退学
遅くなりました。第二章スタートです。
花びらが散り落ち、ピンクの絨毯がすっかり消え失せた時、桜の木は青々とした若葉にすっかり入れ替わっていた。
任命式を終え、一週間がたったいま、美優は登校する事が出来るようになっていた。
(何もかも柊哉さんのおかげ)
美優の心は感謝の気持ちで一杯だった。
最初は慶に取り入ろうとする女生徒や下心を持つ男子生徒が美優に近付いて来たが、エミリと和人に、尽く追い払われ、いつしかいなくなっていた。
だが、まだ中には諦めていない者も多い。二人がいない隙を狙おうと目を光らせてはいるが、それでも柊哉という恋人がいる為、中々難しいようだ。
仲良く並んで歩く二人は、校内では既に公認の仲なのだから。
「おはよう、美優」
玄関前にさしかかった時、如月慶が笑顔で声を掛けてきた。美優達が登校するのを待っていたようだ。遠巻きに、その姿を眺めるファンらしき人だかりが、普段見せない笑顔に一気にどよめく。
炎とは違い、人を拒絶するオーラを発しているので、無闇矢鱈に近寄れないのだ。
それでも近付く者は、容赦のない言葉でバッサリ切り捨てていく。なのに、人気が一向に落ちないのは、それも慶の魅力の一つと考えられているからだろう。
「おはよう。慶くん、どうしたの?」
(人が沢山いる場所には、滅多に出て来ないのに……)
美優は、驚きつつも笑顔で挨拶を返す。
任命式後は、何度か話をしているが、大抵は生徒会室や教室など部外者が入れない特別な場所だ。
玄関前で待ち伏せをするなんて、余程急ぎの用なのだろう。
「先程、伝言を頼まれてな」
「伝言? 誰からですか?」
美優は首をひねりながら、尋ねた。
(朝一早々、しかも慶くんに伝言を頼むなんて……)
「田代からだ」
表情を変えずに、慶は何でもない事のようにサラリと答える。美優は目を丸くした。
「田代さん……」
(――田代さんって、私を突き落とした)
あの時の恐怖が甦り、美優は顔を曇らせながら、僅かに声を震わせ尋ねた。
「伝言……って?」
「怪我を負わせてすまなかったと――」
「………………」
(柊哉さんが庇ってくれなかったら……そして、慶が魔法を使ってくれなかったら、私は今ここにいなかったかもしれない)
そう思うと返す言葉が見付からず目を伏せる。
美優は憶えていないのだ。自分が田代京子を殺そうとした事を――
「ちょっと、伝言ってどうゆう事よ!! 直接謝りに来るのが筋ってもんじゃないっ!!」
何も知らないエミリが慶に向かって怒鳴りつけた。怖いもの知らずとは、まさにこの事だ。ギャラリーの視線に悪意がこもる。
いち早く察知した柊哉が、会話に割り込んだ。これ以上揉め事を起こす事態は避けたい。
「確か、今日から復帰する予定でしたよね、彼女? どうかしたんですか?」
「辞める事になった」
「えっ!! 退学処分になったんですか?」
今度は黙って聞いていた和人が、急に大声を上げた。その顔は心なしか青ざめて見える。
「何なのよ、あんた、突然」
隣で痛そうに耳を抑えながら、自分の事は何のそのエミリが横目で和人を睨み付けているが、それすら気が付いていないようだ。
「退学? 随分と急な話ですね。誰かが裏で手を回したとか?」
和人に続いて柊哉も疑問を口にする。食い入るように和人は慶を見た。
慶は憮然とした顔で答える。
「言っておくが、俺ではないぞ。第一、処分ではない。自主的な申し出だ。今朝早くに退学届を手に登校して来た」
慶の回答に明らかに和人はホッとした顔をする。柊哉は、そんな和人に視線を走らせながら謝る。
「誤解を招いたのなら、すみません。別に貴方を疑った訳ではありません。それにしても、何故急に?」
「急ではないさ。端から学校に行く
のが怖いから辞めたいと言っていたらしい。でも、家族がそれを止めていた」
「ご家族の気持ちも分かりますが、今となっては、校内は美優ちゃんの味方ばかりですものね。でも、まさか退学するなんて」
真生の言葉にエミリも頷く。
「そうよね、将来の栄華を棒に振るなんて」
普通だったら考えられない事なのだろう。
(私の……せい……)
美優は顔を曇らせる。自分のせいで他人の人生を狂わせてしまったのだ。
「慶くん、田代さんは? 会って話をしてみます」
正直、直接会うのは怖い。怖いが、このままでは――
「残念だが、彼女はもういない。美優に会わせる顔がないと言って、すぐに帰ってしまった」
「そんな――」
「元を正せば、田代が悪い。美優が気にする必要はないさ」
「慶くん」
優しく見つめる慶の瞳に、美優の困惑顔が映し出されている。
(果たして本当にそうなのだろうか……)
モヤモヤとした胸の騒めきを覚える。何か大切な事を忘れている気がするのだ。
(何だったかしら……)
それが何か、思い出そうと集中仕掛けた時、柊哉に声を掛けられた。
「美優、そろそろ行きましょう。人が増えてきました」
周囲に気を配ると、登校して来た生徒達が、慶の姿に足を止め、次第に増えだしていた。
陶酔した瞳で慶を見つめる女生徒達は、さながらアイドルに群がるファンのようだ。
美優は恐怖を憶え、ヨロヨロと二、三歩あとず去る。
また、いつ彼女達の標的にされるか分からないのだ。
「慶くん、また後でね」
鞄を持つ手の反対の手で小さく手を振り、その場を離れようとした。
「待ってくれ。湊君、君に一つだけ言っておきたいことがあるんだ」
柊哉はピタリと立ち止まり、振り返る。
「何でしょうか?」
「今回の件は、感謝している。だが、俺は君を決して認めない。これから先もな……」
威圧的なオーラを身に纏い、静かな口調で言い放つ。慶にとって、柊哉は単なる邪魔者でしかないのだ。
サッサと美優の側から離れろと言っているような態度。
その場にいた誰もが、威圧的なオーラを感じ取り、一斉に息をのむ。
風も止み、木々までもが騒めきを止める。
まるで時が止まってしまったかのごとく――
「構いませんよ」
穏やかな顔で声で、柊哉は答える。その言葉を皮切りに固唾を飲んで見守っていた生徒達が、再び騒ぎ出した。
「慶様に楯突くなんて許せない……」
ヒソヒソと話す周りの雑音が美優の耳に届く。
柊哉は聞こえていないのか顔色一つ変えない、慶も特に気にした風もない。
二人が何を考えているのか、読み取る力など、美優だけではなく、この場にいる誰にもなかった。
「そうか、残念だな」
残念だという感情を微塵も感じさせない口調で、慶は告げる。
「引き止めて悪かった」
「いえ、では失礼します――――行きましょうか」
美優は不安を抱えたまま、柊哉に促され歩き出した。
それは慶に取って、柊哉への警告、或いは挑戦状だったのかもしれない。
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