食わせ物
生徒の話声や息遣い、足音などの雑音が入り混じる廊下。柊哉は、そっと瞳を閉じて、集中力を高める。
徐々に周りの雑音が遠ざかり、そして消える。
柊哉は感知エリアを校内にまで広げた。
ただ一人のオーラを、そこから探しだす為に。
似たようなオーラを一つ一つ丹念に探索して行く。
一度しか、会った事がない。だが、柊哉には、それで充分だった。
右眉をピクリと動かす。大切な少女の側に、大きなオーラを持った者がいる。
柊哉は、意識を其方に逸らした。
暫く様子を探る。
どうやら、悪意は持っていないようだ。
再び、意識を探索へ傾ける。
その五分後――
(見付けた!!)
柊哉は、パッと目を見開く。目的の人物は屋上にいるようだ。直ぐに、屋上に向かって歩き出した。
「何、今の?」
「変なのー」
人形のように身動き一つしなかった柊哉が、突然目を見開き、歩き出したのが異様に見えたのだろう。近くにいた女生徒達がクスクス笑いながら、小声で囁きあっていた。
無機質な冷たい感触を右手に感じながら、重い鉄の扉を押し開ける。
室内から、急に外に出た為、太陽の光を眩しく感じて、柊哉は、目を細めた。
捜してていた人物は、そこで一人空を眺めていた。彼の身に纏うオーラは、まるで、氷のように冷たい。
「よく、此処が分かったな?」
柊哉に背を向けたまま、如月慶は、少々驚きを含んだ声で言った。
「えぇ、勘だけは、いいので」
柊哉は、その後ろ姿に答える。
こちらを見なくてもオーラで誰だか感じとっているようだ。柊哉のような小さな魔力でも判別できる。流石、十二名家という所か。
「屋上は、立ち入り禁止の筈だが?」
クルリと後ろを振り返り、冷たい視線を送る。
「知ってます。お陰で、誰にも邪魔される事なく、貴方と話せる」
「人に聞かれたくない話という事か……」
柊哉は、微笑を浮かべた。
「話が早いですね。これをご存知ですか?」
先程拾った、メールをプリントアウトした用紙を差し出した。
慶は、黙って受け取り、用紙をチラリと一瞥する。
「勿論、知っている。今、犯人を調べている最中さ」
「私達五人を除いた全校生徒に届いたようです。全校生徒のメールを知り得るのは、教師、生徒会役員、広報部ぐらいでしょう。おのずと犯人が分かってくる。まぁ、そういう情報が簡単に漏洩するのでは、別ですが」
唇の端をを微かに歪めながら、慶が言う。
「何が言いたい?」
「それを聞くのですか?」
「わざわざ、犯人を確認しに来た訳ではあるまい。君には、目星が付いているのだろう?」
「そうですね。そして、貴方にも。だからこそ、公に動かない。いや、動けない。しかし、浅はかにも、彼女自ら、確認しに来てしまった」
慶は目を瞠り、早口でまくしたてた。
「美優に、アイツは何か言ったのか?」
「随分と自分勝手な事を言っていたようですが」
「雪乃の奴」
眉をしかめ、忌々しげにボソリと言葉洩らした。
(ああ、やはり……)
疑惑が確信に変わる。
「彼女に、恥をかかせて、しまいました。怒りに身を任せて、余計な事まで、口走るかもしれない。一体、彼女は、何処まで知っているのですか?」
慶は、ほんの一瞬だけ、驚きの表情を見せたが、直ぐに無表情となる。
柊哉は、それを見逃さなかった。
「何の事かな?」
「美優の出生の事です」
「言っている意味がよく分からないが」
「そうですか。それなら、心配無用と言う事ですよね。美優の婚約者候補が知らないと言う事は、ただの従姉が知っている訳はない。勿論、貴方や従姉が知っていた場合でも、身内の恥を晒す前に、貴方が何としても止めるでしょう。美優の事とあっては、尚の事」
ニッコリと柊哉は微笑んだ。
チュンチュンと雀が鳴きながら、屋上より、数羽飛び立った。
その様子に視線を向けながら、慶は皮肉る。
「とんだ、食わせ物だな」
「それは、同じ穴のムジナでしょう」
慶は、微かに唇の端を歪めた。
「用件は、それだけか?」
「はい。では、失礼します」
柊哉は、踵を返し慶に背を向けた。そんな柊哉の背中を慶は黙って見つめる。
「おい……何故……」
不意に慶は口を開き声をかける。
柊哉は、足を止めた。
慶は、一度言葉を止め、続きを呑み込む。
「何故、美優の出世の事を知っているのか?」
多分、そう聞きたかったのだろう。でも、それは出世に秘密がある事を認める事になる。
そして、別の言葉を口に出す。
「美優の事を頼む。今は、俺は側で守ってやる事が出来ない」
唇を噛み締め、頭を下げる。
柊哉は、黙って頷いた。
余り、よく思っていない、柊哉に頭を下げる。
プライドの高い慶に取って、屈辱的な事だろう。
どれ位美優を大切に思っているのか、柊哉にも伝わって来たのだった。
「真生、いた?」
一年生の教室が終わった辺りに、エミリは真生の姿を見付け、走り寄った。
「ううん」
真生は首を横に振る。
この先は、委員室と部室があるのみ。
今の時間は、人がいない。ざわついていた教室の前と比べ、そこは静かだった。
「この先は、もう行った?」
「まだ」
二人揃って、先へと進む。
「美優ちゃん、大丈夫かな?」
「そうだね、十二名家っていう重圧だけでも、大変なのに……美優が魔力をコントロール出来ない理由ってそこにあるんじゃないのかなぁ」
思わず口を滑らす。
「えっ、美優ちゃん魔力コントロール出来ないの?」
「あっ!」
エミリは、慌てたように口を塞ぐ。
「多分よ、多分。そうじゃなきゃ、十二名家の子がDクラスの訳ないじゃない」
慌てたように誤魔化す。
平静を装いながら、「どうして、そんな個人情報を知っているのか?」そう問われたら、どう答えようかと思案しながら、真生の次の言葉を待った。
「そっか、そうだよね。美優ちゃん、精神的に弱そうだもんね。じゃあ、師走さんもそうなのかなぁ?」
真生は、エミリの言葉に何の疑いを持っていないようだ。
根が素直なのだろう。
ホッと胸を撫で下ろしながら、エミリは、そんな真生を羨ましくも思った。
「師走さん? そうだね、あの子も十二名家だもんね」
「でも、十二名家が二人もDクラスにいるって珍しいよね」
「うん」
そんな事を話しながら、歩いていると委員室も終わりに近づく。
生徒会室と風紀委員室――
この先は、部室だ。
風紀委員室のドアのガラスに人影が映る。誰かいるようだ。
昼休みまで、委員の仕事とは、ご苦労な事である。
「あの、ありがとうございました」
室内から、聞き覚えのある声が聞こえる。
(この声……)
エミリは、風紀委員室のドアを勢いよく開け放った。
文才が無いので、思ったように文章が出来なくて、苦労してます。評価や感想がもらえるように頑張りたい。




