第35話 『帰還』
洞窟を出ると、あたりはすっかり夕暮れに染まっていた。
「も、もうお別れクマね……イザナ殿、本当に……ありがとうございましたクマ……」
クマノは名残惜しそうに鼻をすすりながら、ちょこんと頭を下げた。
「あぁ、気にするな。今度飯でも奢ってくれればそれでいいさ」
クマノにそう返した後、ふと横を見ると、セシアがようやく泣き止んでいたので、俺は前から伝えたかったことを話すことにした。
「そうだセシア、俺の知り合いに霊魂鍛治師のブランデって奴がいる。もしかしたら、エナの身体を元に戻せるかもしれない……あくまでも可能性の話だが」
「は、はぁ……って……えっ!? 霊魂鍛治師の知り合い!? おとぎ話の職人よ!? そんなの、普通にいるわけ……いるわけないじゃないの!!」
セシアの表情が一瞬固まった。
「お姉さま、落ち着いて……!」
エナが、困ったようにセシアの袖をそっと引いた。
「そうだ、落ち着いて聞けよ? そのブランデって奴は、地下のドワーフ王国にいるらしいんだ。で、俺が『生きてるうちに辿り着けたら装備を鍛えてやる』って約束しててな、だからそいつにイザナの友達ですって伝えれば、通じるはずだ……もしそれで通じないなら、大雪山でブルームーンを一緒に見た人だって言ってみてくれ」
「はぁ〜!? 霊魂鍛治師とか、ブルームーンとか……おとぎ話や神話の話……ま、まあいいわ……私とエナの目的は身体を元に戻すこと……そのための近道が霊魂鍛治師に会うことなら……それを信じて行くしかないわね」
「ま、まぁ……お姉さま……わ、私はこの体でも全然十分ですし……?」
エナは自分の胸元をそっと見下ろし、少しだけ頬を赤くしながら、微笑んだ。
……ただ、その視線の端ににじんだわずかな満足感は……気のせいじゃないだろう。
ちゃんと見れば……いや、見なくてもわかるレベルの美人、しかも巨乳のメイドだしな。
……この身体を設計したヤツ、マジでセンス良すぎなんだわ。
「ダメよそんなの! 私が死んだ後もエナは数千年も生きなきゃいけないのよ!?」
「数千年もあれば、したいことだって山ほどできますしいいじゃないですか♪」
「エナ……まあいいわ。その“やりたいことリスト”の最初が霊魂鍛治師を探すことなんだからね!!」
「王国の場所は知らないけど、一応証拠に、岩蜜酒も半分残ってるからやるよ」
そう言って、俺はポケットから岩蜜酒入りの小瓶を取り出す。
「ほい、キャッチ」
ポイッと軽く投げた。
「ちょ、ちょっとぉぉっ!? おっとっとっと!!」
セシアが慌てて受け止め、両手を震わせながら固まる。
「はぁ!? ……ちょっと待って、この酒……! 貴族が喉から手を出すレベルの、超・超・超・超・超・超・超・超・超・高級品よ!? なんでそんなものをそんな雑に投げてよこすのよ!! マジであんたバカなんじゃないの!?」
セシアが頭を抱えている横で、クマノが小さく手を挙げた。
「な、何を言ってるか分からないクマけど……と、とりあえずイザナ殿。討伐報酬の金貨十枚は……オイラ達がもらって本当にいいクマね?」
「あぁ。俺は冒険者じゃないしな。それにセシアもエナも……今は飯食う金もないだろ? クマノもグレインの被害者みたいなもんだ。遠慮するな……リュナもいいだろ?」
「うん。リュナどうでもいい〜。お金とか興味ない〜」
「ほら。リュナもこう言ってるし、気にすんな」
「そ、そうクマか……。そしたら遠慮なく受け取るクマ……重ね重ね、本当にありがとうクマ……」
クマノがぺこりと頭を下げたあと、セシアがゆっくりこちらへ向き直る。
「……はぁ……まったく……あんたたちは、本当に予想の斜め上ばっかりのことしてくれるんだから……でも……エナを……私の大事な妹を……取り戻してくれて……その……本当に感謝してるわ……」
「あぁ、あんま気にすんな」
「じゃあ……これで本当にお別れね。イザナ、リュナ……ありがとう」
セシアがそう言うと、隣のエナも丁寧に一歩前へ出て、深く頭を下げた。
……そこで終わるはずだったのに。
「え? セシア、一緒に旅しようよ〜♪」
リュナが当然のように言い放つ。
「え……」
セシアの思考が、そこで完全に止まった。
「そうだよ、来いよ。俺たちもう仲間だろ?」
追い討ちをかけるように、俺も軽く言う。
「……な……なに言って……っ!? か、勘違いしないでよね!! わ、私は……その……べ、別に馴れ合いとか好きじゃないんだから……!」
耳まで真っ赤にしながらぷいっと横を向くが、エナは嬉しそうにセシアの手を握った。
「お姉さま、行きましょうよ! 私、この体にも慣れたいし……イザナさんにも、もっとお礼したいし……!」
「う……っ、エナ……」
完全に押し負けている。
でも、その顔を見て俺は察した。
……そうか、こいつは……まだ、自分を許せてねぇのか。
「そうか……クマノ! セシア! エナ! また会おうなっ! ……行くぞ、リュナ」
「えー! なんでなんでー!? セシア誘ったのにー!」
「……いいから行くぞ」
そう言って少し歩き、セシアたちから距離が離れたところで、俺はリュナに小さく言った。
「セシアと俺たちの最初の出会いは、あいつが俺の金を盗もうとしたところから始まってる……だからセシアは負い目を感じてるんだ……今は放っておいたほうがいい……あいつのためだ」
「ふーん、そっかぁ〜」
リュナは唇を尖らせながらも、しぶしぶ頷いた。
「じゃあ、次に会う時は!? ねぇ、次に会う時はまた誘っていいの!?」
「その時は、また旅に誘ってみよう」
「うんっ!」
リュナはぱぁっと顔を輝かせた。
「よし、それじゃあ、シモカプ村に戻って、リカに黙って好きなだけ飯食うぞ!!」
「やったぁー! イザナ様のご飯だー!!」
「俺のじゃねぇよ、食堂か酒場でパーっといこうぜ!」
夕暮れの平原に、俺とリュナの弾む声が響いた。
その後、俺たちはシモカプ村の食堂に入り、爆食してから宿屋で爆睡したのは言うまでもない話だろう。
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