不良品
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――如月邸応接間――
任命式終了後、和人は、カメラが仕込まれたピアスを渡したのだが、その日の内に呼び出された。それは、柊哉の所から部屋に戻ってすぐの事だった。
今は応接室で待機の状態である。
余程急いでいたのか、転移魔法の送迎着きだった。転移魔法は、熟練の魔法使いしか扱えないうえ、時空を移動する為、慣れない者は気分を害する代物だ。
酷い目眩に襲われつつも、煌びやかな応接間に目を奪われていると、真っ黒な執事服に身を包んだ室戸が苦渋の顔でやって来た。
和人はすぐさま立ち上がり尋ねる。
「何かあったのでしょうか?」
わざわざ呼び出すのはただ事ではないはずだ。
「何かだと……これでは高い金を支払って、お前を学校に入れた意味がないではないかっ!」
額に青筋を浮かべ、怒りを顕にする。
優作に和人を紹介したのは室戸だ。下手をしたら室戸の責任問題になる。
「意味がない……一体、何があったのですか?」
困惑顔で、和人は尋ねた。原因が分からぬのなら、対処のしようがない。
「これだよ!! これっ!!」
よく見ろと言わんばかりに、夕方回収したカメラ付きのピアスを突き付けた。
「これが……何か?」
意味が分からず再び問う。
「何か? じゃない。一つも映っていないじゃないか、ひ・と・つ・も」
映像が録れていないのは、和人のせいではない。
「すみません」
自分に落ち度はないが、今は謝るのが最善と判断したのだ。余計な事を口走れば、更に怒りを買う羽目になり得る。そしたら、魔法学校にいられなくなってしまうのだ。
何とか、それだけは免れたい。
「それくらいにしてやったらどうだ」
入口のドアから、優作が悠然と姿を現した。いまだスーツを着ている所を見ると、仕事から戻ったばかりのようだ。
「しかし……」
慌てて身を引きながらも、まだ文句を言い足りないのか、口籠もる。
「第一、録画出来ていないのは、彼のせいではなかろう」
勿論、仕組んだのは柊哉だが、彼等はそれを知るよしもない。
「確認しなかったのは、お前の落ち度だろう?」
「それは……」
室戸は答えに詰まった。
長年仕入れをしている老舗――まさか、不良品を掴まされるとは、思っていなかった。
だが、そんな事は理由にならない。
「まぁ、良い。すぐにでも新しい物を用意させろ」
「かしこまりました」
鋭い眼光を向けられ、室戸は一礼し、一目散に部屋を退出する。ドアがバタリと音を立てて閉ざされ、二人が部屋に取り残された。
「…………」
静かな時間が数分流れる。
黙り込む、優作の顔を盗み見る。柔和な顔は、とても頭首には見えないが、醸し出す雰囲気は違っていた。
凜とした雰囲気は、大気まで張り詰めさせる。
柄にもなく、和人は緊張していた。
会うのは、これで二度目だ。
一度目は、美優の監視を依頼された時だった。
「和人君。君ももっとマメに報告を入れるべきだったね。そうすれば早くにカメラが壊れている事に気が付いたはずだ」
和人だって、当初は、こまめに報告を入れるつもりでいたのだ。だが、仲良くなり過ぎてしまい、スパイ行為をする事に罪悪感を覚え、ダラダラと先送りにしてきてしまった。
美優を守る為の行動、決して悪い事をしている訳ではないと、必死に自分自身に言い聞かせ報告となったのだ。
「すみません」
和人は、深々と頭を下げた。
「済んでしまった事は仕方がない。しかし、できるだけ詳しく今まであった事を教えてもらえないかね?」
優しい口調だが、有無を言わせぬ声に、和人は了承するしかない。
今夜は遅くなりそうだ。
和人は進められるままに、来客用の柔らかなソファーに腰を下ろした。
誰もいない店内は不気味なくらい
静かなものだ。奥にあるドアの一つから、うっすらと明かりが漏れている。
店主は、今日も一人残り残業をしていた。家にいても、心が落ち着かないのだ。
机の上にある電話へと視線を移し、ため息を吐いた。
早く何もかも済んでしまえばいい。
モヤモヤとした気持ちが渦巻く。
あの方さえ、おみえにならなければ、こんな思いはしなかっただろう。
トゥルルル……
突然、電話が光り鳴り響いた。
店主は、飛び付くように受話器を取る。
「はい、おうぎ店です」
「どうしてくれるんだっ!!」
出た途端、電話口でいきなり怒鳴り付けられ身を竦める。
聞き慣れた若い男の声――優作の家の者だ。いつも注文を受けているので間違いない。
店主の心臓がドキリと跳ね上がる。
決して気取られてはならない。気取られれば身の破滅だ。
心を落ち着かせる為、一呼吸置き、わざとゆっくりな口調で言った。
「こんな時間に、どうかされましたか?」
「どうかではない!! そちらで購入した商品が、不良品だったんだっ」
耳をつんざく声に思わず受話器を耳から離す。相当、絞られたらしい事が、その声から簡単に想像出来た。
「それは、申し訳ございませんでした。で、商品の方はどちらの商品でしょうか? すぐに代えを御用意致します」
何度も頭の中でシミュレーションした台詞に感情を乗せる。
店主は、最初から分かっていた。今か今かと、その連絡を待っていた。
全てあの方――如月雪乃に指示されたのだ。絶対に真実を言うなと。
事の始まりは如月家の執事見習いからの奇妙な電話だった。
映像が録れないピアス型のカメラを内密に急遽用意して欲しいと。
変だとは思いつつも、欲に目が眩み口止め料を含め、高値で売り付けたのだった。何かあれば執事見習いに騙されたと主張すればいいと――
最初から、約束を守る気などさらさら無かった。
しかし、状況は次の日やってきた客によって変わった。
急遽、休んだ社員の代わり、この日はレジカウンターに入っていた。今日に限って客は多く、忙しい一日となっていたが、閉店間際のこの時間になって、最後の一人が店内を出るのを見送ると、ようやく客足が途絶える。
腕時計に目線を落とし言った。
「少し早いが閉めるか――おいっ、閉店の準備を頼む」
「はい」
片付け準備の為、若い従業員が奥へと引っ込む。自分も外の看板を片付けようと、入口に視線を向けると、店内に入る女子高生の姿が見えた。
見慣れぬ制服、しかし、それは魔法使いなら、誰でも一度は着たいと思う制服、あの名門の魔法学校の制服。
かくゆう店主も学生の頃は、魔法学校を目指して勉強したものだ。勿論、叶わぬ夢だったが……
何にしても、ここまで来るには三時間位は掛かる。
不思議に思い、女子高生を目で追っていると、一直線に此方へと向かってくる。キツい顔だが綺麗な女子高生だ。
「あっ!!」
その女子高生の顔に店主は、思わず驚愕の声をあげていた。
如月雪乃――
整った顔は、まるで造り物のようで日本人形を思い出させる。会った事はないが、以前、ニュースか何かで見たことがある。十二名家の一つ、如月家当主の姪で次期頭首候補の婚約者候補だと。
直々に何を買いに来たのか?
そう思った時、雪乃は放り投げるように、レジカウンターの上に、請求書とゴールドカードを置いた。
「今回の件、内密にしなさい」
「今回の件?」
意味が分からずにオウム返しに聞き返す。
「これのことよ」
カウンターに置かれた請求書を細い指でトントンと叩く。
それは、昨日、執事見習いに渡したはずの請求書だった。
店主は一瞬にして一ヶ月前に如月家頭首にピアスを売った事を思い出し、そして理解する。壊れたカメラを何か良からぬ事に使ったのだろうと……
「内密にしていただけたなら、これからは、家も貴方の所に注文を出してあげるわ。悪い話ではないと思うけど?」
上から目線の物言いに、店主は憤慨する。
こんな小娘に……そんな思いが渦巻くが、すぐに思い止まる。
確かに悪い話ではない。上手く行けば、売上が伸びるだけでなく、将来も安泰することは間違いない。
「どうかしら?」
雪乃は鋭い視線を投げ掛けた。彼女自身、表情にはみせないが、内心焦っているのだろう。
「状況も分からずにお返事なんて出来ませんよ、雪乃様。此方も商売、信用問題に関わりますので」
「…………仕方ないわね」
ため息混じりに雪乃は頷き、手短じかに説明し始めた。
思った通り不良品のピアスの行き先は如月家頭首の元だった。見られたくない内容を隠す為に、交換したのだと……
「それでは、貴方の所に注文を出させる手配をとらさせて頂くわ」
「えっ!! まだ、返事を……」
「必要ないわ。不良品を売り付け、その使い道を知っている、これは共犯者以外の何者でもないでしょう?」
冷ややかな笑みを浮かべ、雪乃は答える。
「そ、そんな……私は、何も知らずに売ったんです」
「いいえ、知ってて売ったのよ。 それ以外に不良品を“売り付ける”お店なんてないでしょ」
嵌められたと気付いた時は、遅かった。何もかもが自分が共犯者だという証拠になるだろう。
理由まで知ってしまった今、それが後から聞いたと言った所で誰も信じやしない。
店主は青ざめた顔で、渋々承諾する。
「分かりました」
もはや、協力するしかないのだ。
雪乃が帰った後、すぐに行動に移した。いつ如月本家から、連絡が来てもいいように代替品を用意しておく。上手く立ち回れれば、雪乃の言う通り決して悪い話ではないのだ。
謝り倒して、必ず許してもらうのだ。許しを得られれば明るい未来が待っている。
その日から、頭の中で何度も何度もシミュレーションを行った。
そして、今、それを実践に移す時が来たのだった。
入学式編、やっと終わりました。次回から二章になります。引き続き読んで頂けると嬉しいです




