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魔法使いの娘  作者: 彩華
第二章 千年樹の杖
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パートナー

思い付きで書いている為、違う話を追加する事になり、少し時間がかかっていますが、どうかお付き合い下さい。


 こじんまりとした指導室に三人――教師と生徒二人が四人用の机に向かい合って座っている。

 その生徒二人とは、如月美優と湊柊哉だ。

 指導室といっても、今回は何か問題が起きて呼び出しされた訳ではない。これから、ここで授業を始めるのだ。



「阿相先生が、教えて下さる事になって良かったです」


 美優は、ホッと胸を撫で下ろし頭を下げる。出来れば、他人にはあんまり知られたくないと思っていたのだ。


「引き受けて下さってありがとうございます」


 柊哉も続けざまにお礼の言葉を述べた。


「いえ、お礼を言われるような事は何も……」


 微かに頬を引きつらせ、ぎこちなく答える阿相。


「少し外の空気と入れ換えましょうか」


 まるで、話をそらすように呟き、換気の為に窓を開けに立ち上がる。

 そもそも、何故三人で授業を行う事になったかというと、それはつい先日にまで遡る。






 ヒンヤリと冷たい杖の感触が指先を通して伝わってくる。


「どうして……」


 穢れのない真っ白な杖の先を見つめながら、思わず美優は声を洩らした。


 色々な事があり学校を休んでいた為、数回魔法実習の授業が受けられず、すぐに杖を手にする事はなかった。

 そして、登校するようになり、三度実習を受け、今日で四度目になる。

 なのに、いまだ魔法の魔の字すら使えずにいた。

 それどころかあの時の感覚、そう初めてこの杖を手にした時の感覚すら、あれ以来感じた事がないのだ。

 あれは何かの間違いだったのでは?と思えてならなかった。

 美優が初めて授業を受けた時、クラスメイト達は、どんな凄い魔法を見せてくれるのかと、皆、美優に期待していた。

 だが、その期待に応えられる事はなかった。

 最初は「あんな事があった後だから」と口々に言っていたクラスメイト達だが、二度目三度目になると、期待から失望へと変わる。

 あぁ、やっぱり魔力は強いが魔法を使えないと言う噂は本当だったのかと――

 口では何も言わないが、哀れみの目を向ける。入学前から覚悟はしていたはずなのに――

 魔法を使えない美優にとって、如月の名は只の重荷でしかない。




「如月さん、焦りは禁物ですよ」


 美優の溢す声が聞こえたのか、魔法実習の授業を担当する下村が声を掛けてきた。


「下村先生」


 美優は集中を解き、顔を上げた。端から見ても、その顔に焦りの色を孕んでいるのが分かる。


「授業で習ったと思うのですが、心が魔法に影響すると――」


「はい、分かっています」


 頭では分かっているのだ。


(だけど……)


 クラスメイト達は、既に先の過程へと進んでいる。

 魔力の流れを感じる練習から、魔力量を調整する練習だ。下村の指示するサイズの光の球を造り出すという、緻密な作業だ。


「確かに、ここでは焦りたくもなりますよね」


 美優の横に立ったまま、下村も周囲を見渡した。

 自分の席で杖を片手に練習する生徒達。杖先に大小様々な光の球を造っては、定規でサイズを測り、消してはまた造り出すという作業を繰り返している。

 よもや己の練習に夢中で、美優を気にかける者もいない。テストを行うと言われれば、それも当然の事。

 課題をクリア出来なければ、次のステップに進めないのだ。

 名門校の名に恥じない魔法を身に付けさせ、卒業させなければならない。

 この状況で焦るなという方が無理な話だ。


「如月さんは、暫く別で練習した方が良さそうだ。今日は無理だが、次回迄に手配して置こう」


 ということで、早々に下村が手配してくれたのが、この部屋と阿相というわけだが、一人では心元ないだろうと、柊哉が付き添う事を申し出た。


 狭い部屋だが、美優には返ってこの方が落ち着ける。室内を見渡すと、塵一つ無い程、綺麗に掃除されている。


「阿相先生、お手間を取らせてしまい、すみません」


 申し訳なさそうに、机に頭がつきそうなくらい深々と下げる。せっかくの空き時間に、余計な仕事を与えてしまったのだ。


「気にしないで下さい。私は如月さんの担任です。それに新任の教師には、良い勉強になりますから」


 窓を背に振り返り、阿相が優しく言った。あながち、その言葉は嘘ではないらしい。自分から率先して、引き受けてくれたと下村も言っていた。


「それにしても、湊さんは下村先生の授業を受けた方が良かったのではないですか?  下村先生は私と違い有名な魔法使いですから、色々と勉強になります。此方は二人でも大丈夫ですよ、ねぇ如月さん?」


「えっ、あっ、はい……」


 美優は戸惑いながらも、同意する。魔法界に疎い美優は、下村が有名な魔法使いだという事を知らなかったのだ。

 魔法を使うという事は、魔力がいつ暴走するか分からない状況。柊哉が側にいないのは心細くてたまらない。


(でも、勉強になるのなら……)


 自分が頼めば、側にいてくれるのは明白だが、柊哉とて、遊びに来ているのではない。ここは、我慢するべきだ。


「柊哉さん、此方は大丈夫です。教室へ戻って下さい」


「如月さんも、こう行っていますし…………あの……どうかしましたか?」


 自分を見つめる柊哉の視線に気付いた阿相は、言葉を切って尋ねた。


「……いえ、折角勧めて戴いたのですが、やはり此方で授業を受ける事にします。僕は阿相先生の授業も充分勉強になると思っていますから」


 阿相の気持ちも考慮し、人の良い笑みを浮かべ告げる。美優が何を危惧しているのか、柊哉は理解しているのだ。

 魔力の暴走を止める事が出来る者は、指導室ここにはいない。


「…………仕方ありませんね」


 何も知らない、阿相は残念そうに首を竦める。


「では、そろそろ始めましょうか」


 開放された窓から、風が吹き込み弄ぶようにベージュ色のカーテンを揺らしている。

 授業を始めるべく、阿相は二人の前の席に着席した。


 それを確認した美優は、柊哉に貰った指輪を外し念じる。閃光を放ちながら、リングから杖へと徐々に変形する。既に指輪から杖へ変える魔法はセットされているので、少量の魔力を送れば、簡単に姿を変えるはずなのだが、今の美優には、それすらも時間が掛かる。阿相は、黙ってその様子を見守っている。

 美優の手中で、ゆっくりとそれは姿を現した。

 陽の光を浴び、その白さを一層際立たせている。

 阿相はその杖を、食い入るように見つめる。




「先生?」


 瞬き一つせず、杖を仰視する阿相に、美優は僅かに首を傾け問い掛ける。

 返事がない。

 先程より、ボリュームをあげ再度呼ぶ。


「先生!!」


 今度は声が聞こえたのか、杖から目を放し、ハッとしたように顔を上げた。


「……あぁ、すみません。下村先生の言う通り、本当に良い杖ですね。余りの神々しさに魅入ってしまいました」


 照れたように頭を掻く姿は、何処か可愛らしい。


「どちらで、この杖を?」


「……えっと……」


 暗黒横丁での事は、口止めされている。美優は答えに困り、柊哉に助けを求めるよう視線を送る。


「阿相先生、そういった事を十二名家の方に聞くべきではありません。特に価値ある物の時は尚更です」


「そうでしたね」


 価値ある物の大抵は、正規のルートから購入した物ではないからだ。十二名家から反感を買えばただでは済まないだろう。

 それにしても、今日の阿相は、何だかおかしい。

 真剣な面持ちで言葉を続ける。


「しかし、魔法が使えない原因は、これなのではないですか?」


「えっ!! どうゆう事でしょうか?」


 意味が分からず、すぐ様、美優は聞き返した。あの時、柊哉は言ったのだ「杖があった方が魔法を使いやすい」と――

 おもむろに阿相は説明を始める。


「殆どの杖は、最初はただの物です。徐々に使い手の魔力を受け意思を持つ。そして、使い手との信頼関係を築きながら、一緒に成長していくものです。世の中に出回っている杖の大半は、それです。意思を持つ物もありますが、それは使い手を失っただけの杖、特別な杖です。亡くなってしまった方の杖か、何らかの事情で、それを手放さなくては、ならなくなってしまった物か――そういった杖も確かに扱いずらいのですが、主人を持たなければ、魔力を徐々に失い、意思を無くす。一度意思を持った杖は、大抵それを恐れ妥協するものです。しかし、極稀に端から意思を持つ杖があるそうです。決して妥協はしない、そんな必要などない特殊な杖が……如月さんの杖は正にそれです」


 いつもより饒舌に暑く語り、キラキラと輝く瞳で、再び阿相は杖を愛しそうに見つめた。その様子は異様なくらいだ。


(特殊な杖……)


 阿相の言葉を受け、自らの手に持つ杖を不安そうに目を向ける。


(私は、この杖を使いこなせるのだろうか――)


「よく、ご存知ですね」


 これまで、黙って聞いていた柊哉が口を開いた。


「えっ……えぇ……杖に興味がありまして」


「興味……」


 囁く程の小さな小さな声で、柊哉は呟いた。

 隣にいた美優には、その声が届いたが、阿相には聞こえなかったようだ。


「ですから、如月さんにはもっと扱い易い杖を準備するべきです。その杖では一生魔法を使えない可能性がありますよ」


 二人に向かって、懸命に諭す阿相。


(魔法が使えない…………)


 阿相の言葉が重く美優にのしかかる。手中に治まる杖を強く握り締めた。

 冷たいただの棒からは、何一つ感じ取る事が出来ない。本当に意思などあるのだろうか?  そう思わせる程、ただ静かにそこにあるだけだ。


「彼女は適合者ですよ」


 サラリと柊哉は言ってのける。


「て、適合……者……まさかっ」


 阿相は目を大きく見開いた。とても信じらんない、そんな様子で美優と杖を交互に見比べる。

 何故なら、適合する杖に出会う確率は、ゼロに等しいからだ。

 それに、美優の手中にただ鎮座する杖の姿は、とても適合者が所有するように見えないのだろう。


「な、何にしても、今のままでは……と、取り敢えず、他の杖で練習を……」


 明らかに狼狽しながら、何処からともなく別の杖を取り出し差し出した。褐色の杖は、一目で高級だという事が見て取れる。美優の為に、わざわざ用意をして来たのが明らかだった。差し伸べられた杖を目の前に、どうしていいか分からず、柊哉の顔を伺う。

 戸惑う美優に変わり、柊哉が答える。


「少し待ってもらえませんか?  急ぐ必要はありませんよね?」


「でも、せっかく杖も用意しましたし……」


 諦め切れないのか阿相が必用に食い下がる。彼らしからぬ振る舞い――普段だったら、本人の意思を尊重し、こんな無理強いは絶対しないはずだ。


 らしくない行動をする阿相の姿に、美優の脳裏にある人の顔が浮かんだ。


(もしかしたら……)


「お父様に何か言われたのですか?」


 有り得ない話ではない。

 彼が望んでいるのは、美優の魔法力を上げる事ではないのだから。


「えっ、如月様に?  いえ、何も……」


 思いもよらない質問だったのか、目をぱちくりさせている。嘘を言っているようには到底見えない。

 どうやら、美優の杞憂し過ぎのようだ。


「安心しました。それならば、待って頂いても差し障りがないようですね」


 柊哉は、頬を緩めニッコリ微笑む。


「えっ、いや、その……」


「それとも何か不都合でも?」


 困り声をあげる阿相に、間髪入れず畳み掛ける。こうする事で阿相が反対出来ないようにしているのだ。


「いえ……」


 納得いかないという顔をしながらも、阿相は小さく首を振った。


「では、始めましょうか」


 これでこの話は終わりだと言わんばかりに、穏やかな声で阿相の代わり、二度目の授業の始まりの号令を掛けた。

 阿相に残された道は一つ――黙って杖を引っ込めるしかない。

 少し色あせたカーテンが阿相の心の声を代弁するように、大きくはためいた。





 この日も、結局美優は魔法を使う事が出来なかった。


(やはり、迷惑だったのかも?  授業の間中、殆ど口をきかなかった)


 阿相は特に何かを教えるではなく、難しい顔で杖をじっと見つめているだけだった。

 授業終了のチャイムと共に、阿相はすぐ様指導室を出て行く。

 柊哉はその背を見送り、何事かをボソリと呟いた。


「…………もしれませんね」


「えっ?」


 美優はその声が聞き取れず聞き返した。どうやら、一人言だったようだ。


「いえ、何でもありません」


 誤魔化すように笑顔を作り出すが、すぐにその顔を引き締め言葉を続けた。


「それよりも……」


 柊哉は鋭い眼差しで、美優の杖を持つ手に視線を止め言った。


「今は、パートナーの事を第一に考えてあげて下さい」


「パートナー?」


「その杖の事です」


「杖……」


 美優は一向に魔法を使える気配のない杖を、恨めしそうに上から見下ろした。


(確かにパートナーとなりえる存在。でも、今は……)


「やはり、阿相先生の云う通り杖を……痛っ!!」


 突如、バチリと静電気が流れるような痛みを指先に感じ、杖を取り落とした。

 机の上に白い杖が転がり落ち、転がりながら姿を杖から指輪へと替え、そして――止まった。


「どう……して……」


 美優の意思を無視して、指輪に戻った杖に驚きを隠せず茫然と見つめる。


「少々、厄介な事になりましたね。どうやら、本当に杖を怒らせてしまったみたいです」


 いつになく難しい顔で柊哉は告げた。


「怒らす?」


「阿相先生が言っていましたよね。その杖は意思を持つ杖だと」


 美優はハッとして、息をのんだ。美優の発言が杖を怒らせてしまったのだ。


「でも……その前から……」


 柊哉は立ち上がり、机上に転がる指輪を拾い上げた。曇り一つ見当たら無い程、綺麗に手入れされている。指輪は、大切に扱われている事がよく分かる。


「適合者だから、すぐに杖を扱えると云うものでもありません。信頼関係が作れなければ、それが適合者だとしても、杖は言う事を聞いてくれません。美優、貴女は杖を手に入れてから一度も指輪から杖へと変換していませんね?」


「はい」


「ずっと窮屈な思いをさせられ、貴方に不信感を覚えていたようですよ」


 そう言って、柊哉は指輪を美優へと差し出した。

 確かに指輪は柊哉から貰ったものなので、大切にしていた。だが、杖は? と聞かれると素直に頷く事など出来ない。この杖は、それを敏感に感じ取っていたのだろう。


「これから……どうしたらいいですか?」


 指輪を受け取りながら、柊哉を縋るような目で見上げ尋ねる。自分ではどうしたら良いのか皆目見当が付かないのだ。


「どうしたら、信頼を得られるかは分かりません。ただ一つ言える事は、その杖を知る努力をしてみてはいかがですか?  そこに何かヒントがあるかもしれません」


「杖を……知る」


「そうです」


 力強く柊哉は頷いた。


「どうやって?」


 美優がそう問いただそうとした時、瞬間早く柊哉が口を開く。


「忘れてはいけません。パートナーは常に貴女と行動を共にしています」


(そうだ!! 柊哉さんに頼ってばかりではいけない。もし、私が杖だったとしても、こんな頼りない人物をパートナーなんて認められない)


 多分、柊哉の力を使えば杖の事を知るのは、簡単だろう。そして信頼を勝ちえる方法も――

 だが、卑怯な手を使って得た信頼など、すぐに無くすものだ。まるで、メッキが剥がれるように簡単に失う。そして、一度剥がれたメッキは二度と取り戻せない。

 それが分かっているからこそ、自分で考えろと言っているのだ。


「柊哉さん、私、頑張ってみます」


 美優は力強く指輪を握り締めた。






読んでいただきありがとうございました。

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