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魔法使いの娘  作者: 彩華
第一章 入学
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氷の貴公子

 自己紹介・カリキュラムの説明で午前中は終わり。午後からは、部活動の説明会。

 今は、昼休み、ランチの時間だ。エミリと真生に誘われ食堂に向かう途中。

 勿論、柊哉も一緒。


「大体、何で、あんたも一緒なのよ」


 先程から、エミリは、不機嫌だった。その原因は――


「うるせーな。柊哉さんに誘われたんだよ。嫌なら、お前が来なきゃいいだろ。俺は、美優ちゃんと食べたいんだから」


 喧嘩ごしに和人が答える。

 エミリは、いやに和人を毛嫌いしているように見える。


「美優ちゃんですって……馴れ馴れしい。私だって、まだ呼んでないのに」


 苛立ったように、爪を噛む。

 そんな、怒る事では無いと思うのだが。

 ポニーテールの髪を揺らし、キッと此方を振り返り、早口で捲し立てる。


「如月さん、美優って呼んでも良い? 私の事もエミリって呼んで。大谷さんもね」


(何だか、二ノ宮君の事となると野田さん怖い)


「はい」


 美優と真生は、同時に返事した。柊哉は、苦笑いを浮かべている。




 食欲をそそる美味しそうな、香りが立ち込める。

 食堂内には、違う色の制服を身に着けた、先輩方も来ていた。チェックの色が青が二年でえんじ色が三年。三学年が使う為、かなり広い。食堂といっても、お洒落なレストランのようである。綺麗にテーブルと椅子がセッティングされている。



 それぞれ、好きな物を注文し、トレーを持ってテーブルへ。



「ちょっと、あんた。何で私の前に座るのよ」


 エミリが、和人を睨み付けながら言った。

 第三戦が始まったようだ。

 思わず、三人は同時に深いため息を吐いた。


「仕方ないだろ、柊哉さんの隣に座るとここになるんだから。嫌なら、お前が、動けばいいだろ?」


「嫌よ。私は、美優の隣がいいの」


 大きな声で騒ぐ二人。何事かと、皆の視線が集まる。美優は、頭を抱えた。


「……優……」


 そんな騒ぎの中、誰かに名前を呼ばれたような気がした。キョロキョロと辺りへ視線を配る。相変わらず、二人はキャンキャンと言い争いをしている。



 食堂の入口に見覚えのある男の子――

「慶くん!」


 美優は、顔を輝かせ走り寄った。


 如月慶きさらぎけいは、美優より、一つ年上の従兄弟である。

 切れ長の冷めた瞳。人形のように綺麗に整い過ぎた顔。感情を表に出さない為、クールな印象を皆に与えている。


 ざわざわと食堂内が、ざわめき立つ。先程まで、エミリと和人に向けられていた周囲の視線が、今は、慶に向けられている。

 特に女の子は、クールな彼に熱い視線を送っている。




「慶くん、お久しぶりです」


 久しぶりに会えた嬉しさで、満面の笑みを浮かべて美優が言った。


「あぁ、一年ぶりだね」


 美優の笑顔を、眩しそうに見ながら答える。二人並ぶと美男美女のカップルで、絵になる。喧嘩をしていた和人とエミリでさえ、ざわめきに気が付き二人に視線を送っていた。


「慶くん、全然、会いに来てくれないんですもの」


 拗ねるように、唇を尖らせる。美優が他人にこんな態度を取るのは、珍しかった。それだけ、彼に心を許している証拠なのだろう。


「ごめんな、なかなか会いに行けなくて……学校とか……色々あって……」


 慶は、口籠もり、そっと目をふせた。彼にしては、珍しく煮え切らない態度。

 だが、すぐにパッと視線を上げ


「そういえば、昨日、倒れたって聞いたんだけど大丈夫か?」


 心配そうな瞳を、こちらに向ける。様子を見に、わざわざ来てくれたみたいだ。


「はい、大丈夫です。ご心配をおかけして、すみません」


 美優は、ペコリと頭を下げた。


「大丈夫なら、いいんだ」


 そう言って、美優の髪を優しく撫で、微笑んだ。


「キャー」


 女の子達の黄色い叫び声が食堂内にとぶ。普段は、食堂など、人が集まる場所には、姿を見せない慶。珍しく姿を見せ、その上、滅多に笑わない慶が微笑む。騒ぎにならない訳がない。

 貴重な笑顔に、後押しされるよう、遠巻きに見ていた女の子達が、いつの間にか、美優と慶を取り囲んでいた。もっと、近くで見たい。そんな心理が働いたのだろう。

 何かきっかけでも、あろうものなら、一気に押し寄せて来そうだ。美優は、身の危険を感じていた。

 慶も面倒臭そうに、女の子達を冷たく一瞥している。



「教室に戻られた方が良いのでは?」


 静かな声で、言葉を掛けられる。人混みの合間を縫い、涼しい顔で柊哉が二人の元まで、出てきた。


「君は?」


「柊哉さん」


 慶と美優が同時に言葉を発する。


「柊哉……」


 美優の言葉を聞き取り、ボソリと呟きながら、慶は思い出すように、眉を寄せた。美優に会いに行った時に、何度か聞いた事がある名前。実際に会った事はなかったが――


「あぁ、確か美優の家庭教師だった?」


 冷たい視線を、慶は投げ掛けた。何故、こんな所に家庭教師風情がいるのかと言わんばかりに。


「はい、湊柊哉です」


 柊哉は、平然と答えた。

 柊哉の周りに、刺すような冷たい空気が漂う。慶が発した威嚇のオーラだ。多分、他の者は、気付いていない。そのオーラは、柊哉を試すように、柊哉にのみ、向けられていた。



「このまま、ここにいると、怪我人が出る恐れがあります。つもる話は、また別の機会になされれば?」


 気後れする様子もなく、飄々と柊哉が言う。


 慶は、柊哉を値踏みするように、じっと見つめた。

 しばらくの間――

 そして、目線を柊哉から外す。慶のオーラも、それと同時に消え去っていた。


「そうさせて、貰うよ。騒がれるのは、好きではない……美優、後で連絡する」


「はい」


 柔らかそうな髪を揺らし、美優はコクりと頷いた。


 それを確認するやいなや、慶は、風を切るように、足早に立ち去る。

 そして、思った。

 あの男は、何なんだ。俺のオーラにすら、気付かなかった。何故、美優の傍に、あんな、無能な男がいるんだと――




 慶がいなくなると、取り囲んでいた子達も、散り散りに散って行く。

 女の子達は、先程の慶の話題で持ち切りだ。


「柊哉さん、ありがとうございます」


 美優は、エミリ達の元に戻りながら、お礼を言った。


「いや、あのままだと、パニック状態になりそうだったからね。それより、あっちの二人も、今の騒ぎで納まったみたいだ」


 柊哉の言葉にエミリと和人を見ると、二人も驚いたように、此方を見ていた。




 真生・美優・エミリ、そして、真生の前に和人、美優の前に柊哉で、何とか席も落ち着いた。

 エミリもおとなしく、パスタを頬張っている。


「あの方は、美優ちゃんの彼氏? 美男美女で、お似合いです」


 先程の甘い雰囲気から、勘違いした真生が言った。


「えぇぇぇ、氷の貴公子が彼氏なの?」


 エミリが、凄い剣幕で美優に詰め寄る。


「ち、違います」


 詰め寄られ、焦ったようにプルプルと、思い切りかぶりを振る。


「やっぱり、そっか。良かった……私、ああいうタイプ苦手なの」


 何が“やっぱり”なのか分からな

いが、エミリは、安心したように言う。


「俺も、ああいうすかした奴は、ちょっとな……」


 和人が同意する。


「そうよね」


 エミリが、ウンウンと頷いている。


「ちょっと、二人とも……」


 真生が、こちらをチラチラ見ながら、二人を諌める。


「ああ、苦手って言っても嫌いとかじゃないのよ。ただ、ちょっと話したくないなとかぐらいで……」


「そうそう。出来れば、関わりたくないってだけさ」


 二人は、あたふたと美優にフォローにならないフォローをいれた。


「もう……」


 真生は、すっかりあきれ顔。

 美優は、そんな事、気にも留めていなかった。

 そんな事より、もっと気になった事があったのだ。


(あれ、二人とも珍しく気が合っている。もしかして、この二人は意外に気が合うのかも……)


 二人を見比べながら、美優は、思った。

 同じ事を思ったのか、柊哉がクスリと笑いながら、二人に突っ込んだ。


「珍しく、気が合ってるな」


「うっ……」


 二人は、一瞬顔を見合せ、お互いそっぽを向いた。

 カラカラと氷の音をさせながら、アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、美優がエミリに尋ねる。


「氷の貴公子って、慶くんの事ですよね?」


「そうよ。二年生にして、生徒会長。頭脳明晰、強い魔力を持つ出世頭。おまけにあの容姿。クールで氷の魔法を得意とし、品がある事から、周りからは、氷の貴公子と呼ばれているの。紅蓮の騎士ないとと呼ばれる葉月炎はづきえんとこの学校を二分する人気者よ」


 フォークを器用にクルクルと振り回しながら、エミリは熱弁する。


「慶くんって、そんなに人気あるんですね。知りませんでした」


 ほぅっと感心するように呟いた。真生とエミリは、顔を見合せた。


「近くで、美形を見続けると、見慣れるのかしら?」


 真生が小首を傾げる。


「違う、違う! 美優の美的センスが人とは違うのよ。ねっ?」


 チラリと柊哉に、一瞬だけ目線を写し、美優にウィンクした。


(エミリちゃん、もしかして気付いてる?)


 美優は、ポッと頬を染めた。


「?」


 他の三人は、不思議そうな顔をしていた。






 ―午後の部活動説明会―


 講堂には、全ての一年生、部活動の代表、そして、生徒会が集まっている。

 美優達も、その中にいた。昨日、入学式があった講堂。美優の表情は、曇っていた。昨日の事が脳裏に浮かぶ。また、体調を崩すのではないかと不安だった。


「美優、大丈夫?」


 柊哉が、美優を気遣って声をかける。


「はい、大丈夫です」


 自分に言い聞かせるように言った。


(大丈夫、昨日は寝不足だったせいだ)


 見覚えのある、女性が此方に近付いて来る。保健士の住田だ。白衣のポケットから、何かを取り出す。


「如月さん、良かったら、これ持っていて。季節外れなんだけど」


 そう言って、差し出したのは、真っ白な雪だるまのイラストが入ったスマホケース。美優は、手に取った。確かに時期外れだ。


「可愛い。でも、どうしてですか?」


「それには、魔力の干渉を防ぐ魔法が掛けられているの。これで、昨日のような事は、無くなる。まぁ、私としては、保健室に来てくれた方が話し相手も出来て、嬉しいんだけど」


「魔法?」


 どれどれという感じで、柊哉達四人も美優の手の中にあるストラップを覗き込んだ。


「へー、普通のスマホケースにしか、見えないっすね」


 和人が言う。


「そうですね、でも、可愛い」


 真生が言った。


「いいなぁ。私も欲しい」


 そして、エミリ。皆、思い思いの感想を口に出す。

 柊哉は、一人黙ってスマホケースを見つめていた。


「わざわざ、ありがとうございます」


「いいの、いいの。可愛い生徒の健康管理も保健士の仕事の一つだからね。これで、もう安心よ。大船に乗った気持ちで、どーんと構えなさい」


 自分の分厚い胸を、叩きながら言った。


「はい」


「じゃあ、私は、これで……たまには、保健室に遊びに来てね」


 何か用事があるのか、今日は、何も言わなくとも、すんなり立ち去って行った。



「…………」


 柊哉は、黙ってその後ろ姿を見送っていた。

 講堂の時計をチラリと見る。始まりまで、まだ少し時間がある。


「美優、忘れ物をしたので、取りに行ってくる」


「あっ、はい。でも、あまり時間がありませんので、急いだ方が……」


「分かってる」


 言うや否や、柊哉は、走り出していた。



 講堂を出た所で、目的の忘れ物を、柊哉は見つけた。


「住田さん、待って下さい」


 前を歩く丸みを帯びた背中に声を掛ける。走ったせいで、息が切れる。


「あら、湊くん、どうしたの?」


 驚いて、小さな目をパチクリさせながら、住田が尋ねた。


「先程のスマホケース、ただのケースですよね?」


 住田が凍り付くように固まる。……が、何か思い付いたのかニヤリと不適に笑う。


「ありゃ、もうばれちゃった? 正直者だから、嘘は苦手なのよね。でも、これで秘密を共有する仲間が出来た。一人だと心苦しかったねよね。湊くんは、そーゆうの得意そうね」


 ホッとしたように住田が言う。どうやら、早々に立ち去ったのは、心苦しいせいだったようだ。


「人を嘘吐きのように言わないで下さい」


 思わず苦笑し、柊哉は、突っ込みをいれた。


「でも、何故嘘を?」


「如月さんが、魔法を使えないのは、強い魔力のせいもあるけど、精神的なものが大きいと思うの。昨日の事だって、周りに気を配り過ぎたせい。それにあの子自身が気が付いた時、証明の一つになると思うの」


 柊哉は、正直、驚いていた。住田に、そこまで洞察力があるとは思っていなかった。もし、あったとしても、こんな方法を思い付くとは、夢にも思わなかった。


「住田さん、凄いです。昨日会ったばかりなのに、よく分かりましたね」


「やだ、私に分かる訳ないじゃない」


 笑いながら、右手を否定するように動かした。


「えっ?」


 柊哉が聞き返す。


「あっ……」


 不味いと言う顔をし、右手を口に当てた。柊哉が、住田を問いつめようとした……


 その時、午後の授業が始まる予鈴が鳴る。既に、廊下には、柊哉と住田以外誰もいない。シンと静まり返っていた。

 追求から、逃れられる方法を見つけ、安心したように言った。


「ほら、予鈴が鳴ったから、早く戻った方が良いわよ」


 柊哉は、渋々、頷いた。

 満面の笑みで、柊哉を送り出した。




「良かった。間に合って……」


 胸に手を当て、美優は、ほっと胸を撫で下ろす。走って来た為、柊哉は、額にうっすら汗を掻いていた。


 本鈴が鳴る。

 本当にギリギリセーフだったようだ。


「では、これから部活動説明会を始めます」


 進行係の女の子が開会の言葉を宣言する。制服が青なので、二年生のようだ。


「最初に、生徒会執行部の紹介をさせて、いただきます。私、本日、司会進行役を勤めさせていただく、生徒会の書記、卯月爽うづきさわです。宜しく、お願いします」


 堂々とした、面持ちで、丁寧に頭を下げた。


「生徒会の方は、壇上へお願いします」


 その言葉を合図に七名の役員が、壇上に姿を現した。

 一年生の席がザワザワと騒ぎ出す。特に女子生徒達の視線が一人の男性に釘付けになっている。如月慶である。


「ねぇ、ねぇ、あの人かっこいい」


「本当、なんて名前なのかしら」


 などと、そんな囁き声がチラホラ耳に入ってくる。

 勿論、一年生は、名前、ましてや氷の貴公子などという、あだ名はまだ知らない人が殆どである。


(エミリちゃんの言う通り、慶くん、やっぱりモテるんだ)


 壇上に上がって、堂々と自己紹介し始めた慶の姿を眺めながら、美優は、改めて実感していた。


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