第4話 『異世界でもビールが飲みたい』
目が覚めたのは昼過ぎだった。
窓の外から差し込む光が眩しくて、思わず目を細める。
寝ていたのは、木枠と藁でできた簡素なベッド。
とはいえ、ホームレス時代に段ボールを敷いて寝てた頃に比べりゃ、天国みたいなもんだ。
ゆっくりと上体を起こす。
全身がだるい。筋肉痛ってより、エネルギーを根こそぎ持っていかれた感じがする。
まあ、そりゃそうだ。アドレナリンだの魔法だの、慣れないことをやったんだから体に負担がないわけがない。
「……この身体のだるさも、生命魔法でどうにかならねぇのか? 確か、激しい運動のあとって筋肉に乳酸が溜まるんだったよな……」
口に出してみる。声にして確かめる方が、感覚がつかみやすい気がする。
ふくらはぎに意識を集中させる。
第二の心臓って呼ばれてる部分だ。
そこから血を巡らせ、溜まった乳酸を血で押し流すイメージ……。
すると、筋肉のだるさが消えていく感覚があった。
詰まりが取れたみたいに、血の流れが滑らかになっていく。
「……おぉ、なんか効いてる気がする」
思わず口角が上がる。こういう即効性があると、魔法って実感が湧くな。
そういえば……さっき、<アドレナリンサージ>って唱えたけど、魔法を使うには、詠唱が必須ってわけでもなさそうだ。
ただ、気持ちの入り方次第で魔法の効果も変わる気がする。
……まあ、言える時は言っておくに越したことはない。
それはそうと……なんか、いい匂いがしてきた。
肉が焼ける匂い……いや、これは燻製か? やけに香ばしい。
「あっ、起きました〜?」
リカの声と一緒に、視界に差し出されたのは簡素な皿。
その上には、こんがり焼けたベーコンと、湯気を立てるパンが乗っていた。
「おお……ベーコン! しかもこれ、自家製の燻製か!? うわっ、しかもこの照り具合……完璧じゃないか! 夢が広がるな!」
思わずテンションが上がる。スローライフってのは、こういうのでいいんだよ、こういうので。
リカがくすっと笑って、俺の隣に腰を下ろした。
「なんですか〜、さっきのあれは、筋肉魔法ですか?」
「筋肉魔法……まあ、そんなとこだな。魔法でアドレナリンを分泌させてみたんだ」
「オーバードーズして脳みその血管切れたら笑えないですよ……ほんとやめてくださいね、先輩」
「まあ、それは要調整ってとこだな」
あんなに俺をおもちゃみたいに振り回してたくせによく言うよ……と、心の中でぼやきながら、差し出された皿を受け取る。
焼きたてのベーコンにパン。香ばしい香りが食欲を刺激する。
……けど、やっぱり燻製といえばビールだろ。
ベーコンを噛みしめながら、ついそんな欲が湧いてくる。
「あれ? そういえばパンがあるってことは、昨日のあの畑? やっぱり小麦だったんだよな?」
「そうですよ〜。風魔法で麦の生育にちょうどいい温度に調整すれば、割と簡単に栽培できました」
「なるほど……」
と頷いた瞬間、ふとひらめいた。
「……なあリカ。発酵ってさ、生命活動の一部に入るよな?」
「理屈的には、そうですね?」
「じゃあ、俺の魔法でビール作れたりしないのかな?」
リカは一瞬、固まった。
そして、じわじわと引きつった笑みを浮かべる。
「……先輩、転生してまでアル中になるつもりですか?」
「いやいや! でもご褒美もないとさ! やってられねぇーじゃん!」
リカは呆れたようにため息をつき、やれやれと肩をすくめる。
「はぁ……まあ、紀元前三千年ごろにはシュメール人が自然発酵でビールを作ってたそうですし、理論上は可能だと思いますけど〜」
「おっ、マジか!」
「でも、カラハナソウがないので取りに行かないとダメですね」
カラハナソウ、いわゆるホップってやつだ。
ビールの香りや苦味、品質を保つには欠かせない。
「ここは標高二百メートルくらいありますから、林を少し歩けば見つかるかもしれません」
「そうか、なら探しに行くか……」
「では、私は麦を収穫しておきますね! ビールですかぁ〜……ふふっ、私、飲んだことないので少し楽しみです! 向こうの世界では未成年でしたし、ワインも焼酎も飲めなかったんですよ〜!」
リカは目をきらきら輝かせながら、ビールへの憧れを語りだす。
……このテンションのまま飲ませたら絶対悪酔いするやつだな。
「まあいい。俺もこの辺りの地形を見ておきたかったし、探検ついでにホップ探してくる」
「はーい! いってらっしゃい、せんぱいっ!」
「おう」
外に出ると、朝の風が頬を撫でた。
スーツ姿で林の中に入るのは違和感しかないが……まあ、今はそんなの関係ないだろ。
◆
てくてく、てくてく。
歩き始めてから、もう十分くらい経っただろうか。
魔物って言っても、出てくるのはリスとかキツネとか……前の世界と大差ない。
こっちの姿を見るやいなや、みんな一目散に逃げていく。
「……まあ、平和でいいけどな」
ホップか……さて、どこにあるんだか。
鬱蒼とした林の中を進んでいると、ふと、低木の枝に赤い実がなっているのが目に入った。
さくらんぼみたいな見た目だ。
「これ……食えるのか?」
とりあえず観察眼を発動。
対象:ホップベリー
品質:標準
抗菌率:38%
発酵促進率:22%
効果:食べると血の巡りがよくなり、冷えに効く。
「……ホップ、ね」
案外すぐ見つかったが、それにしても……やはり最高ランクの観察眼は伊達じゃない。
品質とか名前だけじゃなく、欲しい情報まで自動で出してくれる。
一粒つまんで、口に放り込む。
……ん、ちょっと渋いな。
でも、飲み込んだ途端、体の芯がじんわり温まる。
「……こりゃ、血液の循環を促すタイプか……? 生命魔法との相性は良さそうだな。それにしても、こうやって素材の性質と魔法を組み合わせられれれば、かなり使い勝手が良くなりそうだ。治癒薬の素材にもなりそうだし……いや、今はやっぱりビールだな。どう考えても」
リカにこれもお願いして畑で育ててもらうか。
ビール用ホップ農園……うん、なんか夢があるな。
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