くの字に曲がったまま倒れ伏すリーダー的な男。
それを呆然と眺める周囲の兵たち。
更にはその男を上から見下ろす怪物(私)
(・・・やっちまった)
ここから打開する術を、私は持っていなかった。




