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第6話  『ビール作り』

異世界に来て三日目。


リカが昨日収穫した麦を桶に入れ、水でびしょびしょにしていた。

もちろん普通なら一日じゃ発芽なんてしない。

だが、「産まれろ、生命よッ!」と某スタンド使いをイメージしながら拳を叩きつけて魔力を流すと……。


「おっ、芽が出た! まるでゴールド・エクスペリエンスだな!」


ホームレス時代に拾った漫画を読んでおいて、本当によかった。

まさか異世界でこの知識を使うと思わなかったけど……


そのままリカの石造りの燻製機を借りて麦芽を炙る。

香ばしい匂いが立ち上がり、なんかもうそれっぽい。


焦げる前に取り出し、ゴミを取り除いて、木の棒で叩いて砕く。

そして粉になった麦芽をお湯に溶かしてから濾し、不純物を取り除けば……


「よし、これが麦汁ってやつだな……!」


ここにホップベリーを投入して、鍋でぐつぐつ煮込む。


「……あとは発酵させたらアルコールに変わる……! そして完成だ……!」


……一ヶ月後に。


「……長ぇよ!」


無理だ。待てねぇ。

アルコールくらい、十日なら我慢できる。

だが、ゴールが目の前に見えてんのに、一ヶ月お預けは拷問だろ。


あるのに飲めねぇ……これが地獄じゃなくてなんだってんだ。


リカは呑気に鼻歌まじりで、風魔法を使って木を削って貯蔵用の樽を作ってやがる。

……風魔法、便利すぎるだろ(n回目)。


でも、俺だって生命魔法の使い手だ。

スライムを蘇生させたんだぞ、魔法で酵母の発酵くらいはできるはずだ!


「……ん? 待てよ。酵母って、糖を食ってアルコールを吐き出すんだよな? ってことは、生命魔法で代謝を促進すれば……理論上、いけるんじゃね?」


俺は手元のコップに麦汁を注ぎ、そのまま手をかざす。


今、この液の中では、酵母が糖を喰い、二酸化炭素を吐いている。

小学生の理科の教科書にも載ってるやつ、要はアルコール発酵だ。


「よし、お前ら、死ぬ気で働いて発酵しろ」


すると、ぶくぶくと泡が立ち上がり、甘い香りが一瞬でアルコール臭に変わる。


……やっべ、働かせすぎたか?


そう思った、次の瞬間には、コップの縁からもくもくと泡があふれ出してきた。

 

「うおっ!? 待て待て待て、勢いおかしいだろこれ! おいリカ! 風魔法! 風魔法で冷ましてくれ!」


「えっ!? ちょ、ちょっと待って先輩!? い、今やるからぁっ!」


慌ててリカが駆け寄り、風魔法で冷却する。

すると、ぶくぶくと暴れていた泡が静まり表面に小さな波紋だけが残った。


俺はそっと中を覗き込む。


「……真っ白」


指先で液面をすくい、恐る恐る舐めてみる。


……酸っぱい。


……完全に腐ってるな、やっぱ死ぬ気で働かせたら本当に死ぬんだな……酵母先生を俺は過労死させてしまった。

しくしく。


「先輩……それ、よく飲めますね? まさか生命魔法で発酵管理ミスりました☆ とか言いませんよね?」


リカは口元を押さえてぷくくっと笑い、わざとらしく首をかしげた。

まあ、その通り失敗したんだが、その小悪魔みたいな笑い方がなんか可愛いくせにちょっと腹立つ。


「……言い出すわけねぇだろ。でも、強いて言うなら<細胞ブースト魔法(仮)>ってとこだな。ちょっと魔力流しただけで、酵母どもがブラック企業並みに働きだしてよ? 気づいたら全員過労死だ」


リカがぷっと吹き出すのを見て、俺は肩をすくめた。

どの世界でも、過労は本当に命取りだな……。


でも、コツは掴めた。

それにしても、異世界転生三日目でビール造りって、冷静に考えたらすごくないか?

どんな転生物語でも、三日でビール完成は聞いたことねぇ。

まあ、リカが二十年かけて環境整えてくれてたおかげなんだけどな。

 

……これも観察眼で見ておくか。


ビール

状態:腐敗

効果:お腹を壊す


「……まぁ、ビールではあるのか」


ぼそっと呟いた俺に、リカが身をかがめて、可愛く笑った。

 

「ふふっ……先輩、それもう飲んじゃダメですよ? お腹こわしちゃいますから」

 

「……ああ、でもコツは掴んだ。今日は一日使って、絶対まともなビール作ってやる」


「じゃあ、私は麦汁を樽に詰めておきますね、もし今日うまくいかなくても、一ヶ月後にはきっと美味しいビールになりますよ」


リカが優しく微笑む。

その美味しいビールって言葉が、俺の心に刺さる。


……やめろ、その悪魔の囁きは。

一ヶ月なんて待てるか、今日、絶対に完成させてやる……!





夕日が沈み、辺りが暗くなり始めた頃。

細胞ブーストを何度も繰り返し、ようやくビールらしきものが完成した。

コップの中では、黄金色の液体がかすかに泡を立てている。


現実のそれより炭酸は弱いが、見た目は悪くない。

リカにも飲ませてやりたいところだが、腹を壊されたら後が怖い……だからまずは自分で確認だ。


一口、恐る恐る口をつける。

微炭酸……けれど、喉を通るたびにしゅわしゅわと刺激が広がっていく。


……炭酸は抜けてるけど、ちゃんとビールっぽいな……少なくとも、あの腐ったビールよりは遥かにマシだ。


さて、今回も観察眼先生の採点タイムといきますか。


ビール

状態:粗品

効果:炭酸が少し抜けている、度数は高め


まあ、魔法で作ったにしては上出来だろ。

味も悪くねぇし、喉越しもギリギリ合格点。

……スローライフ初の一杯としては、十分だ。


すると、リカが両手に皿を持ってやってきた。

まるでレストランのウェイトレスみたいな足取りで、テーブルに皿を並べていく。

皿の上には、こんがり揚がったポテトフライと、バンズの代わりに厚切りベーコンでトマトと野菜を挟んだハンバーガー。


……おいおい、酒に合うもんばっか持ってきやがったな。


「えへへっ、夜ご飯とお酒のおつまみにフライドポテト作っちゃいました〜! ……って、ちょっと! ビールっぽいの出来てるじゃないですか!」


すると、リカは興味津々でコップをのぞき込んできた。


「それ……ちょっとだけ、味見してもいいですか?」


「え、まだ試作段階だぞ?」


「大丈夫ですよ〜それに、私の初めてのビールが先輩の手作りって、なんか……いいじゃないですかぁ……?」


そう言って、リカは顔を少し上げ、甘えたような声でこちらを見つめてきた。


「……おい、変なトーンで初めてとか言うな。誰か聞いてたら誤解されんだろ」


「誰にですか〜? 二人しかいないのに♡」


リカは小悪魔みたいに笑い、コップを両手で包み込むように持ち上げた。


「かんぱ〜いっ!」


止める間もなく――ごくごくごくっ。


一気飲み。

そして、飲み終えた瞬間。


「ぷはぁっ……うぇっ、にがっ……! けど……あははっ、なんか……美味しいかも〜」


頬を真っ赤にして、へらっと笑うリカ。

明らかにアルコールが回ってる。

……勢いよく飲み過ぎだ……つーか、弱すぎる……。


「おいおいおい……お前、それ試作段階のビールって言ったろ。度数も調整してねぇのに……」


「えへへ〜……せんぱいの、てづくり……ですからぁ……」

言いながら、テーブルに突っ伏すリカ。


「……はぁ」


俺はため息をつき、コップを取り上げる。

まったく、酔う姿は初めて見たけど、意外と可愛いじゃねぇか。


腹も減ったし手元のベーコンバーガーにかぶりつく。

噛んだ瞬間、じゅわっと肉汁があふれて、トマトの酸味がそれをきっちり締めてくる。


……なにこれ? うんま! 普通に店以上の味だな! ポテトフライは現実のとほとんど変わらねぇ。

てか、そういえば気にしてなかったけど、リカってリンゴとトマトと麦しか育ててねぇよな?


……じゃあ、この油と芋はどっから出てきた?


「おい、リカ。この芋は野生のか? 油もどこからとってきた?」


「ふふ〜ん♪ 芋も〜、油も〜、パパとママにもらったんれすぅ〜」


「はぁ!? お前、この世界に親いるのか!? どういうことだ! きっちり説明してくれ!」


「ん〜、説明〜……? う〜んっとねぇ……」


リカはテーブルに頬を乗せたまま、指でくるくる空をなぞる。


「わたし〜、エルフに転生した時は赤ちゃんだったんですけど〜……たぶん、二十年くらい前かなぁ〜? えへへ〜……」


……赤ん坊で転生、だと?

俺がもし天使にお願いして別種族に生まれ変わってたら、赤ん坊からやり直しだったってわけか、新生児スタートとか洒落にならんぞ。


「お前なぁ……酔ってる割に、とんでもねぇことさらっと言うな」


「え〜でもでも〜、実家はパン屋さんだし、妹もかわいいし、幸せですよぉ〜? パパとママも優しいんれすよぉ〜」


はぁ……妹もいるのかよ。

まったく、ベロベロのくせに情報量だけは多いな。

どうせ酔いが覚めたら全部忘れてるだろうし、今のうちに尋問でもしとくか。


俺はため息をつきながら、リカの前に残りのビールを突き出した。


「ほら、飲め。お前の持ってる情報、きっちり吐いてもらうからな」


「ひゃ〜、アルハラれすかぁ〜……! せんぱ〜い、パワハラもダメなんれすよぉ〜」


「うるせぇ、黙って飲んどけ」


リカは笑いながら、ちびりとビールを口にする。

その頬を赤く染めて、幸せそうに笑うその姿に俺の頬が少し緩んだ気がした。

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