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毒はむ姫と白い花  作者: 夕藤さわな
第三章
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第十六話

「こっちにいたのか!」

 いつものように勝手に裏口のドアを開け、台所から入ってきたのだろう。リザは診療所までやってくると、私宛だという手紙を手渡した。

 ちゃんと食べているのか。街がどうした。領主様がどうした。あの悪魔が死んで国はどうだ、と話していたが、どの言葉もうまく飲み込むことができなかった。

 リザが帰っていくのを見送って、染み着いた習慣で手紙の封を開けた。中の便せんを取り出そうとした拍子に、何かが足元に落ちた。拾い上げると押し花のしおりだった。ぼんやりと眺め、書き物机のすみに置いて、便せんに目を落として。

 文字を見た瞬間、頭の中にかかっていたもやが吹き飛んだ。

「……っ」

 何日もろくに水を飲むことも、声を出すこともしていなかったせいか。喉からはヒュッと笛のような音がしただけだった。だが、それを気にしている余裕はなかった。

 彼女の文字だった。手紙はエララからのものだった。私は震える手で書き物机のライトをつけた。


 ***


 親愛なるマーガレット


 今回はいつもより早めのお手紙です。

 王宮の料理は美味しいけど、ちょっと飽きてしまいました。塩と胡椒の分量が適当で、毎回、味が違うマーガレットの野菜スープが食べたいです。

 そうだ。このあいだの目印。私がお願いしたとおり猫だったけど、全然かわいくなかったです。どうやったら猫のモチーフでこんなに可愛くないのを見つけてこられるの? いっそ才能だと感心してます。

 でも最後に贈ってくれた白と紫の花は、マーガレットにしては珍しく可愛かったです。


 無事に帰れたら一番にマーガレットに会いに行こう。前は振られちゃったけど、帰ったら、今度こそはって、神様にお願いしていたけど。神様は私の願いを叶えてはくれないみたい。もしかしたら、イオ姉様は私が思っているよりもやきもちやきだったのかもしれません。


 母様も、マーガレットも優しいから。気に病まないで、と言っても自分のことを責めるんでしょう。母様には、もう私の言葉は届かないかもしれない。でもマーガレットは私のわがままを聞いてくれるでしょ?

 これが私の最後のわがままです。マーガレットはお医者さんに戻って。


 マーガレットにとっては大切な人の妹で、まだまだ子供だったかもしれないけど。私にとっては最初で最後の恋でした。

 最後に贈ってくれたマーガレットの花。マーガレット自身だと思って、持っていきます。勘違いだってわかってるけど、思うくらいはいいでしょ?

 偶然にも私の瞳と同じ、紫色のマーガレットも贈ってくれたので。こっちの花はしおりにして送ります。ずっと見ているから。私が迎えに行く日まで、きちんとお医者さんをして。今から死のうとしている私が言うことじゃないけど。おばあちゃんになるまで、ちゃんと生きてね。


 ***


 エララより――と、いう署名で手紙は終わっていた。いつもどおりに。

 書かれた文字は乱れてもいなければ、薄くもなかった。丸い文字で、スペルミスが多くて、しっかりとした筆圧で書かれた、いつもの彼女の――エララの文字だった。


「勘違いでも、偶然でも……なかったのに」


 母の死から立ち直れずにいた私を支えてくれたのは、親友のイオだった。イオに支えられて、診療所を継いで。でも、イオもあの悪魔に殺されて。

 惰性で続けていた診療所も、毒の生成に携わるようになってあっさりと辞めた。解毒剤を完成させるために、二十四人と六人を犠牲にした。

 医者どころか人間であることをやめた私を、引き戻してくれたのはエララだ。イオへの想いや、自分の手の汚さに拒絶してしまったけれど。私はとっくに彼女を愛していたのだ。


 手紙といっしょに入っていたしおりを抱きしめた瞬間。私は子供のように泣いていた。イオが死んでから、エララの死まで。一度も流れなかった涙が、一気にこぼれ落ちた。


 激しくドアを叩く音に、何事かと袖口で目元を拭って、慌てて台所に向かった。

「マーガレット……!」

 開きっ放しの裏口にはリザと中年の女性が、青い顔で立っていた。

「この子、高熱を出して何日もうなされてて。意識がないみたいなんだ。急いで診てくれないか!?」

 しゃがんだリザの背中には男の子がぐったりとしていた。

「病人なら領主様の邸に……」

「領主様のところは、そんな状態じゃないって話しただろ!」

 リザに怒鳴られ、私は首をすくめた。話していた気もするが、記憶に残っていない。

「領主様が自殺した。領主様の邸で面倒を見てた寝たきりの六人を殺して、自らも毒を飲んだらしい。邸は大騒ぎだよ。村のやつらがいっても門前払いだ!」

 睨みつけるリザと、すがるような母親の目から顔を背けようとして。開けっ放しのドアから入り込んできた風が、私の手からしおりを奪った。足元の紫色の小さな花は、叱りつけるようにか。大人びた微笑みを浮かべるようにか。こちらを、じっと見つめていた。


 医師に戻ることが罪滅ぼしだなんて、そんなことはあり得ない。失くした命は何物でも贖えないのだから。

 ただ、どちらにしろ、私はお姫様のわがままを聞かなくてはいけない。彼女に初めて毒を飲ませたあの日、そう誓ったのだから。


「準備をするから、少し待っていて」

 しおりを拾い上げた私は、そう、リゼに告げて診療所へと戻った。かびた毒を捨て、白衣を羽織るために――。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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