クラスメイト
長い廊下を歩き、いくつかの教室の前を通る。目的の場所、Dクラスのドアの前。中からは、楽しそうな話し声が聞こえる。逸る心臓の音を抑えるように、美優は、大きく深呼吸をした。
柊哉の後に着いて、前側のドアから、教室に入る。
教室内には、既に、ほとんどの生徒が来ていた。席に着き、思い思いにお喋りに花を咲かせている。
(皆、いつの間に仲良くなったのかしら? 色々な場所から、来てる訳だから、最初からの知り合いではないわよね??)
美優は、目をパチクリさせた。
ざわついていた室内が静まり返る。美優に、気が付いた生徒達が、興味本位な視線を送る。時折、如月さんだと言うヒソヒソ声が耳に入る。エミリの言う通り、顔と名前が既に周知されているようだ。一気に注目を浴びた美優は、怖くなり、柊哉の背中にそっと隠れた。
緊張で、顔が強張る。
「大丈夫、皆、美優と友達になりたいだけだから」
安心させるように、美優にだけ、聞こえるような小さな声で囁いた。
「お二人さん、ここ空いてるよ」
ヒソヒソ声の中、茶髪のパーマにピアス、制服を着崩したチャライ男の子が、自分の隣の席とその前の席を指差し、堂々と声を掛けてきた。
教室内でも、その男の子の容姿はかなり目立っていた。
男の子の周辺の席は、ガランとしている。彼の左側、つまり窓際の後ろの三つ、そして彼の直ぐ前と右側の席とその前。畑違いの彼を、皆、敬遠して近づかないようにしているようだ。
美優達は、呼ばれるまま、その場所へ向かう――というか、その辺しか、もう空いていないのだ。
(どうしよう……)
どの席に座るか考えるように立ち止まる。
「美優ちゃん、ここにしなよ」
そう言って、男の子は、自分の隣の席を指差した。窓際の一番後ろ、確かに特等席だ。美優は、躊躇したが、断る事が出来ずに、言われるままに席に着く。
それに従うように、柊哉は、美優の前に座った。
机の上には、真新しいパソコンが一台置かれている。
これが教科書となる為、一人一台ずつ必ず学校から支給されるのだ。
「具合、もう大丈夫なん?」
男の子が馴れ馴れしく、話しかけてくる。
「えっ、あっ、はい」
戸惑いがちに、返答する。
お嬢様の美優には、今まで、会った事のないタイプだ。美優は、何を話して良いか分からず、視線を机に落とした。
「あー、あんた何してるのよ。如月さん、怖がってるじゃない」
教室中に、響き渡る声。いつの間にか、エミリが教室に来ていた。エミリの容姿も、この教室内において、際立って目立っていた。
ツカツカと足音をたて、此方に近づいて来る。
「何って、何もしてないだろ。人聞きが悪い。なぁ?」
突然、悪者扱いされ、不機嫌そうに、柊哉に同意を求めた。同情した柊哉が庇う。
「ごめん、彼女、人見知りする達だから」
「でも、怯えてるじゃない。あんた、あっちに座りなさいよ」
命令口調で、柊哉の前の席を指差す。どうやら、美優の隣に座る為の口実のようだ。
「何で、俺が動かないと行けないんだよ」
不満そうな声を上げる。
クラスメイト達は、見て見ぬ振りをしている。揉め事に巻き込まれるのは、ごめんと言わんばかりに。
「男は男同士、女は女同士よ。ねっ、如月さん?」
急に話を振られ、どうして良いか分からず、美優は曖昧な笑みを浮かべた。
「ほらっね。あっ、大谷さんは、私の前の席ね」
そんな美優のとまどった様子に、男の子は、とりあえず身を引き、荷物を持つ。
勝ち誇った顔で、一緒に来た女の子にも指示を飛ばす。大谷と呼ばれた女の子も黙って、エミリの指示に従う。エミリは、満足そうに頷いていた。
大谷と美優は、顔を見合せて苦笑い。
「えっ、何か可笑しい?」
エミリの言葉に、思わず二人は吹き出した。
二人の笑いの意味が分からず、エミリはキョトンとしていた。
ひとしきり笑い、おさまった所で真生は自己紹介をした。
「私、大谷真生です。野田さんに聞いたんですが、同じ、寮生ですよね?」
「はい。如月美優です。これから、宜しくお願いします」
「こちらこそ」
二人は挨拶を交わし、にっこりと微笑みあう。
穏やかで、おとなしそうな女の子だ。
(仲良くなれそう)
(良かった。野田さんが、隣で)
男の子には、申し訳ないが、美優は、ホッとしていた。
住む世界が全然違う彼とは、何を話したら良いか、分からなかったのだ。
ぼんやりと席を移った男の子を眺めていると、柊哉が不機嫌な男の子に、すかさずフォローを入れていた。
「二ノ宮君、悪いね。迷惑かけて」
「いえ……」
年上の柊哉に頭を下げられ、罰が悪そうに答えかけ、ふと気が付いたように、素っ頓狂な声を上げる。
「あれっ?? 何で名前知っているんだぁ?」
怪訝そうに首を傾げている。
そんな姿を可愛らしく思い、美優の頬は自然と緩んだ。
二ノ宮が柊哉に名前の件を尋ね様と口を開きかけた……
キーンコーンカーンコーン
校内中にチャイムの音が響き渡る。
始業を知らせるチャイムだ。
授業が始まってしまった為、結局、その理由を聞く事が出来なかった。
チャイムが鳴りおわるのと、同時に紺のスーツを身に着けた男性が、教室に入って来た。
どうやら、担任のようだ。スラリと背が高く、温和な感じの先生だ。
歳の頃は、柊哉と同じか、少し上位に見える。
教卓の前に立ち、ぐるりと一瞬、教室を見渡した。
いつ座ったのか、気が付かなかったが、エミリの隣の席とその前の席、全て埋め尽くされていた。
「今日から、このクラスを受け持つ、阿相浩三です。私も皆さんと同じ教師の一年生です。至らぬ点があると思いますが、宜しくお願いします」
緊張した面持ちで、丁寧に頭を下げる。
クラス内が、一瞬騒つく。新米の先生なので、皆、不安を隠せない。
だが、美優は、一人別の事を考えていた。
(立場が違えど、私と同じで初めてなんだ……良かった、優しそうな先生で)
ホッと胸を撫で下ろした。
「では、皆さんの名前を覚える為に、一人ずつ自己紹介をして貰います。では……」
誰から始めようか教室内をぐるりと見回し、ピタリと視線を美優に止めた。
「窓際の一番後ろから、お願いします」
突然、指名され、ドキリとする。頭の中は、真っ白。促されるままに、立ち上がる。皆が、静まり返って、何を話すのか期待に満ちた目で、此方に注目する。緊張で、口の中がカラカラ。
「如月美優です。宜しくお願いします」
何とか、声を絞り出し、頭を下げた。名前を言うのがやっとだ。
簡単過ぎる挨拶に、拍子抜けしたように教室が静まり返った。何とも言えない空気が漂う。
「…………」
ドッと汗が噴出してくる。
どうして良いか分からずに、美優は、黙って立ち尽くしていた。
みかねた柊哉が助け舟を出す為に、続いて自己紹介をしようと腰を浮かしかけた……
「ヨロシクー」
突然、二ノ宮が後ろを振り返り、にこにこと笑顔を浮かべ返事を返して来た。
しばらくの間-―
クラス中で、どっと笑いが起きた。一気に、教室が和む。いつの間にか、美優から男の子へ、クラスの視線は、移っていた。
「はい、静かに……では、次の人」
笑いを納めるように、先生は、促した。
「ふぅっ」
緊張をほぐすように、息を吐き、美優は椅子へしゃがみ込む。
(一番で、良かったかも。待ち時間が、長いと余計緊張してたみたい。それにしても、私を助ける為に、わざと言ってくれたのかなぁ……)
そつなく自己紹介を終えた柊哉から、二ノ宮に順番が回る。
「二ノ宮和人です……」
クラスメイト達も先程の件で、興味を持ったのか注目している。
堂々と挨拶をする二ノ宮を、見つめながら思った。
(見た目と違って、気の利く人なのかも……それにしても、柊哉さんは、何故、彼の名前を知っていたのかしら?)
いくら、考えても答えは、出て来なかった。




