異国の少女
真っ青な青空の下、美優は、一人、寮から学校への道を歩く。心地良い陽の光。暑くも寒くも無い、丁度良い天気だ。
同じ敷地内といっても、十分程度歩かないと学校に着かない。それ位、広い敷地なのだ。
登校初日という事もあって、一年生は十時からとなっている。
今、学校に向かっている者は、皆、美優と同じ制服―つまり、同級生だ。
朝、柊哉から、電話があった。用事が出来たので、先に学校へ行くと……
そのせいで、一人で行く事になってしまった。
(初日、早々、一体何の用事があるというのかしら……)
こんなに天気が良いのに、美優の心は、全然晴れない。
心細さも、重なって、珍しく美優は不機嫌だった。
浮かない表情で、トボトボと俯き、学校への一本道を歩いていた。
「如月さーん」
後ろの方から、美優の名を呼ぶ声が耳に入る。女の子の声だ。
美優には、同じ年頃の女の子には、知り合いがいない。
(誰?)
不審に思い、立ち止まり振り返った。
金髪のスラリとした少女が、こちらに向かって全速力で走り寄って来る。ポニーテールに結ばれた髪が、走る速度に呼応して揺れている。
「やっと……ハァ……追い付いたぁ……ハァ、ハァ」
額に薄ら汗を掻き、息を切らせ、苦しそうに右手で胸を押さえた。
彫りの深い目鼻立ち、青い瞳に金髪、色白の異国の少女。
訝しげな表情で、少女の様子を伺った。
「やだ、そんな目で見ないで。別に怪しい者じゃないから」
流暢な日本語で、そう言って、ケラケラ楽しそうに笑う。物怖じしない性格のようである。
「す、すみません。あの、どちら様ですか?」
美優は、少女に謝り、遠慮がちに尋ねた。心臓がバクバクする。見知らぬ人と一人で話すのは、初めてだった。
「こっちこそ、驚かしてごめんね。私、野田エミリ。昨日、如月さんの直ぐ隣に座ってたんだけど、覚えてないかなぁ?」
(隣……)
エミリと名乗った少女の顔を凝視する。
無駄だと思いつつも、何とか思い出そうと試みる。
だが、やはり覚えていない。
(こんなに目立つ方が、隣にいらっしゃったのに……)
美優は、歯噛みした。
緊張と体調不良、それだけで、いっぱいいっぱいだったのだ。
「あの、すみません……覚えてなくて……」
美優は、申し訳なさそうに謝る。
「いいの、いいの」
慌てたように、胸の前で、小さく手を振るエミリ。
「こっちこそ、ごめんね。具合悪かったんだもん、それどころじゃないよね」
そう言って、ニッコリ微笑んだ。
美優は、ホッとした。
どうやら、気分を害してはないようだ。
「Dクラスで、入寮してる女子は、私と如月さんと大谷真生さんの三人だけなんだ。だから、同じ寮生同志仲良くしようね」
「あっ、はい」
エミリの勢いに乗せられ返事を返す。
それにしても、エミリは、日本語が上手い。日本人と比べても、全然遜色がない。美優は、思った事を口に出した。
「日本語、お上手ですね」
エミリは、その言葉を聞いて、くすりと笑う。
「生まれてすぐに日本に来たからね。それに、これでもアメリカ人と日本人のハーフなんだよ」
どっから、どう見てもアメリカ人にしか、見えないエミリが言う。
(なんだか、彼女にも色々ありそう)
どちらともなく、二人は、肩を並べ学校への道のりを歩き出す。あんまり、のんびりしていると遅刻してしまいそうだ。
頭上から、桜の花びらが、時折舞落ちる。まるで、ピンクの雪が降りそそぐように――
一枚の花びらが、ヒラヒラと舞、美優の髪先に、留まった。花びらの可愛らしさに、自然と口元が綻む。
花びらを取ろうと、視線を右に映す。瞳の端に、白い花びらが舞落ちるのが見えた。
(白い花びら……本物の雪のように見える……って言うか、本物?!)
思わず、二度見する。
(今は、春……なのに雪?)
美優は、目が点になった。
「如月さん、四季の庭だよ。昨日、見なかったの?」
美優の驚きぶりに、驚いたエミリが言った。
(昨日は、ここ通らなかったから)
瞬間移動ドアで寮まで、言った事を思い出す。あんまり、突っ込まれると説明するのが大変だと思い
「うん、ううん……」
肯定とも否定とも取れる返事を返す。
体調が悪くて、それ所では、なかったのだろうと、勝手に解釈をしたエミリが教えてくれる。
「左側が春で、その先が夏、道を挟んだ向側が秋で、手前が冬。それで四季の庭」
春の陽気に雪、変な感じだ。
降り積もる雪の中、小学生らしき男の子が、大きな瞳で、ジーッとこちらを見ているのに気が付いた。
(何で、小学生が?)
「あんな所に、男の子が……」
そう言って、美優は、視線をエミリに移した。
怪訝そうに、エミリは、冬の庭を見る。
「男の子? 何処に?」
「あそこです」
先程、男の子が立っていた辺りを指差す。
「……あれっ……?」
男の子の姿は、無い。
美優は、我が目を疑った。ゴシゴシと二、三度、目を擦る。やはり、いない。
「いくら何でも、小学生は、ここにはいないわよ。一応、高校だしね。何か見間違えたんじゃないの」
(見間違え、だったのかなぁ?)
美優は、首を捻った。
少し進むと、エミリの言う通り、夏と秋の庭が見えた。
こちらも、やはり違和感を感じた。
「一つ、お聞きして宜しいですか?」
「なぁに? 私に答えられる事なら、何でも答えるよ」
美優は、先程から、ずーっと不思議に思っていた事を尋ねた。
「どうして、私の名前を知ってらっしゃるんですか?」
「十二名家の一つ、如月家の箱入りのお嬢様が入学するって、皆、入学前から騒いでたから……」
ポニーテールに結んだ髪を揺らしながら、此方を向いた。陽の光がエミリの金髪に当たりキラキラ反射している。
「十二名家って?」
美優の言葉に、エミリが目を剥いた。次の瞬間、弾けるように笑いだす。
「如月さん、自分の事なのに、知らないの?」
美優は、顔を赤く染める。
笑い過ぎて苦しそうに、ヒーヒーと息を吐くエミリ。何とか、笑いを止めて、説明してくれる。
「十二名家っていうのは、強い魔力を持つ一族達の事。皆、陰暦の名を持ち、十二名家以外は、月に関する名は、付けれない。勿論、魔力を持たない者もね。魔法界に於いて名家は、絶対の存在。その一族によって、それぞれ得意魔法が違う。名家内で、それぞれ睨みを利かせあい、独裁者を出さぬよう、今のところは、バランスを保っている。この学校にも、名家の一員は多いみたい。Dクラスは、如月さんともう一人師走さんだけだけどね」
一気にエミリは、話した。
(十二名家……初めて、そんな話を聞いた。何故、今まで、誰も教えてくれなかったのだろうか……イヤ、私自身が魔法に関わらないようにしてたからか)
目線を落とし、ゆっくり首を左右に振った。
「まぁ、これから、色々知っていけばいいんじゃない。その為の学校なんだから」
美優は、前向きなエミリが、眩しかった。
「有名人と同じクラスで、鼻が高い」
そう言って、エミリは、微笑んだ。
「有名、私が?」
人差し指を顎に当て、自分を指差した。
「そうよ、皆の注目の的。今まで、人前に姿を見せなかった、絶世の美女と名高い、如月家のお嬢様が、入学してくるんだもの。まぁ、私も顔と名前が一致したのは、昨日なんだけどね」
(絶世の美女!! 何処から、そんなデマが)
思わず頭を抱えてしまう。
「でも、当たらずしも、遠からずよね。美女というか、美少女だけどね」
エミリは、パチりと此方にウィンクする。
「そ、そんな事ないです」
プルプルと大きくかぶりを振り否定した。頭を振り過ぎて目眩を覚えるほどに――
「男の子達、皆、騒いでたよ。ほら、今だって……」
エミリが、そっと視線を移した。同じ制服を来た三人組の男の子が、慌てたように視線を逸らす。
(野田さんを見てたんじゃ?)
エミリの青い瞳と金髪は、とても綺麗で人目を引く。
「でも、残念よね」
美優の考えに気が付かないエミリが言う。
「えっ、何がですか?」
意味ありげに、ニンマリ笑う。何を言おうとしているのか、見当も付かない。
「だって、彼氏持ちじゃ、諦めるしかないもんね」
「彼氏?」
美優は、キョトンとした。
「えっ、違うの?」
今度は、エミリが驚いた顔をする。
「違うの?」と言われても、誰の事を言っているのか、分からない。
「一緒に来た人、彼氏じゃないの?」
(一緒って……)
直ぐに、誰の事を言っているか気付いた。
「ち、違います」
ブンブンと音がしそうな程、首を横に振る。内心、彼氏に間違われて嬉しかったのだが。
「本当に?? 如月さんが倒れた時、心配そうに、何度も名前を呼んでた。それで、貴女が如月さんって知ったの。皆も、あの時、貴女の名前を知ったと思う。で、先生が、保険室に運ぼうとしたら、自分が運ぶって、凄く大切そうに抱き上げたから、てっきり……」
(大切そうに……)
頬がかっと熱くなる。両手で頬を挟むように押さえる。頬の火照りを抑えるように――
「本当に違います」
「なんだ違うのか……まぁ、それはそれで、楽しくなりそうだけれど」
エミリは、一人事のように呟く。その声は、一人思案する美優には、届かなかった。
(抱き上げるって事は……)
赤から青へ一瞬にして、顔色を変える。まるで、信号機のように――
(もっと、ダイエットしておけば良かったぁ)
と、後悔していた。
「美優、まだ具合悪い?」
突然、話しかけられ、ビクリと肩を震わす。
いつの間にか、学校に着いていた。玄関前で、待っていた柊哉が声を掛けて来た。
美優の青い顔を見て勘違いしたようだ。
「大丈夫です。昨日は、ご迷惑をおかけして、すみませんでした。……あの……腰は、大丈夫でしょうか?」
シドロモドロに尋ねた。
「腰?」
柊哉は、左手で腰の辺りをを擦りながら、不思議そうな顔をした。
何故、腰を心配されているのか、分からないようだ。そして、隣にいるエミリに気が付き納得した表情。
「あぁ、彼女に訊いたの?」
コクりと頷きながら、答える。
「はい、保健室まで、運んで頂いたって……重かったですよね?」
足下に目線を落とす。
恥ずかしくて、顔が見られない。優しい笑みを浮かべ、柊哉が答える。
「重くないよ。逆に軽過ぎて、驚いたくらいさ。もっと、しっかり食べないと」
「はい」
二人が話していると、ツンツンと右腕を突かれる。エミリが、目で何かを訴え掛けて来る。どうやら、紹介して欲しいようだ。
「あっ、ごめんなさい。此方は、湊柊哉さんです。私の元家庭教師です」
「……湊柊哉……」
エミリがポツリと呟く。
何か考えているようだ。
「で、こちらが」
美優は、エミリに向き直り、紹介しようと口を開きかけた。
「野田エミリです」
ずぃっと一歩前に出て、割り込むように自己紹介する。
「如月さん達と同じクラスで、寮生です。湊さんって、学校創立以来、初の筆記試験満点だった湊さん?」
「えっ!! 満点!!」
目を真ん丸くし、思わず大きな声を上げた。柊哉は、困ったようにポリポリと頬を掻く。
「偶々ね」
(さすがは、柊哉さん)
美優は、瞳をキラキラさせ、憧れの眼差しを向ける。本来、柊哉は、Dクラスになるレベルではない。
あの力を使えば、Aクラス、イヤ、間違いなく学校一だ。
柊哉は、美優の為にDクラスになったのだ。多分、美優の為に、魔法学校へ通う事を決めたように――
(ごめんなさい、柊哉さん)
心の中で、柊哉に謝った。
「野田さんは、色々な事を知ってらっしゃるんですね」
何気なく、思った事を美優は口に出した。
クラスメイトの名前は、ともかく他人の成績など、非公開になっている。一生徒がそんな事を知っているのは、おかしいのに、そんな事も美優は、気付かない。
「そ、そんな事ないよ。あっ、あの子、大谷さんだ。私、行って来るね」
エミリは、後ろから歩いて来る黒髪のボブショートの女の子の方へ、逃げるように走り去った。
柊哉は、鋭い視線で、その後ろ姿を見つめていた。