もう一人の従姉
「ねぇ、今日は、やたらと視線感じない?」
学校へ向かう一本道を歩きながら、小声で、エミリが囁いた。
昨日も少なからず視線は、合った。特に男の子からの……
でも、今日は、明らかに違う女の子の視線。
「俺のファンじゃないの?」
和人は、冗談とも本気ともとれる顔で腕を組ながら言う。
エミリが、顔をしかめ口を開きかけたが、そのまま閉じた。どうやら、昨日の公言を思い出し、我慢したようだ。
「視線というより、睨まれているみたい……」
「そうだな。悪意を感じる」
真生の意見に柊哉も賛同する。理由が分からない。取り敢えず、様子を見るしかなさそうだ。重い足取りで、五人は学校に向かった。
「おはよー」
昨日の件で、人気者になった和人が、軽い感じで、挨拶をしながら教室に入る。
「おはよう」
男女とも口々に明るい挨拶を返す。
真生、エミリ、柊哉の順で、教室に入る。特に変わった様子はない
ように思われたのだが……
「おはようございます」
美優が、皆に続き教室へ入る。
「如月さん、おはよう」
「おはよう」
「おは……」
数名の男子が挨拶を返す。……が、女子に睨まれ、皆、口籠もる。
女生徒達が、一斉に冷ややかな目で、美優を一瞥する。
(何……?)
冷たい視線。
恐怖で足が竦む。
身体が氷付いたように、動かない。
(どうして? 私、何か悪い事したかしら?)
悪意のある瞳に晒され、美優は、軽いパニックを起こしそうになった。
さっと、広い背中が美優の視界を遮る。
皆の視線から隠すように、柊哉が、美優の前に体を移動させたのだ。
とても、温かい背中――
小声で柊哉が囁く。
「とりあえず、席に着こう」
柊哉の背中に隠れるように、一番後ろの自分の席に着いた。
(ここなら、冷たい視線を浴びなくて済む)
ギュッと爪の跡が付く程、強く手を握り締めた。
「なぁ、一体全体、どうなってるんだ」
席に着くなり、困惑顔で和人が後ろを振り返る。
「さぁ、分からない。分からないけれど、この視線は、美優に向けられているのは、確かだ」
考え込むように、そっと眼鏡の縁を押さえた。
エミリと真生も神妙な面持ちで、ただ黙り込んでいた。
午前の授業は、無事終了。今のところは、何も起こってはいない。
(この席で、良かった)
美優は、和人に感謝していた。一番後ろの端なので、誰の視線も授業中は、気にする必要がない。
そして、休み時間の度に顔を伏せていた。人の視線に気付かぬように――
このままでは、おかしくなりそうだ。
「美優、これ……」
昼休みに、エミリが一枚の紙をそっと差し出した。
どうやら、パソコンからプリントアウトした物のようだ。差し出されるままに、美優は、受け取った。
「これは……」
美優は、唇を噛んだ。
用紙を持つ手がプルプルと震える。
その様子に柊哉達三人も用紙を覗き込んだ。
「それ、全校生徒にメールで、昨日、送られたそうよ。さっき、同じ十二名家だから、他人事だと思えないって、師走さんが教えてくれたの」
師走冬子は、美優と同じDクラスで十二名家の一つ。エミリの隣の席に座っていた為、授業中に密かに教えてくれたらしい。
「で、さっきパソコン確認したら……」
パソコンの画面が皆に見えるように横に向ける。
「…………」
それを見た四人も慌てて自分のパソコンを確認する。
「私の所にも来てる」
「俺の所も……」
真生と和人は声をあげるが、美優の所には届いていなかった。
柊哉は?と見ると黙って首を横に振ってみせる。
どうやら、二人は意図的に外されたようだ。
内容を確認しようと手に持った用紙に目を落とす。
そこには、美優自身知らない事が書かれていた。
十二名家は、強い魔力を維持する為に近親婚を行う。
これは、魔法使いなら、誰しもが周知する内容。美優にとっては、初めて知ったのだが。
問題は、ここからだ。
如月美優は、十二名家の慣わしを利用し親の権力をかさにして、如月慶と無理矢理婚約した。
「嘘です。こんな事」
美優は、思わずガタリと立ち上がる。
「本当に嘘かしら?」
後ろのドアより、長い睫毛に涼やかな瞳の美人が声を掛けてきた。真っ黒な黒髪に、肩で揃えた髪が、日本人形を思い出させる。青の制服――どうやら、二年のようだ。
「嘘です。見ず知らずの方に、そんな事言われたくありません」
美優は、珍しくキツい口調で返した。
「あなたなんにも、知らないのね」
小馬鹿にしたように、美優の元に歩み寄り見据える。
「いい加減にしなさいよ。失礼よ」
エミリが庇うように、美優に加勢する。
「失礼なのは、どちらかしら? 従姉の顔も知らないなんて……」
(従姉……!!)
美優は、驚愕した。
「如月雪乃。貴女のお父様の兄の娘よ」
「従姉か……そういや、どことなく慶に似てるな」
和人が、柊哉に耳打ちする。
「本当に貴女、何も知らないのね。なら、教えてあげる。貴女が、無事に魔法学校を卒業したら、如月慶との婚約が発表される予定よ。一族繁栄の為、より強い魔力を望む貴女の父親は、当主なのを良い事に、慶との結婚を迫ったのよ」
「嘘よ。お父様は、何もおっしゃらなかったわ」
震える唇で美優は告げる。
クラスメイト達が、興味深そうにこちらを見ている。
「良いわよね。汚い事は、他の者にさせて、自分は聖母面で欲しい物を手に入れる」
雪乃の言葉に、悔しいが美優は、反論出来ない。
(雪乃さんの言葉は、あながち間違ってはいない……私は、誰も何も言わないのを言いことに、嫌な事から、目を逸らしてきた。知る努力もしないで……)
真っ直ぐに、雪乃を見る事が出来ずに視線を落とした。
「それぐらいにしたら、どうですか?」
柊哉が口を挟む。
それは、とても静かな口調。静か過ぎて、逆に怖いくらいだ。
「な、何よ、貴方には、関係ないでしょ!!」
柊哉の迫力に押されて、一歩後退りつつ、声を荒げた。
柊哉は、淡々とした声で続ける。
「それは、貴女も一緒でしょ? 貴女は如月慶の恋人ですか?」
「違うわよ!!」
「ならば、彼を愛しているのですか? それなら、単なる彼女に対する嫉妬。彼女に文句を言える立場では、ないのでは?」
「…………」
雪乃は、悔しそうに奥歯を噛み締める。
「馬鹿馬鹿しい。もう、いいわ」
吐き捨てるように言い残し、雪乃はその場を逃げるように後にした。
教室内は、誰も言葉を発することが出来ずに、静寂に包まれていた。