私、定時で帰らせていただきます!
豪華なお城。
綺麗な調度品。
綺麗な服を着た、高級な身分の人たち。
そこに用意された特別な個室。
ここが私の仕事場。
お給料は破格で、たいしたことはしないのにとても高い。
もうしばらく働けば1年はゆうに遊んで暮らせる貯金が手に入る。
「では、次の方ー」
メイドが呼び込むと、おどおどとした美青年が顔を出す。豪華な服、手間のかかったドレープは、一目で庶民ではないとわかる。
「や、やぁシンシア。これ、今日庭でとれたコスモスなんだ。よかったらもらってくれないかな…?」
「ありがとう、アーサー。それで、体の具合はどう?」
「あ、う、うん。お陰様で絶好調だよ。ほら!」
アーサーは腕をまくって見せる。
「君のことを偽物の聖女なんて言ってる人もいるけど、君のおかげでこんなに元気になったんだ。」
ちら、と見るとメイドが時計を指す。
時計の針は17時を指している。
「君の能力は僕が証明する!」
頬を赤らめ、身を乗り出してきたアーサーににっこりと笑ってみせる。
「ありがとう、アーサー。じゃあ、お薬を出しておくわね」
*
私がこの「聖女」という仕事を手に入れたのはたまたまだった。
近年の農作物の不作でお店の業績が悪化し、たまたま職を失いどうしようかとフラフラしているところをこの国の占い師にスカウトされたのだった。
この国には「聖女」という仕事があり、それは民の不調を癒す力があるというもの。
人を助けることが出来る、とても有意義な仕事だと思う。
だけど、この「聖女」はあくまでただの仕事。
時間が来たらそこで帰るようにしている。
*
(さーて、今日は…新しい布が入っているかな?)
るんるんと帰途につく。
まだ明るい路地に鼻歌まで出てしまう。
家に帰ったら何をしようかあれこれ考えていると、遠くで女性の 悲鳴と、重い金属がぶつかるような音があがった。
「キャーーー!」
「ヒヒーーーン!」
馬のいななきまで聞こえてくる。
嫌な予感がする。
私は歩調を早めたけれど、誰かに、
「あっ!聖女さま!」
と呼び止められる。
(見つかってしまった…)
ビジネススマイルで振り返った私。
そこには顔を青くした、城の従者。
(この人は…確か第一王子直属のーー)
「どうか、どうか王子を助けてください…!!!」
嫌な予感は、的中した。
*
王子が顔面蒼白で倒れている。どう見ても、息をしていない。
「聖女様をお連れしました…!」
従者の言葉にみんながこちらを振り向くけど、期待に満ちた顔がすぐに萎んでいく。
そりゃあ、能力の怪しい雇われ聖女じゃそうか。
「おい、誰が呼んできたんだよ」
「隣国の聖女を呼んだ方がいいんじゃないか?」
「隣国まで行ってたら間に合わないでしょう!」
従者たちが喧嘩を始める。
(この第一王子は、たしか聖女崇拝派のひとりーー)
ここで死なれたら私の定時帰りが危なくなる!
私は王子の傍にしゃがむと、そっと目を閉じた。
そして、手を合わせ、祈る。
淡い光が私の前に浮かぶ。
その光を王子に与えるとーー
「お、おい!目を覚ましたぞ!!」
「王子、大丈夫ですか?!」
王子のキラキラとした宝石のような目がこちらを見つめている。
(初めて間近で見るけど、すっごい整った顔をしている)
「君こそが、聖女ーー」
その目がどこか潤んでいるように見える。
「僕と、結婚してくれ!!」